塔の上

 高い高い塔の上。髪の長い、美しい少女が歌を歌いながら窓の外を眺めていた。空は澄み渡るように青く、照らす太陽の光は暖かく気持ちがいい。塔の周囲は木々が生い茂っており、申し訳程度の小道を歩く女性の姿が見える。


「お母さま!」


 少女はお母さまと呼ぶ女性に手を振る。彼女は控えめに手を振り、持っていた箒に跨った。すると彼女の身体が宙に浮かぶ。彼女は、箒を乗り物のように扱い、高い塔の上まで登っていった。


「おかえりなさい」

「ただいま。今日はあなたの大好きなクロワッサンを買ってきたわよ」


 母親は鞄から、紙袋に入っている二つのクロワッサンを見せると少女は嬉しそうに声を上げた。彼女は母親から荷物を受け取ると、踊るように料理を皿に盛りつけていく。昨日作っておいたサラダとポトフ、それからクロワッサンがテーブルに並ぶ。大好きなクロワッサンを一口食べると、バターの香りに包まれる。外はサクサクとしたパイ生地、中はふわっとしていて、口の中であっという間に消えていく。美味しいわ、と一口食べる度に声を上げる彼女に、母親は愛しそうに笑む。

 この高い塔には、少女とその母親が暮らしていた。魔法の使える母親は毎日仕事や買い出しへと外出をするが、魔法の使えない少女は外に出ることなく塔の中で生活を送っている。外出をする母親の代わりに、家事全般は彼女の仕事であった。家事が終わると、本を読んだり、歌を歌いながら外を眺めたりして過ごしている。


「おーい!」


 ある日、初めて聞く声が塔の下から聞こえた。窓から下を覗くと、男の姿がそこにはあった。無視してしまおうとしたが、窓から覗いた時に目が合ってしまった。


「君の歌声はとても綺麗だね。君と話がしたいと思って声をかけたんだ」


 歌声を褒められた少女は気分が良くなり、どうやって塔を登ろうか悩む男に、自身の髪を窓から下ろして案内した。 

 男は少女を近くから一目見ると、その美しさに息を飲んだ。これまで会ったどの女性よりも美しい。欲しい、と男は思った。彼女を自分のものにしたい。男は気がつくと、彼女を組み敷いていた。驚いた彼女は、力いっぱい男の胸元を押す。運悪く男は、押された拍子に窓の外へと落ちてしまった。しばらくして、鈍い音が聞こえたがそれはすぐに風の音に溶けて消えた。






「おかえりなさい」

「ただいま」


 母親が帰ってきた。


「今回も派手にやったわね。片付けるの大変なのよ」


 母親に咎められ、少女は眉を下げる。


「だって、お母さま。あの男は私を襲ったのだもの。仕方がないわ」

「あら。出会ってすぐに襲うなんて、野蛮な王子もいたものね」

「王子?」

「そうよ。お忍びで森に狩りをしに来た王子らしいわ。今日は大当たりよ」


 母親は、塔から落ちた男が身に付けていた鞄や服を持っていた。


「まあ!じゃあ、これを売れば明日は少し贅沢ができるかしら」


 少女の声がはずみ、顔が綻んだ。母親も嬉しそうに笑む。


「そうね。明日はとびきり贅沢なごちそうを買ってくるわ」

「やったあ!ありがとう、お母さま!大好きよ」

「私も大好きよ」


 むかしむかしあるところに、森の中に佇む高い塔がありました。塔からは美しい歌声が聞こえ、森に迷い込んだ人々を魅了します。しかし、塔の中に入ったが最後、少女に全てを奪われてしまいます。彼女と母親の魔女はそうして長い間生き長らえているのでした。


Fin.

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