第186話 地獄の鬼ごっこ

 満を持して地獄の鬼ごっこが幕を開ける。

 ルーミアはラナンから少し離れた位置で屈伸をしたり、伸びをしたりして身体を解している。


 そんなルーミアの落ち着いた様子とは裏腹にラナンは冷や汗ダラダラのまま、うわ言のようにボソボソと不安の声を垂れ流している。


「大丈夫、大丈夫……死なない。ワタシ、イキル」


 一度ルーミアと戦い、ルーミアの本気の戦いを観戦したからこそ、ラナンの心はどうしようもなく震え上がる。


 それでも、ラナンは覚悟を決めた。

 強くなるためならなんでもすると自らに誓い、ルーミアを頼った。


(やってやるわよ。あんたの本気……引きずり出せるくらい成長してやるわ)


 目を閉じ、息を吸って、吐いて、目を開く。

 やるべきことはルーミアが示してくれた。

 あとは簡単。ラナンはそれに応えるだけ。何度だって挑むことができる、贅沢な試練だ。


「では……いつでもいいですよ」


「じゃあ……遠慮なくっ、くたばれっ」


 殺意マシマシの掛け声と共に放たれたラナンの魔法を、その場から足を動かすことなく、僅かに首を傾けるだけで躱したところから、地獄の鬼ごっこは始まった。


 その一撃は確かに鋭い。

 だが、ルーミアは最高峰を知っている。その程度では想定を超えることはできない。


 それを皮切りにラナンは魔法をルーミアに当てようとするが、ルーミアは最小限の動きで躱し続けている。


「もっと考えて魔法を撃たないと、私の動きを制限できませんよ? 無意味に放つだけじゃダメです。その一撃にどんな意味を込めるのか即断してください」


「無茶言うなっ!」


 ルーミアの回避能力は高い。今はラナンに合わせて落としている強化段階でも、これまでに研ぎ澄まされた戦闘における頭の回転、思考能力は遺憾なく発揮される。


 ラナンの攻撃は当てたいという思いが先行しすぎている。

 よく言えば全力。悪く言えば単調で分かりやすい。


 だからこそ、ルーミアは見てからの対処が余裕で間に合う。

 反射で動いてもどうにでもできる、いわゆる考える必要もない状態だ。


「では……そろそろ動きますよ……よっ!」


「くっ……げほっ」


 これまでのらりくらりラナンの魔法を避けているだけだったルーミアが、不意に強襲の姿勢を見せた。

 それだけでラナンの思考は乱され、碌な迎撃態勢も取れずに接近を許し、彼女の暴力の間合いにあっという間に持ち込まれてしまった。


 そのままルーミアの拳がラナンの喉を穿つ。

 かなり手加減された一撃ではあるが、怯むのには十分。


「まずは一回目。ほら、いつまで呆けているんですか? まだ私の間合いですよ? それとも……もっと欲しいですか?」


「このっ、調子のんな!」


 至近距離での魔法行使。

 だが、ルーミアは臆することなくラナンに張り付き、軽く小突く程度の一撃を何度も与えていく。


(この距離で当たらないどころか、反撃までしてくるの意味分からなすぎるんだけど!? 引き離さないといけないのに……逃がしてくれない……っ)


 そう簡単にクリアできるとは思っていなかった。

 だが、勝利条件を二通り用意されているのだから、もう少しやりようはあると思っていた。


 今もなお手加減をされているから、多少痛いくらいで済んでいるが、ルーミアの気が変わればラナンも無事では済まない。

 継続して戦えているのは、ルーミアに遊ばれているほかなかった。


「くそっ、くそっ……なんだよっ」


「そんな適当にばら撒いても当たってあげませんよ?」


「うっさいわね!」


「焦ってはいけませんよ? 自分のしたいことを押し通すために、相手をコントロールするんです……って聞いてますか?」


「あーもうっ! ちょこまかするなっ! こっちくんな! あっちいけちんちくりん!」


 無造作に散らす魔法と共に投げ付けられる語彙力の低い罵倒にルーミアは頬をひくつかせた。


(頭に血が上ってますね。このままでは冷静な思考や盤面コントロール組み立てはできなさそうなので……とりあえず一回落ち着かせますか。休憩も兼ねて……締め落としてしまいましょう)


「ちんちくりんは心外ですよ。付与エンチャントサンダー――四重クアドラ


「はっ?」


感電抱擁エレキ・ハグ。おねんねの時間ですよ?」


 気付いた時にはもうルーミアに抱き込まれていた。

 そして、認識してすぐに、もがく暇もなく、彼女の纏う雷がラナンの身体を走り抜ける。焼けるような鋭い痛みと、単純な力技による締めの圧迫をその身に受け、ビクンと身体を跳ねさせたラナンの意識は瞬く間に沈んでいった。


 そんな時、扉を叩く音が聞こえた。


「ルーミアさん、今空いて……そうですね」


 顔を覗かせたのはリリスだった。

 回復魔法の要請で呼びに来たようだが、ルーミアの足元で崩れ落ちるラナンの姿を見て、ちょうど手が空いているのだと勝手に判断した。


「ちょうど休憩にしようと思ったところでした」


「あれ、大丈夫です? 生きてますか?」


「生きてますよっ! ちゃんと回復ヒールもしてあるので、肉体的もぴんぴんです。今はちょっと寝てもらってるだけなので安心してください」


 ルーミアはラナンを壁際まで引き摺って、自身のコートを脱いで畳み、枕替わりとしてラナンの頭の下に差し込んだ。

 そして、ちんちくりんと言われた腹いせに鼻をきゅっと摘み、ラナンが苦しそうにしたところで、呼びに来たリリスについていくのだった。


 ◇


【偶然助けた美少女がなぜか俺に懐いてしまった件について】


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