第49話 聖女のお披露目⑥

「……リーンがそう言うのならわかった。先生、よろしいでしょうか?」

「ご厚意を無碍にするわけにも参りますまい。なに、この身に何が起ころうとも気にする事はございませんよ」


 戸惑いを朗らかな笑みに変えて言うクレバンス子爵は立派な役者だ。そういう言い方をすれば周りはなんだなんだと意識を向けてくる。


 周囲の視線が集まった事を確認した王弟殿下は腕に乗せていた私の手を取り、そこだけは真剣な目で軽く頷いた。


「少し、右手を出してじっとしていていただけますか?」

「わかりました」


 右手を出して動きを止めたクレバンス子爵に私は礼を言って片手を翳した。

 一つ息を吐いて半眼になり集中する。周囲は全て雑音、意識を内へと集め外部を遮断。イメージを固めて――願う。


「っ!」


 瞬く間にそこに生まれた親指に、今度こそざわめきが音を伴って広がった。

 「そんな」「まさか」「あの力は」と上擦った声を出す者達や、数秒遅れて「だからか?」と辺境伯様へと視線を向ける者達もいる。


 話に聞いていただろう筈のクレバンス子爵も、一瞬本気で動揺したようだった。


「どうでしょうか。動きに違和感はございませんか?」

「え、えぇ。動きます。違和感は……久しぶり過ぎてわかりかねますが、しっかりと動きます」


 動揺を飲み込んで答えるクレバンス子爵の手は微かに震えていた。隣の夫人も目を大きくしたままじわじわとその目を潤ませている。


「リーン……君は、聖女なのかい?」


 呆然とした様子で尋ねる王弟殿下(台本通り)に私は少しだけ微笑みを苦笑に変えて首を横に振った。


「聖女などと恐れ多い事でございます。私はこれで精一杯ですから……」


 と、言いながら膝から崩れる振りをする。ここから先は長居しても質問攻めにあうだけなので撤退の予定なのだ。


「リーン!」


 すぐに王弟殿下に支えられ、その場を辞する挨拶を早口で言う姿を見ながらとりあえずの役はこなせたかとほっとした。


 その瞬間だった。


 キラリと光るものが見えて視線を向けた瞬間、悪鬼ともいえる貌で短剣を振りかざしているハーバード伯爵令嬢の姿が目に入った。


「ぁぁぁああああ!!」


 距離にして十歩程度。何か思考するよりも早く条件反射で氷の檻で御令嬢を拘束、危険物である短剣を右手ごと氷に閉ざした。


「捕らえよ!」


 視界が紺色で覆われ、王弟殿下の通る声が聞こえた。


 私は庇われた王弟殿下の背から身を乗り出してティルナの姿を探し右耳に髪を掛ける。ティルナは私の動きに気づいて横のレティーナの耳に口を寄せ同じ合図を返してくれた。


〝ハーバード伯爵令嬢のドロシー、今年で十九。団長をずっと狙ってたけど何か変。挨拶している時は殿下が選んだ人ならばってギリギリしながらも思ってたみたいだけど、今いきなり豹変したって〟


 右手を氷に閉ざされ、身体を氷の檻に閉じ込められても尚動こうとする御令嬢は常軌を逸している。目を血走らせ、唾を飛ばす勢いで私を化け物だとか罵っている姿はその容姿が美しいだけに異様だ。いくらなんでもここまでなるだろうか。痴情の縺れで刃傷沙汰になった場面に遭遇した事はあるが、もっとこう罵倒するにしても泥棒猫だとかあばずれがとか、恥知らずとか、そういう類が出る気がする。御令嬢は化け物とばかり連呼しているのでどうにも印象が……


 薬?


 ティルナを見て口元を動かせば、すぐさまレティーナからの情報が送られてきた。


〝わからない。そこまでは読めないみたい。

 でも今は化け物を殺さなければならないとか殿下を救うのだとか、何か変な声が聞こえてきてるみたいだからあり得るかも〟


 という事は、誰かに利用された可能性があるという事か。それがあちら側なのか、それともこちら側のパフォーマンスとしてかは不明だが。


「リーン」


 私が身を乗り出した事に気づいて咎めるような視線を落とす王弟殿下。


「薬か何かの加護が使われている可能性がありますので氷を解くと同時に捕縛をお願いします」

「あれはリーンか」


 頷けば王弟殿下は騎士の名を呼び、駆け寄ってきた騎士に指示を出すと私に氷を解くように言った。


 氷を解いてからはあっという間に御令嬢は拘束され速やかに丸太のように運ばれていった。おそらく御令嬢の父親だろう真っ白な顔をした伯爵も一緒に連れていかれたのでこれから尋問が始まるのだと思うが……


 私も王弟殿下に支えられる演技をしたまま下がり、控えの間に入り二人きりになったところですぐさま演技を投げ捨てた。


「シャル様、先ほどの御令嬢に面会可能ですか?」

「駄目だ」


 にべもなく言い放たれた。

 いつになく厳しい顔に、それはそうかとちょっと冷静になる。王弟殿下からしたら私は騎士でも何でもないし、聖女という駒だからな。


「わかっているのか? 狙われたのは君だぞ!」


 咎めるように言う王弟殿下に軽く頷く。

 大丈夫ですよ、立場と状況は理解しているつもりです。

 

「そのようですね。もともとシャル様を慕っているところを利用された様子ですが……これ、予定にないですけど辺境伯様の自作自演ではないですよね」


 後半はさすがに声を潜めて聞けば、何を言うんだという顔をされて、はっきり「あり得ない」と否定された。


「開戦前の最終チェックとかそういう事も?」

「無い……とは言い切れないが可能性は低いと思う。可能性が高いのはあちら側だ。リーンと私が婚姻を結んだ事は既にあちらにも伝えてあるからな」


 あぁ、本当は王弟殿下の身分なら中央で式を挙げるべきところだけど、事が事なので地方でそっとやっときますねっていう言い訳した奴ね。

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