終編?
スマホに一件の通知が届く。送り主を見て息が詰まった。
あれからもう3年。
大学2年生になった俺にとって、彼女との思い出は酷く古めかしいものに思えた。
あの日以降、彼女との接点は完全に切れ、今日まで喋る事すら無かった。
あの時は不登校気味だった彼女も、暫くして復帰した事を風の噂で聞いた。
だからと言って、俺が何かアクションを起こすわけでもなく、ただ時間だけが過ぎていった。
彼女の卒業式の日ですら、俺らの間では細波すら立つ事はなかった。
そこで、彼女とは完全に終わったんだと思い知らされた。
寂しかった。
ずっと恨みにも似た感情を彼女に向けていたが、その日を境にそれが揺らぎ始めた。
悪感情を向け続けるのは大きなエネルギーがいる。俺は執念深い男では無いと自分自身を評価しているだけに、そこから恨みにも似た感情が霧散するのも時間の問題だった。
そんな訳で、自分なりに大きな感情の変化があった相手だからこそ、虚をつかれたように驚いてしまった。
『久しぶり、成人おめでとう。良かったら今度お酒でも飲もうよ』
フランクに、俺達の間に何も無かったかのようにメッセージを送ってくる彼女に、なんだかなぁと思いつつも、彼女らしいなと思ったりもした。
時が解決してくれる、なんてよく言ったものだ。
彼女との再会を待ち望む自分がいるのだから。
==============
「よっ!久しぶりだね」
小ぶりに俺に手を振る明里は、俺が知る彼女よりも数段魅力的になっていた。
かっこいいと可愛いの両立はそのままに、どちらの要素もより強く、そして洗練されている。
「お、おう……久しぶり」
そんな彼女に対して、俺は吃りながらなんとか返事を返すしか無かった。
「外で話すのもあれだから、とりあえずお店行こっか」
「そうだな」
積もる話はそれからだ。
===============
予約していた完全個室らしい居酒屋の椅子に腰掛けた。店選びは明里がやってくれた。
俺自身20歳になったばかりなので、居酒屋に行くのは始めてだったが、イメージしていた居酒屋とは180度変わって洒落た雰囲気に少し気圧されてしまう。
「それじゃあ改めて。久しぶりだね」
「おう。久しぶり」
「それと、成人おめでとう。お酒はもうチャレンジしてみた?」
「いや、まだ飲んだことないな」
「そっか。じゃあ今日は僕が君のお酒をチョイスしてあげよう」
明里はそう言いながらにっと笑う。
その小悪魔みたいにあざとい笑い方も、俺が高校時代に彼女に惚れた一因だったな、なんてふと思う。
ノスタルジックな気持ちになったら最後、彼女との思い出話に花が咲くのは避けようもない出来事だった。
幼稚園生の頃に俺が明里のおままごとに付き合わされた話。
小学生の頃に、学年が違うのにも関わらず休み時間は校庭でいつも一緒に遊んでいた話。
中学生の時には、ベッドの下のエロ本が見つかって俺が拗ねた話。
お酒が入っているからだろうか、嘘みたいに話が弾んだ。
だからだろう。俺は今まで強く気にかけていた事を聞いてしまった。
俺たちが今、お互いに言及するのを避けているあの日に関わる事を。
「なあ明里……その、腕はもう切ってないよな?」
3年前。確かに彼女の腕に存在した痛々しい痕。俺がこっ酷くフッた反動で自傷行為が悪化することがあったのだろうか。
「ほら」
明里は右腕をまくって俺に向けた。
「痕ももう、無いみたいだな」
「うん。あの時はちょっと、自分でもおかしかった。当時は君のことが大好きだったからさ……」
言外に、もう君のことは好きじゃないと言われたようだった。いや、実際その意図があるのだろう。
なんか、複雑だ。
「そっか………なら、良かったよ」
得体の知れない感情を吹き飛ばす為に、お酒を一気に煽った。
================
目を覚まして体を起こす。少し頭が痛い。これが二日酔いというやつなのだろうか。
「……あ、起きたんだ。おはよ」
何事も無さげにうつ伏せで、それでいて裸でスマホをいじる明里。
「ちょっ!?な、なんで、というか服を着てくれ!」
咄嗟に顔を背ける。状況に頭が追いつかない。いきなり異世界に放り込まれた気分だ。
「なんだ、そんな事か。今更じゃないか」
「……今更?」
彼女の言う今更が、なにを意味するのか全くもって見当がつかなかった。
だからこそ聞いてみたのだが、帰ってきたのは衝撃的な言葉だった。
「だって、君と僕はもう一線を超えてしまっただろう?」
「……へ?」
一線を超えた……?俺と明里が……?
「昨日、君は僕をここに連れ込んで襲ったじゃないか」
「……は?……え?」
襲った……?……俺が?
「覚えていないのかい?」
「いや、覚えていないも何も、そんなこと……」
「じゃあこのベッドに付いた血はどう説明するんだ?」
「……血?」
彼女が指差す方向に目を向けると、確かにベッドにこびり付いた血のようなものがあった。
「僕の血だ。君に初めてを奪われた時のね」
俺はその言葉を聞いた瞬間、土下座をしていた。
「謝ってもどうにかなるとは思わない。それでも、これだけは言わせてくれ。……本当に、申し訳ない」
俺は彼女を襲って、無理矢理体の関係を持った。彼女が処女だったのにも関わらず。
ネットニュースになって顔が全国に晒されるかもしれない。数年じゃ刑務所から出て来れないかもしれない。
そのうえで、出頭しよう。
「僕、とっても怖かったよ」
「ごめん……ほんとに、ごめん」
「子供も出来たかもしれないね」
息が詰まった。俺は彼女で最後まで終わらせてしまったようだ。
そこまでの暴挙に出ておいて、俺は一切覚えていない。
お酒の恐ろしさを身をもって知ると共に、自らの酒癖の悪さに打ちひしがれそうだった。
「……許してもらおうなんて思っていない。出頭もする。……でも、君への贖罪となるならば俺はなんでもする」
「……へぇ」
雰囲気が、変わった。
「本当に?」
「あ、あぁ……それで、明里の心に少しでも光が灯るなら」
「じゃあ───」
明里は言い切る前に、顔をグイッと俺に近づけてきた。耳元に吐息がかかる。
「僕の旦那様になって♡」
「……え」
だんな……?俺が、明里の……?
理解が追いつかない。明里は俺のことがもう好きではないはずなのに。
「けど、居酒屋で『君の事が好きだった』って……それも過去形で言ったじゃないか……」
あれは暗に俺の事がもう好きではないと伝えたかったんだろ?
「うん、好きじゃないよ」
「ならどうして──」
「愛してるんだ」
そのまま彼女はただでさえ目の前にあった顔を近づける。唇に柔らかい感触を感じた。
「ねえ、愛があったなら俺が襲ったとしても悪くない、なんて考えてないよね?愛の上でも無理矢理は怖かった……だから、責任取って」
「……」
「それとも、君は孕ませようとした女に対して責任を取れない男なの?一夜の過ちで済ませるつもりなの?」
俺がした大罪。
彼女が俺を愛していたという事実。
結婚を迫られているという状況。
全てが突然で、処理しきれない重すぎる要素。
けれど。
俺が人として……いや、男として今なにをするべきかはよく分かる。
「……分かった。……責任は取る」
「うん!よくできました♡」
俺がそう言うと、明里は花開くように笑顔を浮かべた。
「愛してるよ♡」
そう呟いた彼女の目は、笑顔とは裏腹に深い闇のようだった。
==================
「ふふっ」
にやけが止まらない。全てがうまく行った。
3年間、ずっと辛かった。有李に会いたくて、抱きしめたくて、愛してるって伝えたくて。
でも出来なくて。
その苦しみが、全て報われた。
「それにしても、有李の焦りよう、可愛かったなぁ」
お酒を入れて彼の気を緩めた所で、ホテルに連れ込んで彼を誘惑する。そして、彼の子供を妊娠……それが叶わなくとも子供を作るという行為はやり遂げる。本来はそれだけでも責任感のある彼ならば問題なかったはずだ。
しかし、有李は記憶まで失ってくれた。
そのお陰で、僕自身を被害者に仕立て上げた上で彼の罪悪感を煽る事によって、成功率を限りなく高める事が出来た。
お酒自体は多く飲ませてはいない。有李自身お酒を飲むのが初めてという事もあって、急性アルコール中毒が怖かったからだ。
もし彼が上手く酔えなくても、次回の約束を取り付けて再チャレンジするつもりだった。
でも、一回で上手くいった。
ふと左腕を見る。びっしりと残る痕。
ホテルで裸だった時、彼に近づいた時、どちらも死角やら彼自身が憔悴し切っていたやらで気付かれる事は無かったが、見られていたら引かれたんだろうな、なんて考える。
でも、これは僕が君への想いを刻み続けた証。
「僕、随分重い女になっちゃったな」
クールで思わせぶりな態度を取っていたあの頃からは自分でも想像が付かないぐらいの内面の変化に自分でも戸惑った事もあったけれど。
きっとこれが僕のあるべき姿なんだと確信している。
「……いてて」
不意に痛みを覚えた下腹部をさする。
まだ、ほんの少しだけど痛みが残っている。
彼が私の中にいたんだって、嫌でも思い知らされる。
私は、彼の雌になったのだ。
「……僕、顔が赤いや」
恥ずかしくて、鏡を直視できなかった。
====================
細かい設定
・この時点で有李に彼女はいないが、いたとしても明里は既成事実を作ってゴリ押しするつもりだった。
・有李がトイレに行っている間、明里はお酒に媚薬をこっそり入れた。
===================
あとがき
もっと明里をボコボコにしたかったんですが、本来短編で終わらせるつもりだったので少し駆け足になってしまいました。正直、もっとボコしたかったです。あまり期待に添えなかったことは自覚しておりますが、もしも好評だったら番外編を出す事も考えてます。
最後に、中弛みしてしまった中で最後まで追ってくださった皆様、ありがとうございました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます