第38話 星暦550年 青の月 27日 学院祭初日(午前)

ある意味、なりふり構わなければ勝つと言うのは難しくない。それこそ、相手に痺れ薬でも盛れば確実に大抵の競技で勝てる。

周りの視線が問題でない場合、正直言って勝ち方に拘るのはプライドの為だ。

自分の為だけで外部的には得るモノのないプライドは、社会人になったら必ずしも優先させる訳にはいかない。

だから学生の間ぐらいはプライドを満足させてやっていきたかったんだけどなぁ・・・。


◆◆◆◆


学院祭2日目のイベントに気を取られていたら、1日目が来てしまった。

ヤバい。

もっと個人競技の練習もしておくつもりだったのに。

術が発現しない問題は1年生の間にほぼ克服できたから、今年こそは絶対に1位を取るつもりだった。やりたいことは山ほどあったプライベートな時間の中で、こつこつと『狙い撃ち』を練習して腕をあげておいたのだ。


なのに!

『野戦』は予想通り出ることになったものの、もう一つは『狙い撃ち』ではなく『氷結』に出ることになってしまったのだ。清早の加護を貰えたから、シャルロと2人で勝てってさ。

そりゃあ、水に働きかけるタイプの魔術は清早が自発的に助けてくれるし他の精霊も好意的に手伝ってくれるしで、術の効きが格段に良くなったけどさぁ・・・。


折角一年間練習してきたのに!!!!!!!!!


か!な!り!!不本意だった。


努力でも自分の才能でもなく、精霊の気まぐれから手に入れた能力なんて、俺にとっては『おまけ』でしかない。どうせなら自分で努力してきたことで競いたかった。


ちっ。


そんなちょっと不満があった個人競技だったが、清早の助けがあるのに負けたりしたら更に目も当てられない。だから本番の前にそれなりに練習をしておこうと思ったのだが、結局2回しかやる暇が無かった。

『絹の踊り』ショーもどきが面白ろ難しくって、ついついそちらに拘りすぎてしまったのだ。


色々と他の寮生の知らなかった一面が見えて面白かったし得るものもあったが。


加護している精霊の力は『本人の能力』の一部として認められているので、必要があれば勝つ為に最初から清早に手伝ってもらう予定だった。それでも、ちゃんと練習が出来て自分の能力を見極められたら、本番でも負けそうにならない限り自分の力だけでやろうと思っていたんだけどねぇ。


まあ、しょうがない。


「頑張ってね~」

シャルロにいつもの呑気な声で励まされて競技の広場へ出る。

去年のシャルロが凍らせたバケツよりも大きな、個人宅の浴槽サイズのガラスの容器に水が入れてある。

全ての容器に温度計が差し込まれており、それを教師が確認しているところだった。


『魔術師は誠実であれ』と教えている学院だが、『利用できる状況は最大限に利用せよ』という教えもあるので、ずるが出来る状況は作らないようにしている訳だ。

俺が監視員だったら、用心の為に、容器を直接地面に置かずに、低いめの台の上に置くけどなぁ。

水に直接術をかけて温度を下げておいた場合、余程うまくやらない限り水の中に対流が生まれるので温度計でばれる。

だが、地面に術をかけてじわじわと水の温度を下げておいた場合、温度が変わるがゆっくりなせいで対流が生まれない場合もあり、そうなれば温度計より離れた部分の水の温度をそれなりに下げておくことは可能だ。

まあ、今回はそのことに思いついた人間(もしくはそれを悪用しようとした奴)はいなかったようだが。心眼サイトで確認したところ、どの容器の水の保有熱量はほぼ全て同じだった。


『清早?』

声を出さずに精霊を呼び出す。

『出番か?』

すぐさま清早が現れた。とは言っても、他の人間には見えないようにしてくれとあらかじめ頼んであったので具現化はしていない。

学院側は清早のことを知っているが、あまり一般的には知らせたくない。


・・・考えてみたら、ダンカンは何故俺が精霊の加護があることを知っていたんだ?

去年のフェンダイにせよ、寮長っていうのは不思議と情報通だ。学院の方が情報を流しているのかね?


『よろしくな。くれぐれも、先に温度を下げないでくれよ。反則負けは困る』

もう一度、清早に念を押す。

学院・・・というか、人間の世界の決まりというのは精霊にはバカらしいモノが多いらしく、反則を悪いことだとも思っていない。最初は説明しようとしたのだが、ある意味俺も必ずしも守っていない『ルール』というものを納得させるのは難しく、結局『勝つためには、こうしないとダメだから』と説明して納得してもらった。


「準備いいか?」

担当の教師が小旗を上げる。

参加者全員が頷き・・・小旗が振り降ろされた。


「フリゼ!」

さっさと術をかける。

どうせ精霊に増幅ブーストしてもらう術だ。長い呪文が必要な強力な術をかける必要は無い。

『うりゃ』

清早の気の抜けるような気合の心声が聞こえ・・・水が完全に凍りついた。

一瞬で凍った為、気泡もなく、まるで容器が中までガラスのブロックになったかのようだ。


うう~む。

実は良い感じに氷が作れるんじゃないか。

バイトとして高級レストランとかバーに氷を売るというのもあるかもしれないな。


「勝者、ウィル・ダントール!」

判定が出た。

まあ、当然だよな。実質ずるをしたんだし。

来年もこれをやることになるんだったら、自分の力で出来ないか練習しておこうかなぁ・・・。

でも、『狙い撃ち』はそれなりに面白いんだけど、『氷結』は水を凍らせるだけだからねぇ。

面白みが無い。

真剣に、バイトとして活用できないか調べてみようかな?



ちなみに、シャルロも当然あっさり勝った。


午後からは『野戦』だ。

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