限界を迎えたシャカシャカポテト先輩
春菊 甘藍
歩く飲食物
「はぁ~」
自然とため息が出る。
今日も今日とで、とてつもなく疲れた。
バイトが終わり、今日の激務を思い返し憂鬱になる。
「生きていく為には金が必要があり、金を得る為には労働は必須である……人間は辛いぜ」
壁に寄りかかり、やたらと渋い良い声を出す紙袋を被った男。
いや……男なのだろうか。分からない。
「人間アピールですか、シャカシャカポテト先輩?」
そう、頭に被って見えるような紙袋はれっきとした彼の頭で、袋の隙間からは食欲をそそる揚げ芋の香り。だが一応、バイト先の先輩でもある。
「あ! おめ、先輩になんてことを! 俺は人間だぞ! 多分!」
言葉尻にかけて自信を失っていくではないか。
あと身動きする度に、シャカシャカと中身がかき混ぜられているが先輩は大丈夫なのだろうか。
「先輩、今日これから暇っスか?」
「お? 大丈夫だけど珍しいな、君からお誘いとは」
「メシ行くだけッスよ」
「せっかくだし、飲もうぜ~」
大学生の私が二十歳を越えてからというもの、先輩と事あるごとに飲んでいる。その頃から頭は紙袋だった。というか出会ったときから紙袋だった。
バイト先の飲食店から、徒歩数分にある居酒屋。深夜手前といったこの時間にしては人はまばらにしか居ない。若い女性の店員さんが駆けよって来る。
先輩と二人分の注文を済ませ、暫し待つ。
「で、どうしたよ? 何か、あったの?」
まぁ、相談事があるからご飯に誘った訳でして。
「先輩って、月どれくらい働いてるんですか?」
「30連勤」
「イカレてんのか?」
そういやこの人、いつも顔合わせるな。
「えっと、シフトは?」
「フルタイムだ」
「死にますよ」
内のバイト先は午前九時開店の午後十時閉店だ。
十三時間労働……
「その心配になったんですけど、体とか大丈夫なんですか?」
正直、噂程度に先輩の勤務実態を聞いた時は冗談の類いだと思ったが、たかだかバイトでここまで酷使されている先輩が心配になったのだ。
「ふふ、ありがとな。頭がシャカシャカポテトな以外は大丈夫だ」
「割と深刻な気がする……」
注文した品々が運ばれてくる。枝豆と先輩のビール、私のカクテル。
「つかよ、今日の客も酷かったよな!」
「ホンット、そうですよ!」
二人とも少しアルコールが回り始める。
先輩はどうやって食べてるのか、近くで見ているのに全く分からない。
そして話題にのぼったお客様。
私が対応した。典型的、権威的態度な年配男性。
「何だよ、アレ。『自慢じゃ無いけど、俺は偉いわけ!』って偉い奴はそんなこと言わないっての!!」
「しかも、マニュアルに沿って作った料理に対して、いちゃもん付けるおばさま!」
チェーンのため本社からマニュアルで決められた通りに調理、提供した料理に、
『これ、違う。ちゃんとしたのつくってちょうだい!』
っと、訳の分からない注文をする客がいた。
「あとあれな、子供を放置する家族連れ」
両親はスマホに夢中で、子供は店内を駆け回っていてかなり危なかった。
「あと君に、水掛やがったゴミカスいただろ! あれはカスハラだって」
先輩が言うお客様(笑)は注文を取りに行った私に、遅いという理由でお冷をかけてきた。
「もう、ほっんとやってらんねぇぜ!」
「そうっすよ! 働きたくねえ!」
「バイブス上げてくぞ! オラァ!」
「ウェイ!」
二人とも酔っているからか、ノリがだんだん雑になってゆく。
「おおおお!」
先輩は勢いそのままに、頭を振りまくる。店内のBGMに合わせヘドバンをする。幸いにして個室居酒屋、周囲の目は無い。
シャカシャカと振られる頭から、酒によって増進した食欲を誘う香りは広がる。
「おおおお!」
バリッ。
遂に頭の紙袋が破け、中身のフライドポテトが姿を現す。
先輩はゆっくりと頭を下ろし、さっきまで枝豆のあった皿に自身の頭から出たフライドポテトをのせてゆく。
「よし、持ち込みバレないうちに食っちまうぞ」
「ええぇ……」
破けた紙袋になった頭部の先輩は何事もなかったように自身が放出したフライドポテトを正体不明な方法で食べる。
「それ、大丈夫なんスか?」
先輩の頭を指さす。
「2,3時間後には元通りだ」
「ええぇ……」
ちなみにフライドポテトは美味しかった。
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