第61話 星暦551年 藤の月 5日〜6日 夜の図書館と保護結界

嫌がる対象を魔力で無理やり使い魔にした魔術師がどのくらい生き残ったのか。

ちょっと悪趣味な好奇心を感じたので、図書室で調べてみた。

ダークな内容だから禁書の方にあるだろうとあたりをつけて夜中に忍び込んだのだが・・・。


『召喚術』で探していたら、先に『人間の召喚』に関する禁書に行き当たった。


どのくらいの研究がされてきたのか興味を感じたので、目を通し・・・気持ちが悪くなった。

『人類の発展の為』という大義名分は、人を狂わせる麻薬なのかもしれない。


授業で、『今まで知られているどのような召喚術であろうと、召喚された人間が2年以内に死ななかったケースは無い』と言っていた時に、歴史の中で何人もの魔術師が新しい召喚術を開発する度に人間を召喚出来ないかとつい試してきたんだろうなぁ・・・と思った。


だが、禁書の中にあったのそんな甘いものではなかった。

確かに、新しいタイプの召喚術を開発した魔術師が人間の召喚を試みて友人や家族を死なせてしまった・・・という悲劇の実例も書いてあったが、もっと多かったのは意図的な実験。


・・・囚人や戦時捕虜や誘拐してきた人間を使った、研究。

魔力がある人間をあらゆるバリエーションを加えた召喚術で召喚し・・・死なせた。

それを行わせたのは狂った軍事国家だったりマニアックな魔術師だったり。


やっている本人達は『人類の発展の為』と悪びれずに記録の中で自分たちの目的の崇高さを書き記し、きっちりと観察記録が残されていて実験台にされた人たちの死にざままで鮮明に書いていた。


同じ人間なのに、どうやったらここまで冷徹に人を実験対象として扱えるのだろうか。

と言うか、人間どころかただの動物だって、狂って死ぬとほぼ確実な実験の対象にするなんて普通はやりたがらないだろう。


まあ、長い歴史の中で(星暦が始まる前から人間の安全な召喚は魔術師の永遠の課題だったらしい)、普通に思いつくバリエーションは試しつくしたようなので流石に今さら無駄に実験しようとする魔術師はもういないだろう。


転移門が発明されてから『人の移動』の速度がかなり上がったし。

召喚術よりも転移門を研究した方が成功の確率が高いし、何よりも社会的抹殺処分を受けるリスクが低いと考えるのが最近の魔術師の常識になってきたらしい。


しっかし。

授業で習った被召喚対応策は比較的単純なモノだった。

自分の魔力を足元に現れる召喚陣にぶつけて、一部でもいいから術を壊せ、だってさ。

それで本当に何とかなるのかぁ?


それこそ何かを強制するような、保護結界が不可欠なタイプの召喚をする場合、相手だってそれなりに対応するだろうに。

それを無理やり引きずり出してこれるってことは、人間に対してだって同じことができるんじゃないかね?

人間を召喚するのだったら大量な保護結界はいらない。だから比較的単純なタイプの召喚になるから確かに召喚陣を壊せば術が止まるだろうが、召喚陣に保護結界をかけたタイプの召喚をされたらどうなるんだろ?


まあ、あまり召喚を暗殺手段として使おうとした人間がいないみたいだから、それ程真剣に被召喚対策って考えなくてもいいのかもしれないけど。


しかも人体実験の記録を流し読みしたところでは、召喚と言うのは『種族』とかいった『条件』に一致する存在ならどれでもいいというタイプの召喚ならばそれ程難しくないが、『隣町のナニガシ』と言った感じに個体を指定しようと思うと一気に難易度が上がるようだ。


だから暗殺手段としてのハードルも高くなるのだろう。

しかも死ぬのに最高2年もかかるし。


・・・あまり心配しなくてもいいか。


◆◆◆


「お前たちは既に基本的な防御結界は1年の時に学んだだろう。

召喚術の保護結界はこの防御結界にかなり近い。では、何が違うと思う?」

エタラ教師がクラスに尋ねた。


「防御結界は自分もしくは何かの対象を中心に外からの攻撃に備えるものであるのに対し、召喚術の保護結界では召喚対象を中心に内側からの攻撃を防ぐものである?」

何とはなしにエタラ教師の目がこっちに向いていたようだったので答えた。


「そうだ」エタラ教師が頷く。

「学院で教える召喚術は召喚対象を強制的に問答無用で呼び出すものではない。相手が抗った場合は術が壊れるようになっているし、ある程度以上の対象の場合は向こうが興味を示さない限り抗われなくても成功しない。

つまり召喚した相手が怒り狂っている可能性は低い訳だ。

とは言え、召喚対象の機嫌が悪い場合だってあるし、何かやっていたのに突然邪魔されて怒っていることもある。以前などは、男嫌いな妖精ピクシーを呼び出してしまった少年が雷撃を食らって一週間寝たきりになったこともある」

おやま。少女だったら許されていたの、その生徒?

可哀想に。

・・・考えてみたら、その妖精ピクシーが男嫌いだって何で広まっているんだろう?

誰か少女が同じ妖精ピクシーを召喚するのに成功したのか、それとも『男~~!!!!???』とでも悲鳴を上げながら雷撃を繰り出したのか?


「だから召喚術を行う際には必ず想定した対象相手が破れないと思えるレベル以上の保護結界を張る必要がある」

一体何年前から保護結界を召喚術において必要不可欠なモノとしたんだろう?

その雷撃を食らった少年が今何をしているのか興味があるところだ。

それこそ、教師の一人だったり、魔術院で働いている人だったりしたら笑えるんだけどなぁ。


まあ、それはさておき。

まずは適当な対象を自分で選んでその周りに保護結界を張る練習をした。

エタラ教師が歩きまわりながら問題点を指摘していく。


「良し、次は順番にお互いに保護結界を張り、張られた方がそれを破るように軽く魔力をかけてみろ」


と言うことで、シャルロに結界を張ってみた。

バン!!

結界が破裂した。


おい。

軽くって言っていたじゃないか。

「お前の軽くはヘビーだぞ」


「あれ~?ごめんね。でもまあ、保護結界を張る相手が手加減してくれるとも思えないし、練習だと思って頑張ろうよ」

にっこり笑いながらシャルロが提案する。


そりゃあさ。

保護結界を張るんだったらある意味力いっぱい張る方がいいんだろうけど。

もう少し効果的な張り方だって今日の授業で教えてくれるんじゃないの?

それこそ召喚対象の魔力を一部抜き取って保護結界の補強に使える術とか。


それはともかく。

次はシャルロの番だ。


ぽん!


シャルロが張った結界を視て、魔力の連携が弱い部分に魔力を加えたらあっさり結界が破れた。


「・・・もっと練習しようか」

ため息をつきながらシャルロが言った。


ある意味無駄だよなぁ。

シャルロには無敵の保護者が付いているんだから、シャルロが自力で召喚出来るレベルの相手なんて反抗したくても手も足も出ないんじゃないか?


考えてみたら、俺だって召喚をしたくなったら清早に護衛を頼んでやれば、保護結界なしでもいい気がするし。

でもまあ、召喚した相手が逃げ出して他の人間に害を与えたら気分が悪いからな。

自分の護身だけでなく、召喚と言う行為に対する責任を全うするためにも、もう少し耐久性の高い保護結界を張れるよう努力せねば。


「今のってウィルは大して魔力をかけなかったのにあっさり破れちゃったよね。何がいけなかったのかな?」

シャルロが聞いてきた。


「魔力の網が一様の強さに張られていなかったからな。弱い部分をつついただけだ」

俺も同じ問題がある。ちゃんと一様に魔力を浸透させ、弾力性がある術を構築できればシャルロの『軽い』力にもう少し抵抗出来たはず。

もっと正確な結界を脳裏に描いて魔力を注がなければいけない。



何度も保護結界を張りまくり、それなりに力まなければお互いの結界を破れなくなった頃にエタラ教師が昼食の指示を出した。

「よし、昼食に行って来い。

帰って来たら今度は物理結界と今の結界を二重掛けする練習をするぞ!」


げげ。


ま、そうなんだけどさぁ・・・。

幻獣とかも召喚するんだから、魔術を防いでも殴られたり蹴られたり噛み付かれたりで大怪我したら困ることに変わりは無い。


だが。

保護用結界2つに実際の召喚術って3重掛けってちょっときついぞ。

前もって結界の準備をやっておかないと現実には召喚術をやる前に疲労で倒れてしまいそうだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る