改変原因

 嵐のような暴風が止んだ。

 暴風が止む直前にリファーナムの咆哮が聴こえたと共にどこかに飛び去ったような影を一瞬だけ見た。




「大丈夫……シレディア」


「うん。だいじょ……ぶ……」




 そのように言いかけたが、その言葉を遮るように光景が目に入る。




「そう……良かった」




 アリシアはシレディアの無事を確認すると安堵していた。

 でも、シレディアは全然良くなかった。

 それはそうなのだ。

 何故なら、自分に覆い被さっているアリシアの脇腹に鉄骨が刺さっているのだ。

 それがシレディアの腹部に触れる寸前で止まっており、血が流れていたのだ。

 アリシアに指示をされて、目を瞑り、口を塞いだ。

 それからシレディアは言われた通りに動かなかった。

 暴風がかなり強かったので、10分くらいはその場にいたと思う。

 つまり、アリシアは10分もしくは5分以上は鉄骨が刺さったまま痛がる素振りすら見せずに身を挺してシレディアを守っていたのだ。




「お姉様……それ……」




 あまりの事に何を言って良いか困惑した。

 シレディアの仕草で理解したのか、アリシアが答える。




「大丈夫だよ。なんて事はない」




 そう言ってアリシアはシレディアから離れて鉄筋を背後から握り、一気に引き抜いた。

 それにより、血の流れが活発になり、血がダラダラと流れる。

 これだけの血が流れた事がないのでシレディアは困惑して何もできない。

 だが、アリシア出血で失神しても可笑しくないにも関わらず、手に持った鉄筋の先端を”神火炎術”で加熱して、熱した鉄をそのまま傷口に練り込んだ。




「ぐうぅぅぅ!」




 血を焼く事で止血する方法が存在するが、それは自分で火傷を作るようなものであり中々に耐え難い苦痛を受ける。

 アリシアでも苦しい事に変わりない。


 熱しられた血の香が辺りに立ち込める。

 これにより止血が完了し、アリシアは再度、鉄筋を引き抜き、捨てた。




「回復術を使うほどでもないからね。まぁ、大丈夫かな」




 アリシアは何てこともないような平然とした素振りを見せる。

 シレディアにとっては衝撃的だった。

 脇腹には傷痕が残り、焼けた痕もある。

 痛くないはずがないのだ。

 なのに、アリシアは平然としていて……鉄骨が刺さった事に関して何の感慨も抱いていない。

 そこにはシレディアの憎むような感情すら一切覗かせない。




「痛く……ないの?」




 思わず、聴いてしまった。




「そりゃ、痛いよ。でも、そんな事は良いの。戦えば、誰でも傷つくし……」


「……怒ってないの?」


「なんで?」


「わたしの所為で傷ついた……」




 シレディアは俯いた。

 少しくらい罪悪感があった。

 アレほどの突風が起きると分かっていれば、咄嗟に自分の身を守っていた。

 だが、シレディアは気づかなかった。

 それは自分が未熟な所為でアリシアを傷付けてしまったのと同じであると彼女は考えた。

 でも、アリシアはただ、優しく微笑んでシレディアを撫でた。




「大切な人を守る為に傷付く必要があるなら、わたしはいくら傷ついても良いの。だって……この傷はあなたを守った勲章でしょう。なら、寧ろ誇る事であって、あなたを責める事じゃないよ」




 シレディアには分からない感覚だった。

 シレディアは勲章など貰った事すらないので勲章を貰う気持ちも理解できなかったが、何より、自分の体が傷付いても……それを名誉のように誇らしく語るアリシアの考えが理解できなかった。

 普通、これだけの傷を負ったら、「痛い」とか「苦しい」と言うような感情や悲痛の叫び等を聴く事がある。

 シレディアもそう言った戦場を既に経験している。

 しかし、彼女のように答えた人間はいない。

 本当に分からなかった。自分では分からない事だらけだった。でも、1つだけ分かる事があった。




(アリシアお姉様は……強い)




 シンプルにそれだけは理解できた。

 彼女には自分にはない強さがある。

 自分には無い輝きがあり、自分が持たないような可能性を秘めており、自分が見た事もない高みに立っていると分かる。

 シレディアはアリシアと出会った僅かな間に色んな分からない感情に苛まれた。

 しかし、この感情だけは理解できた。

 そう、シレディアはアリシアに”憧憬”の念を抱いていた。




「とにかく、あなたはその事を気にしなくて良いから、あなたは自分にできる事をしっかりやる事。それが最短で強くなる道でもあるからね」


「強くなる道……」




 その言葉がシレディアの心に響いた。

 シレディアはこの時、生涯で初めて”渇望”と言う感情を得た。




「その道を進めば……お姉様のように強くなれる?」


「成れるよ。全てはあなたの心掛け次第だよ。世の中は「やれば、できる」。そんな風になってるから……」


「やれば、できる……」


「うん。やれば、できる」




 それはアリシアは口癖のようにいつも言っている言葉だった。

 アリシアはシレディアに聴かれた事を答えただけで深い意味もなくその言葉を言ったかも知れない。

 しかし、その魂の在り方は今の瞬間にシレディアに確実に受け継がれた。

 丁度、その時、腹の虫が鳴った。




「あはは、ゴメン。わたしだ。最近、何も食べてなかったからお腹空いちゃった」


「そう言えば、わたしも空いた」


「じゃあ、早く。基地に向かおうか。野宿する意味は無いしね」


「基地ならご飯がたくさんある」


「うん……でも、調理はわたし達でするしかないかな」


「えぇ?なんで?厨房長に任せれば良い」


「だって……この世界にはもう、から……」





 それを聴いたシレディアは本日に何度目かに驚いた。




 ◇◇◇





 ガルディアン第2支部



 辺りには静けさしかなかった。

 リファーナムが暴れた後、だと言うのに基地の消火に当たる人間は1人もいない。

 それはそうだ。

 何故なら、アリシアとシレディアを残して、全ての人間が消えたのだ。


 アリシアはシレディアに何が起きたのか、把握している限りの事を話した。

 ”過去のリファーナム”は恐らく、この世界に住む全ての人類をこの時間軸で全て葬り去る為にガルディアン第2支部を利用したと考えられた。

 何に利用したかと言えば”量子ウイルス”と言う伝染病を造る為だったと考えられる。

 ”量子ウイルス”とは、普通の生物学的な病原性ウイルスではなく、量子力学的な魂に対して病原性を現わすウイルスの事だ。

 様々な”量子ウイルス”が既に確認されているが、今回使われたウイルスは”沸騰病”と言う病気を発病する病気であり、簡単に言えば、周囲のエネルギー(WN等)を魂が過剰摂取する事により体内にエネルギーが蓄積し、血や水分、タンパク質が”沸騰”する事で人間を死に至らしめる即効性の”量子ウイルス”だ。


 リファーナムの咆哮をトリガーにウイルスが拡散、感染、そして、起動を行い、光を超える量子伝達で伝わるウイルスである為、咆哮と共に世界中の人間が感染し、起動し、”沸騰”して爆散した。

 沸騰による爆発は世界各地で同時に発生し高いエネルギーがあった為、アリシア達を襲う程の爆風に変わった。


 アリシアはある瞬間、自分とシレディアを量子ウイルスから守る為にバリアを展開、シレディアには念の為に目を閉じて貰った。

 量子ウイルスと言う特性上、”認識”する事で強い具現作用が発生し感染力が強くなるからだ。

 目は”認識”を司っているので万が一を考えてそうさせたのだ。

 口を閉じさせたのも爆風の破片が入らないようにする事もあったが、口……特に舌にも舌触り等を介してある程度の”認識”を司る能力があるのでその対策でもあった。


 この”沸騰病”の厄介なところは即効的な感染力と伝播性にあり、ワクチンがあってもワクチンを打つ暇すら与えず、相手を”沸騰”させる事にあるので実質、難病指定のウイルスだ。

 ただし、このウイルス生成後に”量子ウイルス”自体がその存在を30秒ほどしか保てないので感染のピークも早いが、感染終息も早いのだ。


 リファーナムの突然の基地への来襲に基地の軍属は多くが外に出ていた事もあり、基地への被害は幸い軽微だったが、至る所に爆発痕が残っている。

 本来なら爆散した死体の痕跡も残るだろうが、”沸騰病”の特性上、人が痛みを感知するよりも早く、全身が気化するので血の痕も影のような煤の痕も残らない。

 あるのは爆発の痕のみだ。

 ”過去のリファーナム”は恐らく、この世界の正史を狂わせる為に第2支部を強襲した。


 ただし、人間を殺す為ではなく人間を襲った事で発生する負の感情から発露するSWNを吸収しウイルスの材料を確保する為だ。

 シレディアの話とこの世界の正史を知るアリシアの分析が正しいなら、この世界の人間はアリシアから見てもあまり上等な人間とは言えない。

 寧ろ、悪魔寄りの人間が多いと言える。

 人工適合者や強化人間に対する扱いから見れば、かなり差別的な思考に奔っており、”物”と言う認識があまりに強い。

 それ故に多くの人間が高慢であり、悔い改めから遠い位置にいた。

 それに目をつけた”過去のリファーナム”はわざと基地を襲う事で人間からSWNを大量に搾取したと考えられる。

 ”量子ウイルス”の特性を考えれば、”量子ウイルス”はSWNを原料にしないと造れない。

 そう言った意味ではこの世界は”量子ウイルス”を造る上で恰好の試験管だった事だろう。





「まぁ……こんなところかな?分かったかな?」


「難しい」




 シレディアに与えられた自室のベッドの上で隣り合わせに座り、基地にあった非常食で腹を満たしながら、雑談を交えてアリシアの知る全てを話した。

 しかし、シレディアには難しすぎた。

 いきなり、量子力学云々の話をされても、シレディアは理解し切れなかった。




「まぁ……今の説明で分かったら逆に凄いけどね。他に分からない事はある?」


「分からないと言うよりは……お姉様はこの世界について知ってる……と言う事は未来も知ってるの?」


「うん。知ってる」


「この世界は本来、どうなるの?」




 シレディアとしてもやはり、他人事ではなかった。

 人間に思い入れはないが、自分の住む世界の事になれば、少しは意味合いが異なる。

 この世界の生命としてこの世界が破滅に向かうのか、生存に向かうのかくらいの行く末は気になった。





「……教えても良いけど、あまり教えたくない」


「なんで?」


「シレディアの為にならないからだよ」


「わたしの為?」


「未来を知った人間は逆に未来が分かるからこそ、堕落する。だからこそ、「いつか、いつか」と問題を先送りにして「今」と言う瞬間を大切にしなくなる」


「わたしはそんな事をしない」




 それを言ったシレディアの口にアリシアはそっと指を当てる。




「そう言うのがダメ。「自分だけは特別だから、大丈夫だ」と言う思い上がりをする時点で高慢です。いいシレディア。人間はね。先の事が分からない生き物です。だからこそ「今」と言う瞬間が大事なの。それを疎かにする者は仮に世界を支配して、人から羨まれるような能力を持ったとしても”敗者”であり”負け犬”なんです。つまりは”永劫の弱者”になるしかない。わたしはあなたにはそんな風になって欲しくない。だから、わたしはシレディアには「今」と言う瞬間に自分ができる事をやって欲しい。あなたはわたしの事が好き?」


「うん。好き……大好き」


「なら、大好きなわたしの頼みとしてここは聴き分けてくれない?今は分からなくても良い。でも、いつかその意味がわかる時が必ず来る。その時になったらわたしもあなたの質問に答えてあげると約束するわ」


「うん。分かった」


「よろしい。良い子ね」




 アリシアはシレディアの頭を優しく撫でた。

 シレディアは為されるがままに頭を撫でられるがその頬をどこか赤ばめていた。




「今日はもう遅いから寝よっか。明日からやる事が一杯あるしね。休める時に休む。これも仕事の内だから一生懸命に寝る事だよ」


「うん。一生懸命寝る」


「お休み。シレディア」


「お休み。お姉様」




 ベッドが1つしかなかったので2人は1つのベッドの上で抱き締め合いながら眠った。



 







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