第12話 報告
事件から一週間経過した。
あれから特に何事もなく、事件があったのが嘘のように平穏の日々が流れている。
その間、俺はひたすらに魔法の特訓をしていた。
朝から晩まで休憩を挟みながらの基礎訓練。
正直楽しいものではなく、地味で気乗りしない内容だ。
だからといって辞める要因にはならない。
小さなことであっても、いずれは積み重ねとなって成果は得られる。
努力を信じることだって大切なのだ。
後やったことと言えば、将来起きることをメモに書いた。
記憶だっていつまで覚えている保証はなく、覚えているうちに記録しておいた方が良いと思ったのだ。
未来の記憶、それは俺が世界に対して持っている唯一のアドバンテージ。
失うことなど許されない。
忘れてしまったが最後、それは永遠に失われてしまうのだから。
かといって周りへ発信するのも躊躇われた。
俺ことノームのことだから、どうせ信じて貰えない。
しかし問題はそこではなく、父の目だった。
今までも突飛のないことはしてきたつもりだが、未来予言など正直俺の柄ではないのだ。
信じる信じない以前に、変な疑いをかけられることだろう。
それに俺の行動によって未来が悪い方向に変わってしまう可能性だってある。
何も判明していない今、早計なことは控えるべきだと判断した。
まあ結局のところ、今は準備する段階だということに変わりはなく、魔法特訓も準備の一つだった。
とはいえ進捗としては微妙で、まだまだ特訓が必要なレベルなのがもどかしい。
それに俺の魔法特訓は使用人たちの間でも周知されているらしく、学園に戻ってから行う方が良いのではないか、と正論を言われた。
確かに学園は設備も整っており、授業も基礎から教えてくれる施設だ。
特訓をするにはもってこいの場所だと言える。
ただリビアとも相談していたことの一つである、魔法レベルの基準が結局分からず仕舞い。
事件が起きてしまったせいで、アイリスからは聞き損ねてしまっている。
これではどの程度の魔法を披露して良いのか分からないのだ。
だとすれば、学園に行った際に直接周りの反応を伺って合わせていくしかない。
その際にできないことがあると不味い、だからこうして特訓に励んでいた。
しかしいくら意識を高く保とうと思っても、流石にマンネリ化によるやる気の低下は起こってしまう。
何より成長を感じる機会がないのが大きいのだ。
「砂塵操作」
もはや何度唱えたかも分からないお馴染みの魔法。
水属性魔法ではできていた経験があるため、未だにできないことに鬱憤が溜まる。
しかしイラついていても上手くいくわけもなく、俺は一度魔法を止めた。
「はぁ――」
大きく深呼吸し、気持ちを切り替える。
とはいえ一旦休憩しようか。
流石に地下室に籠って何時間もやるのは身体に悪い気もする。
「ノーム様、お疲れ様でございます」
地下室を上がるなり、使用人がタオルを差し出した。
慣れた手つきでそれを受け取り、汗を拭う。
「いつも助かる」
「いえいえ、とんでもございません」
以前ならば俺が感謝の言葉を述べようものなら、オロオロ取り乱していた使用人。
しかし毎回俺が言うものだから、流石に慣れてしまったようで今では当然のように対応していた。
リビアが広めてくれた指輪の呪い。
そして今回起きた事件。
その二つの不幸がノームの人生観を変えた、と使用人の間で広まっているようだった。
正直自分の知らないところでコソコソ言われるのはむず痒い。
しかし俺の評判が改善していっているのは事実。
良い兆候としてとらえるべきだろう。
まあただあくまでそれは一部の使用人の間のみであり、まだまだ俺の悪評は根強いだろうが。
「ソフィア、今日の予定は何かあるのか?」
俺はいつもと異なり、慌ただしい様子の屋敷を見て尋ねた。
ソフィアというのは、リビアの代わりに俺を世話してくれているこの使用人のこと。
リビアと異なり、長年屋敷に仕えているらしい。
「急遽、アークトゥルス卿がお越しになることが決まりましたので」
「……ん? どうして急に?」
思わず流そうとしたが、普通に考えるととんでもない話だ。
確かにレイモンドとは事件の際に関わることにはなった。
しかし本来一等級魔法師なんて貴族であっても一生に一度関わることかどうかの存在だ。
貴族はおろか、王族からの要請にも答えてくれるか怪しい。
それだけ彼らは独立性が強く、また個性的な面々なのだ。
「事件についての報告があるとのことです」
「あー、そういえば、事件の調査はアークトゥルス卿が主導していたんだったっけ」
わざわざこちらに訪ねてきたのだ。
何か進展があったのだろうか。
「ですのでノーム様もご準備をお願いいたします」
「……ん?」
自然な流れで準備を促すソフィア。
危ない危ない、あまりの自然さに思わず頷きそうになった。
「何で俺も準備する必要が?」
「アークトゥルス卿からの要望とのことですが」
「……理由は?」
「知らされておりません」
「……拒否は?」
「ご自分から御父上に申してください」
「……出ます」
頷いた。
頷くしかなかった。
俺が父に物申せるわけがない。
もし俺がロイの身体であったとしても、やろうとは思わない。
というわけで久々の予定が入ってしまった。
特に自分の予定はないのでそこについては何も問題はない。
しかしメンツが相変わらずえげつないのは、もう少し心の準備をさせて欲しいものだ。
せめてアイリスの訪問でも……いや、それも大事か。
何だか自分の感覚がおかしくなってきている気がする。
これが貴族の日常だというのなら、彼らの感覚が庶民と異ってしまうのは仕方がないことなのかもしれない。
「ノーム様、レイモンド卿がお見えになりました」
しばらくしてソフィアが呼びに来たので、指示に従い下に降りる。
何だかアイリスが来たときのことを思い出す。
あの時もこうやって緊張しながら階段を下ったものだ。
「……あ」
一階に降りた先でとある人物と目が合った。
「ミリア……」
妹ミリアだ。
相変わらずか細くて弱弱しい。
「では私はここで失礼致します」
事情を察したのかソフィアは離れていく。
逃げたのではなく、気遣いなのだろう。
「……もう大丈夫なのか?」
無視されても仕方がない。
そう思いながらの言葉。
こくり、とミリアは小さく頷いた。
「……っ! そ、そうか、なら良かった」
しっかりと反応が返ってくるとは思っていなかった。
震える心を必死に抑えながら、言葉を繋ぐ。
「じゃ、じゃあ俺はアークトゥルス卿に呼ばれてるから」
「……うん」
返事が返ってくる。
ああ、嬉しくて涙が出そうだ。
しかしそれを誰かに見られるわけにはいかない。
俺は早々にその場を立ち去った。
「……よし」
一度気持ちをリセットするために大きく息を吐く。
今は客間の扉の前。
事件で破壊された客間も今はこうして元通り。
流石は公爵家。
「お待たせしました」
客間へ入るともう既に父とレイモンドが座っていた。
慌ててお詫びの言葉を述べ、頭を下げる。
「おおノーム、身体は大丈夫そうだな!」
「お陰様です」
レイモンドは相変わらずのようで、元気良くを言葉を投げかけた。
事件のことがあったからか、彼の態度に何だか安心感を覚える。
「ではアークトゥルス卿、本題の方をお願いできるか?」
「ああ、そうだな」
父の言葉にレイモンドが頷く。
「尋問の結果だが、今回の件は反皇族派の犯行によるもので間違いない」
反皇族派、その名の通り現皇帝ダリス・ディーネルに反旗を翻している人たちだ。
主にディーネル王国後期に組み込まれた領主たちがまとめ上げていると噂され、帝政に移ってから活動を活発化させた。
そしてその集団が最も注目を集めた事件が、三年前のクーデター。
ノームが母ヘレナを失うこととなってしまった事件である。
つまり今回の暗殺未遂事件は、反皇族派が再びレスティ家に牙を向いたことに他ならない。
俺は父の顔をチラリと見た。
いつもと同じ無表情。
しかし、その口元には若干の力が入っているように見える。
そしてそれは俺も同じだった。
「実行犯は計十二人、内三人は元魔法師だ」
レイモンドが告げた内訳、特に元魔法に関しては概ね予想通りだった。
元魔法師というのは、魔法協会を脱退した魔法師という意味だ。
魔法師にとって魔法協会を脱退するメリットは基本的にない。
つまりその魔法師は何らかの要因で魔法協会から除名された魔法師と考えるのが自然だろう。
禁止魔法の使用、禁忌魔法の研究、非人道的実験など除名処分される要因は複数あり、少なからずそのような連中は存在していた。
「その元魔法師の一人テル・ローンが姫様の従者として仕えていて、情報を流していたみたいだな」
アイリスの傍にいた使用人で風属性魔法を使っていた奴か。
今でもその顔は覚えている。
「その男は何者なのだ?」
父が質問を飛ばす。
「どうやらあのクーデター前から潜んでいたそうだ、詳細は俺も知らねえが宮廷内にそれを手引きした者がいるんじゃないかって今は大騒ぎしているそうだ」
身内に敵が紛れ込んでいた。
そんなの大混乱が起きるに決まっている。
宮廷内のことはあまり詳しくないが、大変なことになっているのだろう。
アイリスは大丈夫だろうか。
「宮廷内にも……となると」
父が難しい顔をして呟く。
するとレイモンドが口角を上げて父を見た。
「ああ、反皇族派はもう既に懐に紛れ込んでいると考えた方がいいな」
「我らもその疑いの対象だと?」
父とレイモンドが視線を交わし、緊張感が走った。
反皇族派。
ディーネル帝国内ではかなり名の知れた組織だが、構成員、資金源など多くのことが謎に満ちたままだ。
クーデターしかり今回の事件のように、実行犯は逮捕されるのだが、結局は下っ端。
黒幕までの情報は一切捉えられないのだ。
「はっ、まさか。今回もレスティ家は被害者だ。それは間違いねえよ」
レイモンドのその一言で緊張が緩和する。
俺も大きく息を吐いた。
息が詰まる。
早く戻りたい。
「ってのが今回報告結果だ」
「此度の件、アークトゥルス卿にはお力添えいただき、心から感謝している」
「ああ、乗り掛かった舟だったからな」
二人はそうして握手を交わした。
「あの!」
そんな中、俺は声を挟んだ。
どうしても確認したいことがあったからだ。
二人の視線がこちらへ向く。
「どうした?」
レイモンドの問いに答えるように口を開く。
「事件の時ですが、付近に……魔物を見ませんでしたか?」
俺が知る事件との決定的な違い。
それが魔物の出現だった。
どうして今回は現れなかったのか。
疑問で仕方がなかったのだ。
「どうしてそんなことを思ったんだ?」
レイモンドの顔が真剣味を帯びる。
父もまあいつもと同じだが、同様の顔でこちらを見ていた。
公爵領に魔物が現れるなど前代未聞だ。
子どもが冗談でも口にする話ではない。
「相手の魔法師が話しているのを聞いたので……それで気になって」
当然、未来で事件の詳細を知ったからなんて言えるわけもなく、それなりの嘘でごまかす。
「ああそうか、お前はしばらく敵の視察をしていたんだったな」
レイモンドが納得したように頷く。
「後でレスティ公には話すつもりではいたんだが、まあ聞いていたのなら隠す必要はないな」
レイモンドは神妙な顔で続ける。
「確かに魔物は潜んでいた。まあ俺が倒したから問題はなかったが、まさか襲撃に魔物まで使ってくるとは流石に予想外だ」
なるほど。
俺が時間稼ぎを成功させた結果、魔物襲撃よりも先にレイモンドが到着したわけか。
少なくとも俺の行動は無駄じゃなかったらしい。
「って感じだ、気は晴れたか?」
「はい、魔物まで倒してくれてありがとうございます」
「気にすんな、当然のことだ」
本当にレイモンド様様である。
「ああ、そうだ、ノーム、あの使用人だが、つい先日無事に目を覚ましたぞ」
「本当ですか!」
「ああ、まだ安静にしないといけないがな」
「良かった……!」
思いがけぬ朗報に声を漏らす。
本当に助かって良かった。
「なあレスティ公、あの評判は俺の勘違いか?」
そんな俺の様子を見てレイモンドが父へと尋ねた。
あの評判が何を指しているのかなんて直ぐに察した。
しまった、と俺は体を固まらせる。
「いや、こうなったのも最近のことだ。確か呪いにあってからだったか……」
どうやら父も俺の変化は認識していたらしい。
だが何も言われていないということは、流石に中身が別人になっているとは思っていないのだろう。
父にしてみれば、問題ばかりだった息子が運良く呪いで更生してくれて良かった。くらいにしか思ってないのかもしれない。
流石にもう少し情があるのかもしれないが、どうだろう。
「ほう、呪いか……見せてもらうことはできるか?」
レイモンドの顔が魔法師の顔になるのがハッキリと分かった。
いくらそんな図体をしていてもやはり性根は魔法師ということか。
「あの指輪は四代勇者からレスティ家に代々伝わる家宝でな、申し訳ないがそう簡単に持ち出すことはできないのだ」
「ああ、それなら仕方がないな」
案外物分かりが良いレイモンド。
俺はホッとする。
って、俺はそんな大事なものを無断で持ち出したのか。
改めて考えると酷い。
「じゃあ、俺はこれで失礼するとするか」
「今後ともよろしくお願いする」
「ああ、任せろ」
そう言って出て行くレイモンド。
相変わらずその背中は頼もしい。
レイモンドが去り、屋敷に再び平穏が訪れる。
「よし!」
俺は一つ決心を抱いた。
結局のところ、俺の行動で未来が変わったことは確実だ。
であれば俺に未来を変えるだけの力があれば、更なる最悪を抑制することができると言うことに他ならない。
力が必要だ。
それもできるだけ早く。
俺は部屋を飛び出し、駆けて行った。
「あの……!」
俺が声をかけた人物。
それは先ほど部屋を出て行ったレイモンドだった。
「ん、どうした?」
彼は不思議そうに俺を見る。
「お願いがあって……」
できるだけ丁寧さを心掛けて言葉を紡ぐ。
「おう、何だ、言ってみろ」
気前の良い返事。
俺は一つ呼吸を置き、口を開いた。
「学園再開までの間だけでいいので、俺に魔法を教えて下さい!」
頭を下げ、俺は懇願した。
正直無謀な賭け。
一等級魔法師である彼らは、あまり弟子を取らないからだ。
「理由を聞いてもいいか?」
レイモンドは直ぐに否定はしなかった。
「今回の事件を受けて、自分に力が足りないことを痛感しました」
慎重に言葉を選んでいく。
「あの使用人のことで気を病んでいるのなら、それはお前の責任じゃないと思うが」
諭すようにレイモンドは告げた。
俺は首を振る。
「いえ、俺の責任です。もう二度とあんなことがないようにしたい……!」
心の底から思っていることを口にした。
長い沈黙。
俺も何も言わなかった。
「……今すぐに答えは出せないが、お前の気持ちは伝わった」
レイモンドは俺の頭にポンと手を乗せる。
「できる限り早めに答えを出そう」
そうして交渉は幕を閉じた。
言いたいことは言った。
半ば衝動のようなものだったが、俺の選択は間違ってはいないはずだ。
それから数日たっても、返答はないままだった。
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