第48話 逃亡

 俺は今、石垣をフリークライミングさせられている。


「いいぞ八神! その調子だにんにん!」

「今の時代に、これ役に立つんですか……?」


「城に潜入する時、役立つにん!」

「いや、だから……」


 俺は服部忍者教室に入会させられた。これが選択肢を無視した災厄である。

 まあ、隕石が落ちたり、リストラされることに比べれば、だいぶマシだ。


 ちなみに昨日は、水遁の術やアメンボの術、一昨日は忍び足の練習をさせられた。

 他には体術なども習っている。今までパンチオンリーだった俺だが、最近は締め技や間接技をかじり始めた。



「八神。お前、忍者向いてるにん。本気で目指さないにん?」

「いや、遠慮しておきます」


 良かった。選択肢が出てこなくて。

 つうか、本当に忍者っているんだな。


「年収結構いいにんけどなー。国家公務員だから、保証がしっかりされているにんけどなー」


 服部先輩は、チラッチラッと俺を見てくる。


「いや、命の保証がしっかりされてないじゃないですか」


 俺が目指すのは、地味な事務仕事をする公務員である。

 命懸けの公務員は即却下だ。


「あ、服部先輩。明日からしばらく休ませてもらいます。もうすぐブロック大会が始まるんで」

「えー、せっかく手裏剣の扱い方教えようと思ってたのにんにん」


 手裏剣か……ちょっとやってみたかったな。





 ブロック大会の日がやって来た。本日は1,500m走に出場だ。

 俺は応援団から声援を受けながら、スタートラインにつく。


「オン・ユア・マークス」


 号砲が鳴り、選手が一斉にスタートする。

 ブロック大会ともなると、どの選手も強敵ばかりだ。

 だが、まったく負ける気がしない。


 俺は1位を独走し予選を通過、決勝でも2位に大差をつけて勝利する。

 翌日の5,000m走も1位で突破し、俺はインターハイ出場の切符を手に入れた。





 翌日俺は、紫乃と共にひまりの病室へ行き、紫乃が録画した俺の勝利映像を見せる。……と言っても、ひまりは目を開けていないのだが。


「ほら見てください、ひまりちゃん! 先輩が今1位でゴールインです!」


 紫乃ははしゃぎながら、ひまりにスマホを見せる。

 最近になって、ようやく紫乃は笑顔を見せるようになった。


「ひまり……お前が作るスペシャルドリンクを飲まないと、いまいち調子が出ないんだ。早く目を覚ましてくれよ」


 俺は微笑みながら、彼女に話しかける。もちろん反応は無い。


「――じゃあ行こうか紫乃」

「はい。じゃあね、ひまりちゃん。また来ますね」


 俺達は屋外へと出た。



「あの……先輩……ちょっとお話したいことが……」

「ああ、分かった」


 神妙な面持ちだ。ひまりのことに違いない。

 俺達は人気のないベンチに座る。


「……先輩、ひまりちゃんのこと好きですか?」

「ああ」


 紫乃は微笑んだ。


「私や桜子ちゃんよりも?」

「ああ」


 紫乃はニコリと笑う。


「良かった。これで2人を全力で応援できます。じゃあ、横浜での約束は忘れてくださいね」


 北海道ツーリング……つまり、紫乃を父親の手の届かないところへ連れて行くという約束だ。それを忘れろと言うことは……。


「紫乃……父親と何を話した?」

「……急遽、嫁ぎに行くことになりました」


 なんだと!? 結婚するのは大学を卒業してからのはずだぞ!?

 しかも紫乃は、今月まだ16歳になったばかりだ。いくらなんでも早すぎるだろう!


「ひまりのことと関係が?」

「はい。桜子ちゃんは再び破談。ひまりちゃんの結婚は絶望的。となれば、父が焦るのは当然です」


 なるほど。残り一人の娘を、何か不都合なことが起きてしまう前に、さっさと嫁がせてしまおうという魂胆か。


「いつ、結婚を……?」

「婚姻を結ぶのは半年後。でも、来月から向こうの家に入ります」


 早すぎる! 今の時代に、こんなことがあるものなのか!?


「ちなみに明日、両家の顔合わせがあります。ウチにお迎えが来る予定です」

「紫乃……お前はそれに納得しているのか?」


 紫乃はうつむき押し黙っていたが、静かに口を開いた。


「裕福な家庭に生まれただけでも、十分幸せなことです。それ以上を望むことは傲慢です」


 確かに。紛争地域で生まれる子供に比べれば、結婚相手を決められた金持の少女など、比較するのもアホらしいくらい幸福だ。しかし、そういう問題なのだろうか?


「でも、ひまりちゃんのメモに『紫乃に自由な人生を歩かせる!』と書かれているのを見てから、なんだか迷ってしまっています。ダメですね私……」



 俺は紫乃の手を引っ張る。


「せ、先輩……?」

「逃げるぞ紫乃!」


「は、はい!」


 ひまりの望みを叶えてやらなければ!

 それに俺自身、紫乃には自分の意思で生きて欲しいと思っている。

 まあ、呪いに人生を振り回されている俺が、言える立場ではないかもしれんが。



 俺達はATMからかなりの金額を下ろすと、400ccのバイクに跨った。

 そう、俺はすでに免許を取得し、バイクも持っている。

 できる限り早目の方がいいだろうと、色々と頑張ったのだ。



「じゃあ行くぞ! いざ北海道に!」

「はい!」


 俺達は苫小牧とまこまい行のフェリーに乗るため、大洗に向かった。





 海に沈む夕日を、船の上から眺める。


「どれくらい逃げられるでしょうか?」

「1週間は粘りたいところだな」


 紫乃はくすっと笑う。


「港に到着した途端、ジ・エンドかもしれませんよ?」

「それはないんだろう?」


 父親が通報していれば、苫小牧港で警察が待ち構えているだろう。

 だが、大事おおごとになるのを嫌がる性格なので、私兵を使うはずだと紫乃は読んでいる。


 警察ほど優秀ではないだろうが、それでも高校生のガキ2人を追い詰めるくらい訳ないだろう。すぐに捕まるのは間違いない。

 俺達にできることは、とことん抵抗して、父親及び相手方を呆れさせることである。そうすれば破談となる可能性は高い。



「先輩みたいなキモい人と一緒にいたというだけで、相当父も呆れるはずです」

「ふふっ、ならいいがな。――じゃあ、暗くなってきたし、船室に戻ろうか」


 普段と変わらない、紫乃の毒舌が聞けて安心した。

 俺は船内に入ろうと、身をひるがえす。

 ――が、その瞬間、背中の裾を引っ張られた。


「どうした……?」

「嘘です……ちょーカッコいいです……」


「お、おう……」


 夕日に照らされた紫乃の横顔は、本当に美しい。

 俺も思わず見とれてしまう。



 部屋に戻った俺達は旅行雑誌を開き、どこに行こうか、何を食べようかといった話題で盛り上がる。とても逃亡中の身とは思えないテンションだ。


「まずは札幌でラーメンですかね!」

「そうだな! (俺はジンギスカンが食いてえなあ)」


 そうこうしている内に、夜になる。

 俺達はおやすみの挨拶を済ませると、ベッドに入った。



 それから30分後、突然紫乃が口を開いた。


「あの……先輩……」

「なんだ?」


「前にも一度聞きましたけど……どうして、私のためにここまでしてくれるんですか……? こんなことしたら、先輩の人生めちゃくちゃになっちゃいます……」


 非常に返答に困る質問だ。

 呪いのせい、ひまりの望み、俺の意思、色んな要素が混ざってしまっているから、一言では言い表せない。


「うーむ……」



[1、「し、紫乃ちゃんのためなら、これくらい朝飯前なんだな」おにぎり大好き画家っぽく]

[2、「パコるためなら、これくらい朝飯前よ!」腰をカクカクと前後に振る]



 くっそ……! 迷ったせいで、クソみたいな選択肢が出てきちまった!

 こんなことなら、さっさと適当に答えておけば良かったぜ。

 しかし本当に2は、「パコる」って言葉好きだなあ。一回も使ったことないんだが俺。


「し、紫乃ちゃんのためなら、これくらい朝飯前なんだな」


 俺は、おにぎりが食べたそうな感じでセリフを言う。

 真面目な話の時に、ふざけさせられるの本当勘弁してほしい。


「あはははは! ちょっと、やだやだ! 物真似するなら、ちゃんと白のランニングに着替えてくださいよ!」



[1、「何がおかしいか! よし、さっさと股を開け!」]

[2、「そのとおりだ! 覚悟はできているな?」紫乃を抱く]

[3、「紫乃、そっち行っていいか?」]



 ええー……どれもマズいやつじゃん……。

 でも海の上での災厄は恐ろしすぎる。船の沈没以外考えられない。

 そうなりゃ数百人の人が死ぬおそれがある。無視することはできない。


「紫乃、そっち行っていいか?」

「え……あ……分かりました」


 おいおいマジかよ!?

 そこは「ちょっと、やだやだ! 先輩マジキモいです! 通報しますよ」だろ!


 頼むぞ……! 選択肢出ないでくれよ……!


 ――どうやら俺の願いは聞き入れられたようだ。


「す、すまん! 今のは冗談だ!」

「そうですか……」


 セーフ。

 紫乃は再びベッドに横になる。



「一人だと怖いから、来てほしかったです……」


 俺の耳にはそう聞こえたような気がしたが、かすかにつぶやくような声だったので、はっきりとは分からない。


 何にせよ、紳士的な振る舞いに徹するつもりだ。

 俺は静かに目を瞑った。


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【お詫び】

免許取得1年以内に、バイクの二人乗りは違法なのですが、完全にそのことを失念して書いてしまいました。

そこのところはさらっと流していただけると、ありがたいです。

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