犬になる。

迷い猫

吠える

 シャワーのような雨に打たれながら、ずっと吠えていた。何に対してなのかも、なんの感情なのかもわからずにずっと。そして、東京の暗い路地裏に疲れて眠りに落ちた。


「何してるの? ねえ、大丈夫?」


 女性の声が聞こえる。視界が広がっていき黒色のスーツを着た女性の姿が目に映った。


「良かった!」


 知らない人だった。それでも、なぜか俺を心配してくれていたようだ。歳は二十代後半というところだろうか。


「あの、貴方は?」


「私は佐藤翔子さとうしょうこ。翔子って呼んで。君は?」


「……俺は、健斗けんとです」


 彼女は俺の名前を聞いてニッコリと微笑む。虹を逆さまにかけたような笑みだった。


「それで、健斗はこんなところで何していたの?」


 びしょびしょに濡れた白シャツを手でパタパタとしながら俺は口を開く。


「なんでも、ないです」


 特別な用事をしていた訳ではない。ただ、吠えていた。大学生になってそんなことをしていたのは恥ずかしい話だが吠えずにはいられなかったのだ。


「そっか。無理に聞いたりしないから安心して」


 なんでこの人は俺なんかにここまで関わろうとしてくれているのだろうか。もしかしたら俺相手に詐欺でもしようとしているのか。


 俺の姿を見て苦笑してから彼女は話す。


「まずはシャワー、浴びようか」














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