雪の花

@tomomoku

雪の花

 雪って、花びらなんだよ。すごく大きな木の花が散って、降ってきているだよ。とっても高いところにあるから、冷たくて、暖かいと溶けていってしまうの。

雪の木には、虹を使っていくの。虹の根元から、橋みたいにして、空へ登っていくんだよ。そうしたら、空の雪の木のところまで行けるの。

でも、雪の木のところまで行っても、木の枝を折っちゃダメだよ。雪って触っていると、手が冷たくなっちゃうでしょ。だから、触っちゃダメなんだよ。雪の木はきれいだから、お家にも植えたくなっちゃうけど。雪の木の枝がお家にあると、お家も冷たくなっちゃうから。雪の木には触っちゃだめだよ。



 ふと、昔の夢を見た。あの子の夢だった。


 あの子は、よく、私に不思議な話をしてくれた。家族や周りの人はあの子のことを頭がおかしいと言っていたけれど、私はあの子の話が好きだった。彼女の話は頓珍漢でチンプンカンプンだったけれど、不思議と楽しい気持ちになれたから。私は、彼女の話を聞くのが好きだった。


 テーブルの上の、冷めたコーヒーを飲み干す。冷たい液体が身体の中に入り込むと、身体の中から冷たくなっていくようで、心地よかった。

 大きなテーブルに、所狭しと並べられている皿を避けて、空いているところに手をついて立ち上がった。

 家の中は、津々と静まり返っている。何となく、外に出たくなったので、眩しい家の中を歩く。ふらふらして、足元が覚束ない。飲み過ぎてしまっただろうか。っつ。今、何か踏んでしまった。


 縁側で足を止めて、庭を眺めた。今夜は何時にもなく、静かだ。雪が積もった夜のように、静かだった。だから、あの子のことを、夢に見たのだろう。


 縁側から庭へ出た。煌々と照らされている家の明かりで、庭は薄暗い。


 こんな薄暗い中で、あの子と一緒に隠れたのは、何時の事だっただろうか。狭い場所に隠れたから、肩が触れ合う程近くにあの子がいた。それが、暑い暑い時だった事だけは、憶えている。


 ゴーンと終わりを告げる鐘の音が響いた。思わず空を見上げてしまう。空から雪が降ってきた。掌で雪を受け止める。掌に落ちた雪は、あっという間に、雪から水に変わっていった。


 あの子は雪のような子だった。ひらひらと、ふわふわとしていた。白くてキラキラして、とてもキレイな子だった。ああ、あの子に触れなければ良かった。触れなければ、溶けてしまわなかったのに。私が触れてしまえば、溶けてしまうと解っていたのに。許されないと解って・・・。なのに、何故、どうして、私は彼女に触れてしまったのだろうか。


 庭を歩いていると誰かが、門の前に立っていた。


 あの子だ。

 あの子が立っていた。

 あの子が立っている。

 あの子が門の前に立って、私を見ている。



 気づいた時には、私は門の前に立っているあの子の前に立っていた。


 どうして、あの子がこんなところにいるのだろうか。

 不思議な事に、あの子の姿がハッキリとしない。どうやら、あの子は私を見上げているようだ。

 いつも、会う度に、色々な話をしてくれた。なのに、どうして今は、なにも言ってくれないのだろうか。

 言いつけを守らなかった私を怒っているのだろうか。

 怖い。怖くてあの子が、目の前にいるのに。私の前にいるのに、かおを見ることができない。

 ああ、でも、あの子に手を伸ばせる。私は彼女に触れることができる。彼女に向かって私は手を伸ばした。彼女も、私に向かって手を伸ばしてくれる。伸ばされた指が触れ合い、そのまま、指を絡め合って手を繋ぐ。


 雪のように白く冷たい手だった。それでも構わなかった。どうでも良かった。彼女に会えたのだから。


 彼女と手を繋ぐと、身体が熱くなる。かくれんぼで、彼女と同じ場所に隠れた時のことを思い出す。狭い場所に隠れたから、肩と肩が触れ合って、そのせいでとても熱かった。


ああ、私はこの手を、もう二度と離しはしない。

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