第28話 幼い恋の話
翌日、ロゼッタは放課後、ヨッケを近くの公園に呼び出した。ヨッケとはロゼッタに振られてからこれまで微妙な空気が流れていて気まずい関係だった。ロゼッタはそれに終止符を打とうと考えた。
幸せそうに微笑み合うジェイクとアントンの様子を思い出す度、あの関係性に憧れてしまう。育ての親のあの二人の幸せを、早く味わってみたかった。
先に公園に着いていたロゼッタより数刻遅れて、ヨッケが公園のブランコの元へやってきた。
「話って、なんだよ?」
「まあ、座って」
ロゼッタはヨッケをブランコに乗るよう勧めた。
二人並んでブランコに揺られながら、しばしの沈黙。ロゼッタは、思い切ってヨッケに胸の内を伝えた。
「話っていうのはね、……あたし、ジェイクに振られたの。ジェイク、アントンと恋人同士になったんだよ」
それを聞いてヨッケは思わずブランコから落ちそうになった。慌ててブランコに座りなおし、派手にリアクションする。
「ええええええええ?!おじさん達が?!マジで?男同士なのに?!」
「うん。もともとアントンがジェイクを好きだって言ってたんだけどね。ジェイクはいろいろあって、アントンを選んだみたい」
「はあ~~~~~、大人の世界はわっかんねえなあ……」
一拍呼吸を挟んで、ロゼッタはついに核心を告げた。
「それでね、あたし、大人になるまでジェイクをアントンに貸してあげることにしたの。だからね、あたし、ヨッケと付き合おうと思うんだ」
「ふーーーん……ん?」
ヨッケは何気ない会話のように話されたその言葉を、うっかり聞き流してしまってから違和感に気付いた。
「……待って。今なんて言った?」
「だから、あたし、ヨッケと付き合おうと思うの」
「それって……つまり……」
勘の鈍いヨッケのために、もっとわかりやすい説明が必要かと、ロゼッタはため息をついてブランコから降りた。ヨッケの乗るブランコの正面に立ち、腰に手を当てて胸を張る。ちょっと生意気な態度だ。
「ヨッケ。あたしもヨッケのこと好きなの。あたしと恋人になって」
「えええええええええええええ?!?」
ヨッケは辺りに絶叫を響かせた。ロゼッタは思わず耳をふさぐ。
「うるっさ……」
「マジで?!マジで言ってんの?!俺と?お前が?え、マジで?」
「マジだよ。そう言ってるじゃん」
「は……マジか……マジか……あはは、あははははははは」
ヨッケは驚きのあまり様子がおかしい。頭のネジが飛んだらしい。
「嬉しくないの?」
「嬉しいです!!!」
そしてロゼッタは喜びと驚きのあまり壊れてしまったヨッケを彼の自宅まで送っていき、「また明日学校でね」と告げて別れた。
その日の夜のヨッケは終始ニタニタしていて、家族の話も耳から抜けていってまるで聞こえていないようで、ぐふぐふと一人で思い出し笑いをして、夜もほとんど眠れなかったようである。時々思い出したように悲鳴を上げるので、家族は壊れたヨッケを病院に連れて行こうか悩んだという。
翌日、ヨッケは昼休みに隣の席のロゼッタに手紙を渡した。ノートの端をちぎり、二つ折りにしたメモのような手紙だ。
《今日の放課後一緒に帰ろうぜ》
ロゼッタはヨッケにアイコンタクトでOKを出した。ガッツポーズで喜ぶヨッケ。
そしてその日の放課後、ヨッケとロゼッタは二人並んで帰った。
「なあ、ロゼッタ。明日の休みに、ちょっとした冒険に行こうぜ。二人で」
「冒険?二人で?危なくないの?」
「心配なら武器を持っていこうぜ。まあ、ロゼッタがいれば少々の危険があっても絶対大丈夫だろうけどな」
「まあ、あたし強いから」
ヨッケはロゼッタにどうしても見せたい景色があった。まだこの街に来て間もないロゼッタには、知らない絶景が沢山あるのだ。
「学校の裏に、山があるだろ?あそこのてっぺんまで登るんだ」
「危ないよ?野生のモンスター出るよ?」
「だから冒険なんだよ。それに、ちょっと危険なほうがスリルあるだろ?」
「てっぺんには何があるの?」
「それは、来てみてのお楽しみ」
ロゼッタはその秘密が知りたくて、その誘いを受けた。ヨッケが見せたいものとは、一体なんだろう?
翌朝、ジェイクの店にヨッケがやってきた。ロゼッタは使えそうな魔法弾をいくつか店から拝借し、装備を整えて店先に出ていく。
「お待たせ」
「じゃあ、行こうぜ」
学校の裏山は落ち葉がうず高く積もっていた。その落ち葉を踏みながらの急斜面。ロゼッタは何度も足を滑らせ転びながら、おぼつかない足取りで登った。ヨッケは見かねてロゼッタの手を握り、転ばないようにサポートする。
「危なっかしいなあお前。山登れないの?」
「山なんかめったに登ったことないよ!冒険者レンタルの時も車ばっかりだったし!うわわ!」
「気を付けろよ、ったく」
二人が仲良く学校の話や冒険の思い出話に花を咲かせながら登っていると、その話声を警戒した野生動物は危険を察知し、彼らの前から姿を消した。そのため、想定していた危険もなく二人は無事山のてっぺんへと辿り着いた。
「着いた!ここが山のてっぺんだ!」
「着いたの?で?見せたいものって何なに?」
「まずは、ここだ!ここから、この街が一目で見渡せるんだ!」
ヨッケに促されて開けた場所にやってくると、そこからは秋の柔らかな日差しで輝く街が一望できた。冬至が近づき日照時間の短くなった昼下がりは、空も陽光も黄金色に輝いて、想像していたより美しかった。黄みがかった青空にはクリーム色のうろこ雲が天上を占めて、ちらほらと秋の虫が飛び交っている。
「綺麗……」
「だろ?とっておきの場所なんだ。それと、もう一カ所あるんだ」
「何なに?」
ヨッケに手を引かれて山の裏側に足をのばすと、開けた場所には辺り一面ピンク色の釣鐘型の花が咲き誇っていた。――夢端草の群生地である。
「これ、この花……!」
「綺麗だろ?お気に入りの花なんだ」
「そうじゃなくて、この花夢端草だよ!あたし知ってるの!毒なんだよ!」
「え、知ってるのかこの花?」
「うん。多分、ここで寝たら毒にやられて死んじゃうよ。この甘い匂い、沢山嗅ぐと毒なんだって」
「えっ、やべえな。知らなかった。ありがとう」
恐ろしい毒草には違いないが……それにしても、これだけ群生していると風に乗って甘いフローラル系の香りも濃厚に漂ってくる。風に吹かれる釣鐘型のピンクの花は、ざわめき、揺らめき、夢幻の世界のようで、吸い込まれそうな妖しさを放っていた。
ふと、ロゼッタの脳裏にイメージが流れ込んできた。彼女が親に連れられて、ジェイクやアントン、ヨッケに別れを告げ、汽車に乗り込むシーン。おそらくこれは高濃度の夢端草が見せた白昼夢だ。近く現実になるに違いない。ロゼッタは、今のうちにヨッケに告げておこうと考えた。
ロゼッタはヨッケの目の前に立つと、くるりと彼に向き直り、彼の眼を見据えて告白した。
「あたし、本当はロゼッタって名前じゃないの」
「えっ」
「ほんとの名前は、ルチア。ルチア・ウェイドッターっていうの。これからはあたしといる時だけ、ルチアって呼んで」
「ルチア……。解った。でも、なんで違う名前を名乗っていたんだ?」
「あたしね、家出してきたの。ほんとはしばらくしたら帰るつもりだったんだけど、帰り方がわからなくなって、それからもう7ヶ月ここにいるの」
「えっ……。お父さんお母さん心配してるんじゃ……?」
「そうかもね。だから、お父さんお母さんが見つかったら、帰らなくちゃいけないの。でも、家出したおかげでヨッケに出会えてよかったよ。ヨッケ、大好き」
そういうと、ロゼッタはヨッケの唇に触れるだけのキスをした。
「いつかはわからないけど、あたしが家に帰っても、あたしのこと忘れないで。ずっと仲良しでいて。約束」
「わ……わかった」
突然の告白と口づけに放心状態のヨッケだったが、差し出された小指を見て、誘われるように小指を絡めた。
「ずっと、忘れない」
ロゼッタは、にこりと微笑んだ。
そして、その日は遠からずやってきたのである。
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