第07話 サラ・マリー・グリーン

 ある一室。

 私は窓の前に立ち、外から見える街並みを見下ろす。


 コンコン!


 扉を叩く音が立つ。


「入れ。」


 その言葉に反応するように扉が開らかれる。


「へへ、どうも。」

「お前か、例のものは…?」

「ここにありますぜ。」


 そう言って男は持っていた袋を見せびらかすように持ち上げる。そして、この部屋の主である私にその袋を手渡す。

 私は袋を受け取り、中を覗き込み、袋に入っていたものを取り出す。

 市松人形くらいのサイズの人形だった。

 髪は金色で、胸まで届くほどのロングヘアー、瞳は緑色で、西洋人形が着ているような黒いドレスを身に纏っていた。相変わらず、美しい人形だ。

 間違いない。あの時、とある人形屋で一目惚れして買った人形だ。ようやく、取り返すことができた。


「確かに確認した。ご苦労だったな。」


 私はそう言い、報酬の額が入っている袋をその男に手渡す。


「へへ、どうも。また何かあれば頼ってくださいよ?もちろん報酬が出る頼み事のみですが…。」

「あぁ、分かっている。もういい、行け…。」

「それでは、へへ…。」


 男はそう言って部屋を出ていく。

 忌々しい男だ。二度と頼るものか。今回は、やむを得ずそうしたまでだ。

 誰が好きこのんで盗賊を頼るものか。

 そもそもこうなったのは、この美しい人形が私の城からいなくなったことにある。

 最初は誰かが持ち去ったのだと思った。

 それを仮定に城にいた人間全員を調べた。しかし、犯人は見つからなかった。

 次に私は内部にいないのであれば、外部の人間が私の城に侵入してこの人形を持ち去ったのだろうと思った。

 けれど、外部の人間で人形を盗み出そうとする人物に思い当たりがなかった。この人形を見つける手掛かりは私がカメラで撮影した写真のみ。

 このカメラというのは便利だ。支援魔術≪投影プロダクション≫の術式が組み込まれた魔道具の一種だ。

 ≪投影プロダクション≫という魔術は、視界に入った光景を紙媒体の素材に投射する。その魔術を利用してレンズを通して見た光景を写真として納めることができる。

 このカメラで撮影した人形を頼りに、伯爵の地位を利用して人形に関する情報収集をした。

 この人形を目撃したという情報が多数集まった。そして、あることが判明する。

 この人形は今はある人物が所有しているという。その所有者の名前は、サラ・マリー・グリーン。

 宮廷魔術師にして、人形術師だ。この王国において、最強の魔術師だ。

 あの女に敵う魔術師はこの国にはいない。最悪だった。よりによって、あの女が持っているとは…。

 あの女が私の城に侵入してこの人形を奪い去った犯人なのだろうか?

 あの女の人形好きは有名だ。ありえないことではないのだが…。少し考えにくい。

 何故なら、あの女は根っからの善人なのだ。その証拠に、あの女は詐欺師界隈では有名なカモらしい。

 あの女は疑うことを知らないから、困った時はこの女を騙して利用しろと言われるほどだ。

 いくら人形好きでも話し合いもせずにここまで無法なことはしない。

 では、誰が人形を持ち去ったのか?その答えはすぐに見つかった。

 何でもこの人形は神人形オートドールという種族の人形らしい。

 自我を持ち、膨大な魔力を持つ、伝承される伝説の人形だ。

 こういった1体しかいない種族はこの世界に1体もいなければ、500年の周期で必ず現れるらしい。

 この人形は魔術を行使して、私の城から出たのであろう。そうであれば、全ての辻褄は合う。

 この人形が何故私の城から出ていったのかは分からない。しかし、そんなことはどうでもよかった。

 今こうして私の手元にまた戻ってきたのだから…。


「君は神人形オートドールという種族の人形らしいね?私とはお喋りはしてくれないのかな?何故私の城から出るような真似をしたんだい?」

「…。」


 美しい人形は答えない。

 何故答えててくれないのだろうか。まぁいい。

 これから時間はたっぷりあるのだ。

 いつかは私にも喋りかけてくれるだろうと思い、人形を見つめる。












 私のミラちゃんが攫われた。


 最初は状況を理解できずに右往左往していたけれど、周りの目撃者情報から攫われたことが判明した。

 あの子は今、契約魔術≪主従フォロー≫の影響で魔術を使えずに動けずじまいだ。

 この契約魔術はあの子の行動を強制させることができる。しかし、それは距離制限内にいる時だけだ。

 距離制限外から出ると強制は使い物にならない。おまけに一定の距離以上から離れると従者側は体が麻痺して動くことができない。


 うーん…。まさか、人助けしている間に攫われるとは。

 もう少しあの子にも注意を払っていればこんなことにはならなかった。私のミスだ。

 ごめんね…。ミラちゃん。けど、まだ手は残っている。

 契約魔術≪命名ネームド≫によって、あの子の位置を把握することができる。この魔術は、名付けた存在を名付け親は位置をいつでも把握できる。


 あの子が今いる場所は…。この場所って…。

 リック・アトキン・ヘイウッド伯爵の城内ね。けれど、変ね。

 何であの子は地方領主の城内にいるのかしら。

 …あ、もしかしてあの伯爵があの子を攫ったの?

 でも、何で?彼も人形好きなのかしら?

 いくら人形好きでも人の人形を盗むなんて許せないわ。


 あぁ、ミラちゃんは無事かしら。心配だわ。

 あの子は人間嫌いだけれども、根は悪い子ではないはずよ。私には分かる。

 そんなあの子が伯爵に何か悪いことでもされていなければいいけど。

 いかがわしいことをしていたら大変だわ。何て羨ましいことを…。


 私もミラちゃんとキャッキャウフフなことがしたい!!!


 はっ!いけないわ。

 つい本心が出てしまったわ。


 でも、私ミラちゃんに嫌われているのよね。というよりも、彼女は人間自体を信用していない。

 態度を見ていれば分かるわ。あの子、分かりやすいもの。

 何故あの子が人間嫌いなのかは分からない。過去に何かあったのだろう。

 私にも話してくれない。私に対しても心を開いてくれない。けれど、そんなことは関係ない。

 

 彼女が伯爵に攫わて、動けずに困っている。

 助けに行かないと。だって、困っている人を助けるのは当然でしょう?

 たとえ助けて、あの子に嫌われて、罵倒されたとしても私は何度だって、あの子を助けるつもりだ。

 あの子には味方をしてくれる人がいない。

 人との関りを拒絶しているから。だから、私があの子の味方になりたい。

 力になりたい。そのせいで、私の命の危機が迫ったとしても、あの子を必ず助け出す。

 私は杖を構えてこう唱える。


「支援魔術≪転移テレポート≫!」


 私の真下に術式が出現する。そして、術式の光が円柱のように伸びて私の体を覆う。

 支援魔術≪転移テレポート≫は、一度行ったことがある場所へと転移することができる魔術だ。

 リック伯爵の城には入ったことはないけれど、城の門の前の通りは行ったことがある。

 私はそこへ転移する。


 術式の光が失われると、そこはリック伯爵の城の門の前だった。

 門の見張りの兵士たちがギョッと目を見開いていた。


「こんにちは。リック伯爵はいるかしら?急用があるのだけれど。」

「お初にお目にかかります。サラ・マリー・グリーン様ですね?申し訳ありませんが、リック伯爵からはあなた様が来たとしてもこの城には入れるなと命令されておりますので、お通しすることは出来ません…。」

「あら、どうして?」

「分かりかねます。しかし、命令ですので私共は従うしかありません。ご理解ください。申し訳ありませんが、お引き取りをお願い申し上げます。」

「そう…。結局こうなるのね…。仕方ないわ。」


 私は杖を再び構えて、魔術を唱える。


「火炎魔術≪火球ファイアーボール≫!」


 私の前に術式がいくつも出現し、術式から火の玉が勢いよく門に向かって飛ばす。

 火の玉が命中して、門が焼け落ちる。

 見張りの兵士たちが慌てて私に尋ねてくる。


「サラ様!?いったい何を!?」

「見て分からない?リック伯爵にこう伝えて。人形は必ず取り返すと。」


 ミラちゃん、待っていてね。今、助けに行くわ。


 少女はそう決意して、焼け落ちた門を通り城の中へと入る。








 おっさんにまじまじと見られた。ついでに、話掛けられた。

 どうも、みなさん。ミラです。

 私は今、ガラスケースの中にいる。あのおっさんの趣味の部屋だ。

 誘拐され、袋に入れられた後、袋から取り出されたかと思ったらおっさんに見つめられ、話しかけられた。

 どうして私とは話してくれないんだ?とかほざいていたが、そんなもの決まってるじゃない。

 喋れないからよ。契約魔術のせいで。

 私詰んでない?というか、おっさんに私が神人形オートドールであることがバレている。

 まぁ、伝承で残っているのだから、それぐらい調べればすぐに分かるか…。

 状況は最悪だわ。体が痺れて動けないどころか魔術も使えない。

 どうしたものかと考えても、動けない喋れないでどうしようもできない。とりあえず、暇ね。

 二度と会いたくないと思っていた相手と再会してしまった。

 あのおっさん、私のことずっと探してたのか。

 まぁ、予想はしてた。突然いなくなったのだもの。普通は探すわよね。けれど、まさか誘拐してまで取り返そうとするとは思わなかったわ。

 私がこの城を離れたのはあのおっさんといるのが嫌だからよ。あのおっさんは私にどうして城から出たのかを聞いていたが、喋れるなら言ってやりたい。

 あんたの所にいるのは嫌だと。

 誰か助けてくれる人はいないのかしら。

 …あ、一人だけ心当たりはある…。あの変態人形術師だ。でも、助けに来てくれるだろうか?

 答えは、NOね。一介の人形ごときにそこまでするわけがない。それに、あのおっさん偉い人っぽいし。

 そんな偉い人の城を襲うなんてリスクが大きすぎる。それに、あのおっさん話し合いができるタイプではなさそうだし…。

 あの変態がそこまでの危険を冒してまで助けるとは思えない。でも、もしかしたら…。

 いえ、やめておきましょう。何を期待しているのかしら。

 もう人を信じずに生きていこうと誓ったばかりじゃない。騙されてはいけない。人間なんて、いつ裏切るか分かったものではない。人は嫌いだ。

 信じていてもいつかは裏切られる。前世の私はまんまと騙され、裏切られた。

 もういい…もういいのよ…。裏切られ騙されるくらいなら、最初から誰も信用しない。

 あんなに悲しい思いをするくらいなら…あんなに辛い思いをするくらいなら…。

 最初から何もいらない…。

 私に味方なんていないのよ。

 人を拒絶しているのだから。だから、誰も助けに来てなんかくれない。

 そんなことを考えていると―――。


 バァン!


 扉が勢いよく開き、あのおっさんが入ってくる。

 おっさんは急いで、私をガラスケースから取り出す。


「警備を厳重にしろ!あの侵入者を近づかせるな!」


 どうやらこの城に侵入者がいるらしい。でも、何で私まで移動させられるの?

 よく分からないわね。

 おっさんはそのまま駆け足で私を持ったまま、部屋を飛び出し、ある部屋に入る。

 そこは大部屋だった。あのおっさんの周りには何人か護衛の兵士が同行していた。

 部屋の外から轟音が鳴り響く。兵士の叫び声も聞こえる。

 何が起きているのだろう?少しすると、音が消えた。

 場に緊張が走る。誰かがゴクリと喉を鳴らす。そして、扉の方から…。


 ビュン!


 けたたましい風切り音が聞こえた。それと同時に扉が木端微塵に吹き飛ぶ。

 そこから一人の影が入ってくる。私はその姿を知っている。

 最近はいつも見ていたからだ。嫌でも視界に入るからだ。

 その人物は――――。


「待たせて悪かったわね。助けに来たわ、ミラちゃん!」

 

 あの変態人形術師のサラ・マリー・グリーンだった。

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