第三章 その一 パセリ

その夜のCafe&Barドワーフの店内は『神明ロード老人頭部遺棄事件』の話題で持ちきりだった。新屋敷はカウンター席に座る客に事件の事を訊こうとしていたようだが、小細工など必要無く、客達の話す内容と言えば事件の事ばかりだった。そのおかげで私も鳴神もあらかた事件の概要を知る事が出来た。

一日経ち、現在明らかになっている事は次の通りだ。


被害者は70代くらいの男性。身元は未だ不明。

被害者の頭部の発見については昨日の20時(つまり私と鳴神が事件現場のコンビニを発ってさほど時間経過も無い頃)、夕勤のアルバイトの専門学生が店外のゴミ箱の回収作業の際に発見したらしい。

頭部以外の部位はまだ発見されず、もちろん衣服や身元を示す遺留品も一切無く捜査の進展はまだ無い。


マスコミの報道が早かった理由は、第一発見者であるアルバイトスタッフのSNSのせいだそうだ。当時自宅に居た店の責任者にアルバイトスタッフから連絡が入り警察に通報。しかし当のアルバイトスタッフがあろう事か被害者の頭部の写真を発見時の内容含めSNSにアップロードしたと言う。その情報は瞬く間に拡散され、警察が事件現場に到着する頃には収集がつかない程に世間に知れ渡っており、テレビの報道は『それに遅れながらも警察の発表よりも早い』ものとなった。


本当に恐ろしい時代になったものだ。先に死んだ者としてこの被害者に心から同情する。死んだ事もそうだが、死んだ直後に世間にその姿を晒されるなんて思ってもみなかったであろう。


「いやー、おかげでさ!その俺の従兄弟さ、バイトクビになっちゃったの!ははは!」


その第一発見者のアルバイトスタッフとは、このカウンターに座るサラリーマン客の従兄弟らしい。そんなの当たり前だ、それを笑いながらするこの男も理解出来ない。一族揃って人で無しの集まりなのだろうか。


「まあ・・・そんなバカ、クビになって当然でしょうね。同じような死に方すればいいんですけどねぇ。」


新屋敷は『俺の従兄弟』と言った客に躊躇いもなく笑顔でそう言った。一瞬サラリーマン客は何を言われたのか分からないと言った顔で言葉を失っていたが、ちゃんと意味を理解すると新屋敷を睨みつけた。


「・・・あ?マスター。客に向かって何言ってんの?俺の従兄弟が死んだ方がいいって?オイ。」


そう言って立ち上がるサラリーマン客。「まあまあ」と、なだめるその友人。その様子を横目に鳴神が口を開いた。


「お客さん、お会計でいいすね?もう、ここ来ねぇ方がいいすよ。」


それを聞いた瞬間サラリーマン客がグラスを床に払い落としグラスの割れる音が店内に鳴り響いた。その音にボックス席に座る客達のトークは急ブレーキがかけられ、店内の全ての人間の視線がカウンターのサラリーマン客に注がれる。


「おいっ!!!たかが水商売どもが客を何だと思ってんだ!ああ?!!!」


そう凄むサラリーマン客を一瞥し鳴神は溜息をついて新屋敷に目をやる。新屋敷は笑顔のままボックス席の注文分のガーリックトーストを盛り付け、「これ運んだらね。」と一言パセリを添えてバーカウンターから出て来る。


「お客さん・・・確かにお客さんかもしれませんけどね、一生懸命生きてきた人生の先輩の最期の姿を見せ物にした下衆なお話をね、酒の席で笑い話にするってのは、お客の前に人として嫌いなんですよねぇ。ひゃっはっはっ!」


新屋敷は目も見ずにそう言いながらガーリックトーストの皿を両手で持ち、サラリーマン客の真横を通り抜けた。サラリーマン客は身構えたまま新屋敷を睨みつけたまま目で追っていたが、すれ違った直後突然顔が歪みその場に崩れ落ちた。


「あーあ。あ、ちゃんとお代は払って帰って下さいね。」


膝を押さえ悶絶する男を見下ろす鳴神の手には請求書がエアコンの風で揺れていた。

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