4-5

 それからのオサは懸命に、私に説いて聞かせた。


 戦場いくさばの確保、下調べ、迎え討つ罠、道具、武器、何よりも食糧。

 それらの量、時期、配分。何日以内に攻略するか、攻め時は、引き際は。もちろんナコクの情報も重要で、だから作戦会議は重要なのであって、今のヤマタイには、そこまでの国力が、云々……。

 私は戦争ゲームやらないタチだったから、色々聞かされて目が回ってきた。戦争始める前に、そんなに準備しとくモンなの?!

 なんか準備の時点で、すでに勝敗ついてそう。それでも、やってみないと分からないモンなのかねぇ。こっちの世界にだって、戦争は溢れてるもんね。


「分かった。よく分かりました」

 思わず、また手を上げてしまい、オサをギクリとさせてしまった。オサがシュンと口を閉じる。あ、いや、今のはそんなつもりじゃなかったんだわ。

「オサの言い分は分かりました。ですが、だから戦争できません、で、済む話ではない」

 本当に攻めてくるかは分からないんだけど。でも、あり得ない話じゃない。

 タバナが持ってった使者の首が、戦争勃発になるかも知れないし。私を暗殺するつもりだったなら、それが失敗したとなったら、今度は戦争だって思ってるかも知れないんだし。

「攻め入られたら? 降参してナコクの言うこと聞くのですか?」

「そうするしかないかと……」

 また消え入りそうな声になっちゃった。

 けど今度の声には、何か含みが感じられた気がした。

 さっき考えてた陰謀説が頭をよぎる。せっかく忘れかけてたけど、オサが手引きしたんじゃない? ってぇ疑問が湧く、この態度。


 とはいえ、ナコクが攻めてくる想定はしてないよね。きっと。

 それはない、って、ハッキリ言うぐらいだもん。何かの密約交わしてんじゃない?


 分かりましたと打ち切って、私は社に引っ込んだ。神託を受けたら、すぐに伝えますと言って。

 オサも帰っていったのが、気配で感じられた。やっぱり、まったく分からない訳じゃない。ヒタオがこの世にいないことだって、感じるんだし。

 テラスを後にして奥に引きこもった私は、ある決意をしていた。

 タバナに会おう、と。

 ヒタオが亡くなってから一度も会っていない、タバナ。会えなかったのか会わなかったのかは、分からない。私は会いたかったけど、ヒタオのこと考えたら、呼びつけるなんて出来なかった。

 それに望まれてもないのに無理に会っても、どんな顔されるかと思ったら、怖くて会えない。タバナだけは私を憎む権利がある。と、思う。

 ヒタオは、私のせいで死んだんだから。

 自分の奥さんだったんだもん。

 でも。


 そんなこと言ってられない事態になってきたのだ。会わなきゃ、取り返しのつかないことになったら、それこそヒタオに合わせる顔がない。

 ナコクに行ってしまったタバナ。

 ナコクの使者の首を持って。

 まだ、オサの立ち位置が分からないけれど。

 でも、敵国に敵の首を届けるなんて、現代じゃ考えられないから、私は、私が出来ることをする。タバナを殺される訳には行かないのだ。

「フツ、今から瞑想するわ」

 オサとの謁見は午後からだったので、終わったら日暮れ近かった。私は正装を脱がせてもらいながら、意識を集中しはじめる。

 時間がない。ナコクがどれほど離れているのか分からないけど、もうタバナは着いただろうか。手前のムラに泊まったり、野宿になってたりするかな。

 捕まえられたら、良いけれど。

 タバナの意識を。


「お食事はいかがなさいますか」

 いらない……と言いかけて、ハッとする。この時代のご飯って、レンジでチンじゃないんだし。炊飯器もないし。作るの、どれぐらいかかるの?

「もう……作ってあるよね?」

「それは、はい」

 フツが素直な子で良かった、というべきか。ヒタオだったら、こういうの察して「まだですよ」って言いそう。

「フツたち皆で分けて、食べておいてくれる? 私は食べられないから」

 食べても行けそうな気はするけど、もし失敗したら嫌だし。まだツウリキに慣れてないんだから、万全にしておきたい。

 フツが目を丸くして慌てた。

「そんなこと! 出来る訳がございません! ミコ様のお食事は、ミコ様のものです。召し上がらないのであれば、お持ちしないだけですから!」

「で? 捨てるの?」

 保存、効かなさそうじゃんね。

 フツが、ウッと詰まった。だよね。

「食べて。これは命令よ」

 そう言われても、困り顔。

 ミコと同じもの食べたら、バチが当たるとか思ってる? 思ってそうだなぁ。

「大丈夫。フツたちの身体に合うよう、変わりなく美味しく食べられるようにしておくから」

「それであれば……でも、そんな、恐れ多いことを」

「私の都合なんだから良いよ。これからは、フツたちにも力をつけてもらわないと困るからなの」

「承知いたしました。謹しんで頂戴いたします」

 深々とお辞儀されると、ちょっと罪悪感がわくけど、でも、元気でいて欲しい気持ちは嘘じゃないしな。ご飯もったいないし。

 口からでまかせだけど、まさかの、そんな言葉で納得してくれるとはビックリだ。ツウリキ恐るべし。

 とりあえず、これで部屋には一人。静かになった。


 ロウソクが揺れて、室内の影を踊らせる。もう、かなり暗い。

 フツには、明け方に見に来てと頼んだ。ひょっとして私の身体に何かあったら、証人になってもらわなきゃいけないし。

 精神をだけ飛ばすつもりだけど、肉体も飛んでったり、逆に精神が殺されたりとか、戻って来れなかったりとか、そんなことになっても困る。

 おぼろげに覚えてる、最初の頃に出会った声。

 私を殺そうとしてきた、白い影。

 あれが、また現れるかも知れないのだ。


 壇上に座り、肩を上げ下げした。

 さぁ、かな?

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