生き地獄へようこそ


 ズキズキと痛む頭に未だ重い瞼を開けた。目の前の空間にはセミダブルのベッド、それから机、テレビ、冷蔵庫があった。一見するとホテルのような部屋の中で、俺は椅子に座らされているようだ。足首と椅子の脚を紐で結ばれており、手首は紐で拘束されている。さらに驚くべきことに、俺は全裸だった。なんだこれは。俺は一体、どうしてこんなことに……。

 頭痛は治らない。これは二日酔いの時の痛みだ。俺はしこたま飲んだのか?痛む頭で懸命に考える。そういえば、仕事が休みで釣りに行っていたな。俺はお気に入りの穴場スポットで釣りをしていたのだった。立ち入り禁止と書かれていたが、そんなものを守るのは大真面目の大馬鹿者だけだ。そこではいつも大量に魚が釣れる。しかし、今日に限って全く釣れず、イライラしながら釣り場に近い行きつけのレストランで飯を食べていたんだった。


「相席いいかしら?」


 女に声をかけられたんだったな。綺麗な姉ちゃんだった。女の胸の膨らみが服の隙間からちらり。白く肉厚な太腿がスカートからちらり。見えるものだから、俺はその女に目を奪われた。俺の様子に女はクスリと妖艶に笑って、俺の向かいの椅子に座った。


「私、今日気分がいいの。一杯奢るから付き合って」


 女に言われ、俺はその言葉に甘えて一杯飲んだ。美女と飲む一杯は格別だ。


「あら、いい飲みっぷり。もう一杯いかが?」

「おう、悪いな姉ちゃん。どんどん持ってきていいぞ。なんつってな!」


 酔いが回って気分が良くなる。俺は魚が釣れなかったことなど忘れてしこたま飲んだ。


「ねえ、場所を変えて飲み直さない?」


 女の手が俺の手に触れる。冷え性なのか冷たい手だった。酔いの回った俺にはその冷たさが妙に心地よかった。女は俺の手をゆっくりと撫でる。愛撫するような、色気を感じて俺はごくりと生唾を飲む。俺は女の誘いに乗って、近くのホテルに向かった。

 そこまでは、覚えている。そうか、ここはそのホテルの中か。しかし全裸で拘束されているのは何故だ。それからあの女がいない。


「おーい!誰か!誰かいないのか?!助けてくれ!!」


 大声で叫んでいると、背後からドアの開く音が聞こえた。


「おはよう」


 耳元で囁かれる声に身体を強張らせる。あの女の声だ。


「お、おい、これどういうことだよ?!早く解いてくれよ!」


 女はじっとりと無表情でこちらを見つめている。


「な、何なんだよ一体……?!」

「ようやくお前をここまで連れてこられた」

「へ……?」

「お前はまた性懲りもなく私の同胞を殺しているな」

「え?どうほ、え?同胞?何のことだ?」


 女は俺の釣り竿を手に取った。


「凶器はこれだな」

「凶器……?」

「これで沢山の同胞を手にかけた」


 女は釣り竿を折った。壊れた釣り竿を地面に捨て、足で踏みつける。俺を見る目は冷たく、見ているだけで凍えてしまいそうで身を震わせた。


「いッ、いや、俺は!魚を釣っていただけで、俺は何も……!」

「俺は何も?」


 女は笑い出した。暫く笑った後に、俺をじっと見つめた。あの冷えた眼差しが俺を射抜く。


「私はお前達の言葉を借りれば『人魚』だ。お前が殺した沢山の魚は私の同胞。大量の殺害を繰り返したお前の罪は重い」


 女は荷物の中から包丁を手に取った。


「す、すまなかった!もう、もうしない!もうしないから許してくれ!」

「もう遅い。……そうだな、お前には罰を与えよう」


 激痛が走る。女は俺の足の親指を切り落とした。絶叫する俺の耳元で声が聞こえた。


「存分に生き地獄を味わえ。私はいつでも見ているからな」


Fin.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る