【器用さ上昇・小】②

「あ、見てくださいあれ!」


 二十二層を進んでいた時、後ろからココルが唐突に声を上げた。


「転移床ですよ!」


 指さす先を見ると、確かに竹の茂みに紛れるように、うっすらと光る魔法陣があった。

 俺は近づいて、あらかじめ買っておいた地図を広げる。


「どうですか?」

「……うん、ここから飛べば近道になるみたいだ」


 俺はそう答え、魔法陣の描かれた床に目をやる。


 転移床とは、乗ると別の地点へ瞬時に移動する、ダンジョンにおける仕掛ギミックの一つだ。

 どこへ飛ばされるかはあらかじめ決まっていて、移動した先にも同じような魔法陣がある。そちらに乗れば必ず帰ってこれるので、それ単体では特に危険性のないギミックだ。


 転移床を使わないと先へ進めないようなダンジョンも中にはあるが、そうでない場合、珍しいアイテムが入った宝箱のある小部屋へ行けたり、近道ができることもある。

 ここ百鬼怪道の転移床も、そういう位置づけだった。


 一応懸念もあるので、転移床の位置や行き先が描かれた地図は買ったものの、積極的に利用にするつもりはなかった。

 基本は道順通りに進み、使えそうなものがあったら使っていくような取り決めでいたのだが……ついに見つけてしまった。


「あ、けっこう先まで飛べるみたいだねー」


 横から地図を覗き込んで、テトが言う。


「じゃ、予定通りまずボクが乗るね」


 そう言って、ストレージから帰還アイテムである『記憶の地図』を取り出した。

 無論、いつでも使えるようにするためだ。


 転移床は、最初に一人が乗って先を確かめてくるのが定石だった。

 まずないことだが、転移した先に超強力なモンスターがいる可能性だってある。そんな場合でも、一人ならすぐに戻ったり、最悪帰還することもできる。


 この中で一番ソロでの行動に向いているのがテトであり、本人も転移床は何度も経験しているから、それ自体に問題はなかったのだが……、


「……やっぱり、俺が行こうか?」

「……え? 何、今さら。ボクが最初に飛ぶってことで、アルヴィンだって納得してたじゃん」

「それは、そうなんだが……」

「心配しすぎですよ、アルヴィンさん」

「何かあっても、テトなら大丈夫よ」

「ん……そうだな」


 俺はうなずく。

 実は少し、気になることがあったのだが……さすがに、この程度を気にしていたらキリがない。ココルの言うとおり心配のしすぎだろう。


「頼んだ、テト」

「おっけー。じゃあ、すぐ戻」


 言いながら、テトが転移床に乗る。次の瞬間、その姿がかき消えた。

 言葉も途中で途切れる。喋りながら転移床に乗るとこうなるのだ。


 ステータスの時刻表示を見ながら、時間を計る。

 そして三十秒もしないうちに、先ほどとまったく同じ場所にテトが現れた。


 何事もなさそうで安心するも……その顔に浮かんだ微妙な表情を見て、かけようとした言葉が止まる。


「あ、お帰りなさい。どうでしたか? テトさん」

「えーっと……大丈夫だったよ。マップで確認したけど、地図通りの位置に転移したみたいだったし、モンスターもいなかった。だけど……」

「だけど?」


 テトがわずかに口ごもる。


「近くに他のパーティーがいたみたいなんだよねー……。しかもなんか、揉めてるみたいでさ」

「……パーティー同士のいさかいか?」

「ううん、そうじゃなくて、内輪揉めみたいな感じだった。声しか聞こえなかったけど」

「うーん、そうか……」


 確かに、それは面倒そうだ。

 あまり近づきたくない。


「いいんじゃない? それくらい別に」


 そう言ったのはメリナだった。


「素通りすればいいだけでしょ。気にすることないわ、関係ないんだし」

「冒険の最中に揉め事なんて、上位パーティーでも珍しくないですからね……」

「そうなの? じゃあ、大丈夫かなぁ……」


 ココルの言葉に、テトも気が変わったようにそんなことを呟く。


 俺としては、あまり他のパーティーと遭遇したくはなかった。

 普通に行き会うならまだしも、トラブルの最中には特に出くわしたくない。


 ただ、まあ……三人がこう言うならいいだろう。

 それに、何かあっても俺たちならば大丈夫だ。


「よし、行くか」


 俺たちは四人で転移床に乗った。



****



 ほんの一瞬、視界が暗転し――――気づくと、まったく別の場所に立っていた。

 墓石と竹の群れは変わらないが、景色が微妙に違う。


 俺はステータス画面のマップで現在位置を確認する。

 テトの言っていたとおり、地図に描かれていた転移先の場所に飛んできたようだった。


「知ってましたか? 転移床って、乗ると酔う人がいるそうですよ」

「そうなの? でもこれ、確かに酔ってもおかしくなさそうね」


 と、ココルとメリナが話していたその時。

 通路の奥から、微かに人の言い争うような声が聞こえてきた。


 反響のせいで内容こそ聞き取れないが、そう離れていないように思える。

 しかも、おそらくは俺たちの進行方向だ。


「……これだよ、ボクが聴いたの」

「なるほどな……だが、進むしかないだろう」


 今さら引き返しても仕方がない。


 墓石の道を進むと、やがてダンジョンの真ん中で言い合うパーティーの姿が見えてきた。


 装備を見るに、中堅パーティーのようだ。

 侍に司教、赤魔導士に暗黒騎士と、派生職が多い。

 一見強くなりそうでただピーキーな性能になるだけの派生職は、20から30レベルくらいの冒険者に多かった。


「何度言ったらわかるんだッ! てめぇが攻撃するせいでヘイトが分散するんだろうがッ!」

「あなたはただ大人しく、武器の効果だけ提供していればいいのです。後衛と前衛のバランスを崩すような、余計な真似は控えてください」

「で、でもそれだとダメージ量が……」


 自分たちの揉め事に夢中なのか、こちらに気づく気配はない。

 彼らはどうやら五人パーティーで……四人から一人が責められている構図のようだった。


 なるべく関わり合いにならないよう、静かに通り過ぎようと思った――――その時。


「――――もういい、てめぇはクビだ!! さっさとオレのパーティーから出て行きやがれッ!」

「ここからは一人で帰ってねぇ~。斥候なんだから、あなたそれくらいはできるわよねぇ?」

「い……言われなくても、出てってやるッス!!」


 はっきりと叫び返したその声には、聞き覚えがあった。


 よくよく見てみれば……責められていた小柄な人影は、記憶にある。

 斥候職の装備に身を包み、弓と矢筒を担いだ、緑がかった真珠色の髪の少女。


「ユーリ?」


 声を出したのは、テトだった。


「テ、テトせんぱい?」


 ユーリが、びっくりしたようにこちらを振り向いた。

 翠色の目は泣き腫らしたように赤くなっていて……直後、見られたくないところを見られてしまったというように、唇を強く引き結ぶ。


 彼女のパーティーメンバーが、こちらに目を向けてくる。


「なんだてめぇら。何見てんだ、あ?」

「道の真ん中に突っ立っておいて、何見てんだはないでしょ」


 自分よりもずっと上背のある侍に向け、メリナは冷たく言い放つ。


「言われなければわからない? 邪魔よ」

「……はっ、そりゃあ悪かったな。ほらよ、好きに通れ」


 道を空けながら、侍がせせら笑うように言う。


「よぉ、お前らこのクソ斥候の知り合いなのか? ならついでにこいつも連れてけよ、足手まといにしかならねぇだろうがな!」

「あらぁ、よかったわねぇ~、ユーリ。モンスターにやられずにすんで。あなた一人じゃ、この階層から無事に帰れるかわからなかったものねぇ~」


 侍と赤魔導士の言葉に、ユーリが悔しそうにうつむく。


 それに答えたのは、テトだった。


「あはは、いいよー。……こんな雑魚パーティーじゃ、斥候一人余計に抱えるのも難しそうだからねー」

「あ……? てめぇ、今なんつった」

「雑魚って言ったんだよ。雑魚雑魚の雑魚パーティー。話聞いてたけど、前衛に侍と暗黒騎士がいて後ろの三人支えきれないの? 弱っ! しかも弓型斥候にヘイトが散るって、後ろの火力も回復量も全然足りてないよ。どいつもこいつも才能ないね。冒険者辞めたら?」

「……おい、そこまで言ったからには」

「何? やんの?」


 凄む侍の前で、テトが半笑いで手のナイフを回した。オレンジ色の軌跡が、手元で円を描く。


 彼らのレベルは、おそらくテトの半分くらいだろう。

 だから喧嘩になろうと心配はないだろうが……そういう問題じゃない。


 俺は静かに言う。


「やめろ、テト。わざわざ喧嘩を売ることはない」

「……ふんっ」


 テトが不満そうに鼻を鳴らして、顔を背ける。


 すると、侍が調子に乗ったように言う。


「なんだよ、口だけか?」

「それと」


 俺は侍を振り向いて、付け加えるように告げる。


「あんたは剣士に戻ることを薦める。テトの言う通り、積極的にヘイトを稼げないなら侍でいる意味はないぞ。大方、少ないVIT耐久のせいで腰が引けてるんだろう……臆病者に侍は務まらない」

「……ッ!? て、てめぇ……ッ!」


 侍が、腰の刀に手をかける。

 だがそれを、片眼鏡の司教が小声で止めた。


「お、抑えてくださいっ。彼らは『あかつき』ですよ! 最近話題の……」

「な、こいつらが……? チッ!」


 侍は忌々しげに舌打ちすると、刀から手を離して踵を返す。


「もういい。行くぞ、お前ら!」


 そう吐き捨てた侍を先頭に、四人となった中堅パーティーは去って行った。


 俺たちの間には、しばらく沈黙が流れていたが……やがて気まずそうに、ユーリが口を開く。


「あ、あはは、恥ずかしいところ見られちゃったッスね……じゃ、じゃあ、ウチはもう帰るッスから……」

「あっ、ユーリさん!」


 そう言って立ち去ろうとするユーリへ、ココルが声をかけた。


「よかったら、一緒に先へ進みませんか?」

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