隣り合う確率[長編版]
詩章
第1章 2人の物語
初めての隣り合わせ
期末試験の近づいたとある朝、僕は駅のホームで教科書を読みながら電車を待っていた。
高校生活にも慣れてきた僕は、漫画やドラマとは違って現実には劇的な出会いなど有りはしないのだと悟り始めていた。
電車が来るまであとどれくらいだろうとふと教科書から目を離すと、隣に立つ人影が視界に入った。チラリと盗み見ると、去年まで自分が通っていた学校の制服であることがわかる。ただしその子が着ているのは、学ランではなくセーラー服だ。
肩よりも少しだけ長く伸びた髪は真っ黒で、艶々としている。わずかに香る良い匂いの正体は、お洒落をあまり知らない僕にはわかりはしない。
1年前、僕はこの制服を着ていた人に人知れず想いを寄せていた。結局、自分の気持ちを伝えることなどできはしなかったのだけど。
隣に並んだ見ず知らずの少女の着る制服を懐かしく思ったことが原因なのか、待っていた電車が到着するまでに僕は中学時代の様々なことを思い返していた。
電車の到着を知らせるアナウンスが僕を現実に引き戻した。扉が開くと、直ぐ近くに二人分空いた席があり、僕らは椅子取りゲームのように隣り合う空席へと流れ込んだ。
席を確保した後、僕は隣の少女が気になってしかたがなかった。辺りの様子を伺うような振りをして彼女の横顔を視界に捉えると、その瞬間世界が停止した。
五感が徐々に削がれていく感覚は、とても不思議なものだった。
音が消え、いつの間にか匂いや熱を感じることを忘れていた。視覚だけが生き残り、全神経をかけて彼女に見とれてしまった。
僕は再び、この制服を着た人を好きになってしまったようだ。
「あの……」
彼女の囁くような声が鼓膜を叩き、それにより僕は我に帰った。
「あっいやその、すみません。あの、知り合いに似ていたもので……」
下手な嘘がこぼれたが、そこから追求されたりすることはなく、僕らは再び他人同士に戻った。
しばらくすると彼女はうつむきうたた寝を始めた。かつては僕が通い今は彼女が通う学校の最寄まではあと30分以上も電車に揺られなければならない。僕だっていつも座ると寝ていたことを思い出した。
彼女は降車駅が近づいても全く起きる素振りを見せない為、僕の方が焦り始めた。到着を知らせるアナウンスにも気づかない彼女の肩を僕は軽く2度叩いた。
ゆっくりと開く目が僕を捉えた。
「降りないとドア閉まるよ?」
僕は扉の上のモニターを指差した。
「ヤバ! ありがとうございます!」
慌てて出ていく彼女を見送ると、彼女の前に立っていたおじさんが僕に手で何か合図していた。おじさんを見ると何かを指差している。その指し示す先をたどると、座席に転がるスマートフォンがポツンと存在した。
「あ……あーありがとうございます。どうぞ」
僕はスマホを手に取り着席をすすめた。拾ったスマホは駅の改札で忘れ物として届けてあげよう。どうせ僕の高校もここから二つ先の駅だ。彼女も直ぐに取りに来れるだろう。そう思ったとき、彼女のスマホに着信が入った。電車の中であったため僕は出なかった。
最寄についたタイミングで再び着信があったので、僕は電話に出ることにした。
「もしもし」
「あのすみません、それ私のスマホなんですけど今ってどこですか?」
「実はさっき隣に座ってた者なんですが、今は2つ先の○○駅にいます」
「さっきはありがとうございました! あの最寄同じですよね? 学校終わったら駅で待ち合わせってできますか?」
思いもよらぬ提案に胸が高鳴った。だけど、学校が終わっても直ぐに家に帰ることはできないことを思い出し静かに落ち込んでしまう。
「ごめん、部活あるから19時過ぎになっちゃうと思う……。駅に届けておこうか?」
その提案を彼女は受け入れてはくれなかった。
「いや、直接会ってお礼も言いたいし。じゃあ19時頃に駅で待ってます」
「わかった。終わったら直ぐに行くよ」
こんなこともあるんだなと驚き、少しでも印象を良くしようとする自分の存在に気付く。あんなにかわいい子だ。なにかを期待したところで、と頭ではわかっていても無駄な思考を止めることはできなかった。
「おねがいしますね。あの、名前聞いても?」
「
なぜか下の名前まで言ってしまった。よっぽど彼女に覚えてもらいたいのだろう。
「
「うん。それじゃあまた」
自然と口元が緩んでしまうのを必死にこらえ、僕はスマホをカバンの外ポケットに入れた。
こうして僕は一目惚れした少女の名前を知り、再び会う約束をした。
とても現実とは思えない今朝の出来事を思い出しながら僕は今、正座を強いられていた。
[つづく]
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