【器用さ上昇・小】④

 次にモンスターと遭遇したのは、階層を一つ降り、二十三層に到達してすぐのことだった。


 その姿を見て、俺はわずかに眉をひそめる。


「あれ、ゾンビか……?」


 体の朽ち具合は少ないものの、あの覚束ない足取りはゾンビ特有のものだ。

 だが……なぜか顔をうつむかせている。

 正面からは、まばらになった短髪の頭頂部しか見えない。


 距離が詰まり、皆が戦闘態勢をとったその時……突然、ゾンビが顔を上げた。


「はっ……?」


 その頭部には、顔がなかった。

 よくいるゾンビのように、肉が腐り落ちたという様子ではない。

 何もないのっぺりとした皮膚が、その顔面を覆っていた。


 隣のテトが、気味悪げに呟く。


「何あれ……たぶんあの顔が弱点部位っぽいけど」


 言い終わるやいなや、ゾンビが急に足取りを速め、こちらに迫る。

 その時。


「了解ッス!」


 後方から矢が飛んだ。

 それは顔のないゾンビの、顔面ど真ん中に命中。同時に赤いエフェクトが散り、ゾンビが仰け反る。

 会心攻撃クリティカルだ。


 俺はあわてて距離を詰め、仰け反りノックバックしたゾンビの隙を突いて倒す。


 散らばったドロップを拾う前に、ステータス画面を開いた。

 経験値の獲得履歴画面から、モンスターの名前を確認する。


「フェイスレス・ゾンビ、か……」


 やはり初めて見る名前だった。

 もしかするとこのダンジョン固有のモンスターかもしれない。


 まあ、こういう珍しいモンスターもたまにいる。

 俺は気を取り直し、後衛を振り返る。


「助かったよ、ユーリさん。やっぱり腕がいいな」

「いやぁ、恐縮ッス……」


 と、ユーリが照れる。

 ドロップは、残念ながら大した物がなかった。


 それからしばらくして、またもやゾンビが現れた。

 今度は普通のやつだ。


「ゾンビが多いみたいね、この階層」

「だな」


 ゾンビは動きが遅めで、攻撃パターンにも癖がないから戦いやすい相手だ。


「じゃあ、今度はボクが……っ!?」


 距離を詰めるべくナイフを構えたテトだったが、直後に体を強ばらせた。

 こちらに迫るゾンビ。

 その首が、突如長く伸びたのだ。


 生気のない顔についた口を限界まで開き、テトへ牙を剥く。


「任せてくださいッス!」


 その顔面に、矢が突き立った。

 仰け反りノックバックする首長ゾンビへと、テトがあわててナイフを振るい、四散させる。


 俺はほっと息を吐く。

 ちょっと驚いたが、何事もなくてよかった。


「あ、ありがと、ユーリ……」

「おや。テトせんぱい、珍しく殊勝ッスねー」


 そんなやり取りを聴きながら、俺はステータス画面を開く。


「今度はロングネック・ゾンビ、か……」


 またも聞いたことのない名前だった。これも固有モンスターだろうか。

 思った以上にテーマ性の強いダンジョンなのかもしれない。


 もちろんそれだけなら何の問題もない。

 だが……妙なギミックでもあれば厄介だ。


 俺が心配していると、後ろでふとメリナが言った。


「ユーリさん、あなたの弓……けっこう火力出るのね」

「え、そうッスか? これ、完全なサポート弓なんで、あんまり威力はないッスけど」


 ユーリはそう言って、武器のステータス画面を開いてこちらへと見せてくれる。

 本人の言葉通り、レベル【19】の冒険者が使う弓としては控えめな威力だ。

 ただし、効果が一つ付いていた。

 【全体筋力上昇・中】。パーティー全員のSTR筋力が5%上昇する、なかなか強力な効果だ。

 そういえば、ユーリをパーティー登録した瞬間にステータスが少し上がっていた気もする。


 一緒に覗き込んでいたテトが驚いたように言う。


「うわっ、何このレア弓! ユーリこんなのどうしたのさ」

「なんか、店長がくれたんスよねぇ。売れ残りだって言われて」

「ええー、甘やかされてるなぁ……」

「これ、そんなにいい弓なんですか?」

「【全体筋力上昇・中】が付いてるからね。斥候が持つにはすごくいい弓だよ、ただいるだけで意味があるし」

「あはは、そうなんスよねぇ……実はあのパーティーに入れたのも、この弓を持ってたからっていうのもあって……」


 片眼鏡の司教が、ユーリの武器の効果がどうとか言っていたことを思い出す。

 まあ確かに、こんな弓を持っている斥候がいたらパーティーに引き入れたくもなる。


 【全体上昇】系のスキルや武器効果は種類によってピンキリだが、STR筋力対象の中ランクとなると大当たりの部類だ。

 前衛の火力を底上げし、パーティー全体で持てるアイテムの量も増える。


 ただ、こういう効果付き武器の場合、他の性能が低いこともよくあった。

 同じことに気づいたのか、ココルがぽつりと言う。


「へ~、でもその代わり、威力はちょっと低めなんですね」

「そうみたいね。でも、それならどうしてかしら……」


 メリナが首をかしげる。


「ユーリさんのレベルで、この階層のモンスターを一射で仰け反りノックバックさせるって、普通は難しいはずなのに。てっきり、強い武器を使っているものだと……」

「それはたまたまッスよ~。最初は会心攻撃クリティカルが出ましたし、次はなんか返り討ちカウンターになったっぽいんで! 運がよかっただけッス!」

「いえ、それ込みでなのだけど……」

「えー、でもいつもこんなもんッスけどねぇ……」

「たぶん、扱い方が上手いんだろう」


 俺が口を挟むと、ココルが不思議そうに訊ねてきた。


「弓って、扱い方で威力が変わるんですか?」

「弓に限らず、STR筋力が関係する武器は大体そうなんだ。例えば剣や斧だと、間合いが近すぎたり、ちゃんと振れなかったり、当て所が悪かったりすると、ダメージが落ちる。弓だと、構えや引き方、距離が影響するだろうな」


 冒険者のほとんどは、武器の扱い方を誰かに習ったりはしない。ほぼ我流だ。

 だから、初めからきちんと師匠から学んだような者は、そうでない者と比べて明らかに強いことが多かった。


 俺も村で元冒険者のじいさんから剣を習ったから、ここまで来られたところはある。

 狩人の祖父に弓を教わったというユーリも、きっとその部類なのだろう。


「俺は弓には詳しくないが……正しく扱えれば、きっとサポート弓でもユーリさんくらいの火力が出るものなんじゃないか?」

「それが、弓の本来のポテンシャルってこと……? もしそうなら、ちゃんと技術を身につけた冒険者が増えれば、魔導士と数が逆転してもおかしくないわね……」

「弓手と魔導士って、同じ後衛火力のはずなのに今バランスとれてないもんねー。片方は武器スキルがないと一線で活躍できないって、よく考えたらおかしいよ」

「はぁ~……そういうもんなんスねぇ」


 俺たちの話を聞いていたユーリが、当事者にもかかわらず感心したように呟く。


「ウチもダンジョンでの弓なんて、ただ当てればいいもんだと思ってたッスけど……もしそうなら、じいちゃんと一緒に山に籠もってた経験が生きてるってことッスかね! なんだかうれしいッス! ……あ、でも」


 と、急に声のトーンが落ちる。


「ということは……パーティーを追い出されたのは、やっぱりウチが悪かったってことッスかね。ダメージ量が多いと、その分ヘイトも稼いじゃうってことですし……」

「い、いや、そういうわけじゃない」


 俺はフォローするように言う。


「パーティーが危なくなっていたから、ユーリさんもがんばったんだろう? それなら仕方ないさ。普通はまず、そんな危険な階層にまで潜る方がおかしいんだ。それにたとえ支えきれなくなったとしても、前衛が後衛に文句を言うのは筋違いだ。あまりこう言いたくはないが……やっぱり彼らは実力不足だったんだろう」

「なーんだ、そうだったんスね」


 聞いたユーリは、ほっとしたようにそう言った。


 ただ……、と俺は付け加えようとして、気が変わって口を閉じる。

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