第18話 ここは猫パラダイスではない


山でブデュというでかい茶色い動物に、ソニアは短剣を投げつける。ソニアの投げた短剣はブデュの脳天に突き刺さり、倒れた。

ブデュの肉質はおいしいので、皆喜ぶだろう。ソニアや皆の笑顔が思い浮かぶ。


「ソニア!!」

鋭いジルの声に、ソニアは素早く木から降りる。

ちなみに今日は茶色い犬の獣人レニンはいない。今日は冒険の仕事ではなく、仲間を集めて山で食材取りに来ている。今度の食事会のカンパがなくなったことはいってはいない。ジルにはバレているような節があるが。

「大変です!あなたの家の私の呪符が破られました」

「なんだと?」

「早く家に戻りましょう」

ジルの切羽詰まった声。ソニアの脳裏にアルや子供たちの顔が思い浮かぶ。冷静にならなければと、いつもの先頭の時のように切り替える。


「アル!!ソル!!シルカ!ライ!」

家にたどり着くが、中には誰もいない。

誘拐犯はプロらしい。獣人の鼻に嗅ぎつかれないように、匂い潰しがばらまかれている。ソニアの敏感な嗅覚が役に立たず、鼻がずきずき痛くなっていく。

「やられましたね。相手は相当の魔術師がいるようですね」

ジルの守護の札が破られている。

「くそ!!」

焦燥感に、ソニアは壁を殴りつける。

すると奥から子供の涙の匂いと鼻をすする音が聞こえてきた。ライの声だ。

慌ててソニアは鳴き声の方に向かう。


ライは隠れていて難を逃れたらしい。テーブルの下にうずくまっていた。

「大丈夫!ライ、皆はどこへ行った!」

ソニアの顔を見ると、ライは大きく泣き始める。だが声が出ていない。口をパクパクするが言葉が出ていなかった。

「ライ皆はどこに行ったんだ!」

ソニアはライの肩をつかんで迫る。

「ソニア、落ち着きなさい!この子はショックで言葉がでなくなったのかもしれません。戦場でよくあることだと、聞いたことがあります」

ソニアはライを抱きしめる。

「ライ、すまない。もう大丈夫だ」


ジルは懐から紙と炭ペンを取り出して、ライのそばに置く。

「何か話したいことがあったら、ここに書いてください」

ライはペンをとると、紙に『ごめんなさい』と書いた。

「お前は悪くない」

ソニアはライの頭をなでながら、なるべく冷静にライに問いかける。

「この家に入ってきた奴らの姿を見たか?」

そう聞くと、ライは首を横に振る。

『あまり見てない。でも男の声を聴いた。ソルやシルカの悲鳴が』

がたがたライが震え始める。

殺す。

その男たち見つけ出して殺すと、ソニアの瞳の動向が縦長に変わる。

「こら、ソニア、怖い顔になってますよ。その子に向けてはいけません」

うずくまってふるえるライに、ソニアは「すまない」といいつつ、ライの頭をなで続けた。


 それから必死で周辺に聞き込みをするのだが、何も手掛かりがないまま夕方になってしまった。




 アルは夢を見ていた。たらふく大福を食べる夢だ。幸せに大福を頬張っているのに、雑音が聞こえてくる。

「はぁ、はぁ、こいつ人間か?いように綺麗だな」

「いい匂いがする」

「こいつ男なのか?全然見えねぇ」

とか言う言葉が聞こえてくる。うるさい。生臭い匂いに、荒い息遣いがうるさいし。それにくすぐったい。

このせかいでは絶対大福なんか食べられないのに。

大福?

いや、大福ってなんだっけ?


いやなんか肌寒いと、アルは目を開けた。目の前には黒い耳を付けた複数の男がのぞき込んでいた。

「うわぁああああああああああああああああ!!なんですか?あなたなんですか!!」

ていうか起き上がりたいのに、ぐるぐる巻きに上半身縛られているので、起き上がれない。アルは芋虫状態の姿になっていた。

「ぎゃぉーん」と男たちは鳴き声を上げた。

なんか臭い。

「あの、あなたたちお風呂入ってます?すごく臭いです」

臭いにおいの男に囲まれて、地獄である。

「そ、そうかよ?」

と慌てた男は自分の袖を嗅いでいる。

 

うんうん。くさいですよ。


「お前はいいにおいするな」と、くんくん黒猫耳男Aは、アルの匂いを嗅いでくる。

くすぐったいし、なんか全身かゆい。

ざりざりの猫舌が顔をなぞるので、痛いし気持ちが悪い。

「なんかここダニいません?かゆい。ダニいるなら退治したほうがいいですよ」

「ダニってなんだ?」

と左右の瞳の色が違う黒猫男Bが言ってくる。

「虫です、虫。人の毛並みにたかる」

そうアルが言うと、黒猫耳を付けた男たちはいっせいに動きを止める。

「ま、まさか、人食吸虫がいるのか?ボスに知らせて退治せな」

ざわざわざわめきだす。


やっとこさ、そこでアルは我に返る。

そうだ。自分は襲われてたんだ。急に口元を押さえられて、意識を失って。

「あの、ソル君とシルカちゃんは無事なんでしょうか?」

「シルカ、ソル?ああ、オオカミの子供のことか。確かボスに連れていかれたよ」

黒猫少年Cが言う。

ここには黒猫耳を付けた人間しかいないのか?人間ではなく獣人なのか。

「ボスって誰なんですか?」

くすぐったいので触らないでほしい。すりすりしてくるのはやめてほしい。毛づくろいも臭いし、やめてほしい。

「お前俺たちのこと知らないの?」

黒猫少年Cが不思議そうにアルを見る。

「全然知りません。シルカちゃんとソル君を無事に返していただきたいです」


「それはお前さん次第だな」

すんごい重低音の声が聞こえてきてそちらを見ると、真っ黒い豹の顔をした眼帯の男と、眼鏡をかけた黒髪の男が、アルのいる部屋に入ってきた。

後から縛られたソルとシルカが入ってくる。

「シルカちゃん!ソル君!あなたなんなんですか!何でこんなひどいことをするんですか?」

ソル君の頬が赤くなって腫れている。二人とも俯いて恐怖に固まっている。

「俺はヴェリエ。ここ一帯を取り締まっているもんだ。お前さん、飲んだくれのヴェイスを知っているか?」


 どうしてここでヴェイスの名前が出てくるんだろう?すんごく嫌な予感がして、咄嗟に口を閉ざす。

「ヴェイスは借金返すのに、自分とこの子供をうちにくれる約束をしたもんでな。ヴェイスのガキ二人探しているもんでよ。ヴェイスの話によるとお前が子供を連れてったそうじゃねぇか。誘拐はいけないぜ。返してもらおう。ヴェイスの子供はどこ行った?」

自分も誘拐している癖に、矛盾している豹である。

教会にいるレアとクレアを絶対この豹に合わせるわけにはいかない。だがこのままではシルカとソルが危険だ。

どうしよう。


そうこうしている間に、ヴェリエは近づいてくると、アルの顎をつかんで顔を上げさせた。

「しっかし、お前さん、人間じゃないみたいにきれいだな?女神さんみたいだ。お前さんがここに残るのならヴェイスのガキども諦めてやってもいいぜ」

「あの、その前に言いたいことがあります」

「なんだ?」

「背中がかゆいんです。少しかいてくれませんか?」

ヴェリエの爪がアルの肩に食い込む。

「い、痛い」

「ふざけてんじゃねぇ。いますぐそこの狼のガキども殺してやろうか?」

「本当にかゆいんです!!ここダニ(肌をかゆくする虫)多くありません?あなたたちお風呂入ってます?きちんと毛づくろいしてないでしょ!!」

頭にきてアルは叫んだ。

気まずげに周りの黒猫耳男たちは顔を見合わせる。ヴェリエは鼻を鳴らすと、アルを突き飛ばした。

「あの、私櫛持ってますし、これであなたたちの毛並みをとかしてゴミとか虫をおとしたほうがいいですよ!そうしてからこの部屋掃除しましょうか?話はそれからでもいいと思います」

 アルはどちらも選べないので、すきを見て逃げ出すか、ソニアが来てくれるかもしれないから時間稼ぎすることにした。

いざという時はアルはここに残るしかないなと、覚悟を決めた。


必死こいてアルは黒耳猫男たちの耳と頭と尻尾を、櫛でとかす。

ただの櫛とぎというなかれ、これにはすごくコツがいるのだ。気持ちいいモフとぎのアルは達人だと自負している。

アル直伝櫛とぎをしていたら、黒猫耳男は猫耳が付いていたとはいえ、人間の姿をしていたのに、大きな大きな猫そのままの姿になった。

「え!?」

獣人って動物の姿になれるの?

それからはアルは、男たちの毛並みを櫛でとかしまくることにしたのでした。アルの櫛とぎは評判がよく、黒猫耳そわそわしながら今か今かと待っている。

「並んでください!順番にやりますから!!」

アルが言うと、男たちは案外素直に並び出した。


アルはせっせと黒猫獣人たちの体をくしでといていると、ヴェリエのもとの黒猫獣人さんたちは人間にとらわれ、奴隷のように働かされていたらしい。そこから逃げ出し仲間で集まって働いているという。

何と言っていいか正直分からないが、アルは黒猫獣人男たちに、「悪いことはだめですよ」と言っておく。

すると黒猫獣人たちアルの家で働きたいとか言い出してくる。

なんでやねん。


セクハラをふせぎつつしばらくそうしていると、「親分、男が親分に会いたいっていってますぜ」と珍しく黒猫耳ではない白猫ぶち耳の男が、ヴェリエのもとへやってきた。

「今取り込み中だ。あとにしてくれ」


「取り込み中でしたか?すいません、勝手に入らせてもらいました」

そこには教会の神父眼鏡のカタリさんがいた。

何故ここに!?と驚愕するアルなのでした。

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