怪人ニシキの相組逢瀬

怪人ニシキの相組逢瀬 1

【眼鏡っ娘ニノマエ再び曰く:恋は戦争、愛も戦争ですよ】



「あのー、ニノマエさん。実はその、折り入ってご相談が…」


 その日、生徒会副会長ニシキは見たことないレベルで神妙に声をかけてきた。

 小綺麗に片付いた生徒会室。ニノマエは丸眼鏡の下の細い眉を露骨にひそめる。

 真っ赤な髪で筋骨隆々の長身と大きな声に空気を読めない高いテンション。自他ともに認める当校のお騒がせ男、“怪人”なんてあだ名まである彼が身長差40cmもあろう後輩女子の席まで来て背を丸めて小さな声で話しかけてくるなんて、誰が見ても天変地異の前触れか少なくとも明日は雪でも降るんじゃないかと思うに違いない。

 けれどもニノマエには心当たりがあった。この先輩の秘密を知るただひとりの人間なのだから。いや今はふたりか。


「生徒会長の話ですか?」


 抑え気味の、しかしキツい語調にニシキはびくりと震えて周りを見回す。幸か不幸か今この部屋にはふたりだけだ。廊下にもひとの気配はない。


「はい、その件で…」


 それにしてもこの男、生徒会長に恋をしてその下心だけで生徒会副会長の座をもぎ取った剛の者なのだが。


「あんまり情けない顔でやたら下手したてに話しかけてくるの止めてもらえませんか。面白いを通り越して哀れを誘うんですけど」


「あ、はい。すみませ…ごめん」


 ニノマエの小さなくちびるから大きなため息が漏れた。ほんとうにこう、哀れという他ない。

 夏休み前の先日、主にニノマエが煽ったことにより三ヶ月の様子見を経てとうとう生徒会長ニカイドウに告白したニシキであったが、その返事は“はい”でも“いいえ”でもなく、なんと“保留”だったらしい。


 同じ部屋で放課後ほぼ毎日顔を合わす相手に対して恋愛感情を“保留”するの凄い神経太いなとそのとき話を聞いたニノマエはいたく感心したものだが、あとから冷静に考えてみるとはいでもいいえでもかなりの神経の太さを要求されるので、というかなまじ決着がついているだけにやっかいとも言えるので、保留は一番賢い返事だったのかも知れない。


 しかし当事者にとってはそうでも、ニノマエにとってはそうではない。

 先輩である生徒会長と生徒会副会長の恋路を秘密にせねばならず、にも拘わらず同じ組織の一員として活動もしなくてはいけないのだ。ぶっちゃけ友達少なめで雑談を振られることもほぼないニノマエなのでポロリと零してしまう心配もそんなにないが、それでも他人のための秘密というのはストレスしか生まない。


「で、改まってどうしたんですか。生徒会長から蓬莱の玉の枝か燕の産んだ子安貝でも持ってこいって言われました?」


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