第631話 百合竜秒殺

「ほほう。どういうことじゃ、婿よ。何ゆえ、今更あの鬼嫁に?」

「今更じゃねーよ、イーサム。未だになんだよ、俺は」


 そう、実際のところ、俺はまだ何も知らない。


「ラクシャサの事情は分かった。男嫌いだという百合竜や、女しかいないという深海賊団たちのも、まあとりあえず分かった。サルトビたち暗殺集団たちも、性別変わりたいとかどうかとも思うが、まあ分かった。だが……正直、一番縁がありそうなのに、全く事情が分からないやつが居る」


 そして、それこそが俺の立ち位置をハッキリさせる「理由」になるのかもしれない。

 だから、俺はリリイとかいう古代魔王よりも、そっちと話をする。


『待て……此方は何も了承していない……汝等と馴れ合う気などない』

「うるせえよ。馴れ合いぐらい、我慢しろ。テメエやテメエらの思惑を全て力ずくでぶっ潰そうとしているわけじゃねーんだからよ」

『ヴェルト・ジーハッ!』

「どの道、このまま戦ってもテメエに勝ち目がねえのは明白だ。本来は、このまま海の藻屑になるところが、二人の男が手を差し伸べてるんだ。もうけもんだと思って、その手を掴んどけ」


 ラクシャサを無視して話を進めているが、本人は当然簡単に了承するはずがなく、慌てて口出ししてきた。

 だが、そんなもん関係ねえ。


「え~、ヴェルトくんがお話しするのは、ヤヴァイ魔王国とでしょ~? オリヴィアをお嫁さんにします~ってさ?」

「愚弟……テメエ本当に……」

「ヴェルト、大丈夫かい? あのヤシャという女性はかなり強く危険だと思うが」

「俺らもついてくか?」


 ロアとフルチェンコでリリイと話をする。そして俺はヤシャと話をする。そのことには仲間内からも納得できないといった意見も出るが、仕方ねえ。フルチェンコたちの所為で戦う空気も壊れちまったしな。

 だから、後は、ラクシャサに納得してもらって俺たちをそれぞれの話し相手の所へ連れて行ってもらえれば……


『汝ら……いい加減に………ッ!』


 だが、その時だった。

 

「ん?」


 ラクシャサが急に目を見開いて言葉を止めた。

 一体どうしたのかと思ったその数秒後……



「…………がっ…………が……ぐぼはっ!」



 急に咽だしたラクシャサは、青色の血を大量に吐き出した。

 一瞬何が起こったか分からずに呆然としちまった俺たちだが、慌てて駆け寄ろうと……


「ラクシャサ姉さまーっ! 僕が救ってあげるんだな~……うべあほあっ!」

「どうしたんすか、ラクシャサさん! ぐぼおあっあ!」

「うおおおおお、至宝を救えーっ! へぶらうあっ!」


 と、俺たちより早くにフルチェンコたちが駆け出してラクシャサを支えようとするが、ラクシャサの体に触れた瞬間、全員呪いでぶっ倒れた……そうだった……触っちゃだめだったんだ……


「ラクシャサ……お前……」


 表情こそは一切変わらないものの、その吐き出された血の量はどう考えても普通じゃない。

 だが、俺たちには近寄ることも触れることも出来ない。それが、ラクシャサ……


『ふ、ふん……使い魔融合……魔道兵装……騎獣一体……やりすぎたか……』

「ラクシャサ……お前……」

『そんな、顔を……するな……ヴェルト・ジーハ……もう長くないことも分かっている……』


 長くない……それが示す意味は一つしかない。

 もう、ラクシャサは命すらも……


「ふわふわキャストオフッ!」


 俺は慌てて、ラクシャサが百合竜たちを合体させている魔法を引き剥がした。合体した形を維持するだけでも相当の力を失っていることが目に見えて分かったからだ。


『ふっ、……優しいな……ヴェルト・ジーハ。しかし、此方の負担を軽くするためとはいえ、こうもアッサリ解除されるのも……微妙な気分だ……』


 俺の魔法でアナンタが光の衣のようなものに包まれ、次の瞬間には光が勢い良く遥か上空へ飛ばされた。 


「あれ? わ、私たち……何を?」

「確か私たち…………ッ、トリバちゃん! ボスがッ!」


 百合竜たち含めた多くのドラゴンたちが合体を解除されて宙や海に投げ出される中、意識をハッキリとさせたトリバとディズムの二人が俺たちを睨んだ直後、血を吐いて弱々しく肩で息をするラクシャサの姿に顔を蒼白させていた。


「ボスッ! ……朝倉ーッ! あんた、ボスに……ボスに何をッ!」

「許さないんだから、朝倉君ッ! 私たちの道標でもあるボスをッ!」


 敵意むき出しで俺たちに殺意の篭った目で睨んできやがる。どうやら合体していた時の意識はハッキリしていなかったようで、今、どんな話が俺たちの間でされていたかを理解してないようだ。

 メンドクセー……


「人がせっかく助けてやったってのに、やかましい奴らだ。少し黙ってろよ。今から戦いはやめて、話し合いをしようってことを提案中なんだからよ」

「話し合いッ? はあ? 何を今更! あんたたち男と話をすることなんて何もないんだから! さっさとボスから離れなさい、朝倉!」


 やれやれだ。こりゃー、初めから説明していくしか……いや、そもそもこいつらは、ラクシャサの本当の願いを知らないわけだから、逆効果か? 少なくともこいつらは、女だけの国を作るっていうことのためにラクシャサをボスと崇めてついていってるんだから……


「やれやれ、時間がないんだ、ヴェルちゃん。ここは俺っちに任せてくれ」


 フルチェンコが前へ出た。確かに、ヤヴァイ魔王国とヴェンバイが近づいてきているなら時間は無いが、こいつはどうやって……


「文芸部一年の期待の新星と呼ばれたアヤちゃん」


 …………?

 フルチェンコは意味の分からないことを呟いた。

 それは当然百合竜も……


「えっ!」


 ……そうでもなかった。少なくとも、トリバこと真中つかさとかいう前世巨乳女は、何故かビクッとした表情で固まった。


「トリバちゃん?」


 一方でディズムことヤジマリコという前世チビ女は意味が分からず首を傾げている。

 だが、フルチェンコは続けた。


「ラグビー部マネージャーだった隣のクラスの、さつきちゃん。後輩一年生でもっともちっちゃいロリッ娘の、ゆいちゃん」

「いっ! あ、あわわ……えっ? は、え、えええ? あっ、え? な、なに、を?」

「校内で、バイト先で、時には自宅で……摘み取ったのは誰ですか~?」


 フルチェンコがどこまでもゲスな笑みを浮かべているのに対して、トリバは大量の汗をドバドバと出して、混乱した表情でうろたえている。

 

「他にも、映像研究部のジュンちゃんを――――――」

「いいいいいいいいいいいいやああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 トリバ、頭を抱えて発狂。ドラゴンの咆哮とは思えないほど、甲高い悲鳴だった。

 にしても、どういうことだ?



「ふっふっふ。かつて、『落としたい女がいるから情報頂戴』と、女を口説くたびにその女生徒のプロフィールなり行動パターンや趣味などを調査させて、その情報を買い取った一人の女が居た」


「ッ! う……そ……あん……た……ま、まさか……まさかッ!」


「俺っちが調査した人数は……十人ぐらいだったかな?」


「え………江口ッ!」



 ああ、なるほどね。そういうこと……はは……なんつう恐ろしい弱味を……


「え、ぐち、くん? えぐちくんって、あの、す、すっごい、いやらしいクラスメートの人だよね! ねえ? トリバちゃん?」

「あ、あ……な、なんで、江口が……も、もう二度と会うことは……う、うそでしょ……」


 突如明らかになったフルチェンコの正体に驚きを隠せないトリバとディズム。トリバなんて、後ろめたいことがありすぎなのか、メチャクチャ動揺しまくっている。そして、その様子にディズムもハッとした。


「…………ねえ、トリバちゃん………さっき、江口くんが言ってた、文芸部の子とか隣のクラスの子とか……どういうこと?」

「ギックウウウウウッ!」

「……ねえ、トリバちゃん、違うよね? トリバちゃん……つかさちゃんは、私に昔言ったよね? 同じ女の子同士でこんなこと思うのは変かもしれないけど……自分だってこんな感情が初めて……それだけ私のことを抱きしめたいって……言ったよね?」

「あ、あ、あの、あのね、理子……そ、そのね……う、うん。あ、あのエロ男、なんか勘違いしているみたい。言ったでしょ? 現世も前世も、私は理子が最初で最後、理子しかいないんだって」


 ジト目で浮気? の容疑で疑いの目を向けるディズムに対して、トリバはアタフタしながら誤魔化そうとするが、フルチェンコは止まらない。


「俺っちルートを使って色んなオモチャを購入。映研部のジュンちゃんを落とす時に、初めて双頭ディr―――――」

「平和的に話し合うのならそれもいいんじゃないかしらああああああああああああああああああああああああああ!」


 こん……な……簡単に。

 誇張かどうかは別にして、世界的には二人揃えば四獅天亜人級と呼ばれた百合竜の片割れが、「かんにんしてください」と頭を下げて震えている。

 

「ちょ、トリバちゃん!」

「ディズム! こうして朝倉だけじゃなくて、私たちはあの悲劇を乗り越えてクラスメートと会えたのよ? これって何かの思し召しじゃないかしら? ここは、たとえ相手が男でも話し合いをするのもいいんじゃないかな? ね? ね? そんなプクッと怒った顔をしないでよ。可愛い可愛い、私のディズム」


 この様子にフルチェンコは大満足。それ以上は喋らずに、親指を突き立ててウインク。正直、俺も弱味を握られているだけに、トリバに激しく同情しちまった。


『一体……どういう……ぐっ……』

「無理すんなラクシャサ。ものすごくショボイ話しすぎて、知っても損するだけのことだ」

 

 ポーカーフェイスも段々難しくなっているな。ラクシャサは相当弱っている。こりゃ~、グダグダやっている場合じゃねえ。さっさと、それぞれの話すべき相手と話をする方が……


「ボスッ! 急にボスの魔力の反応が弱く……ッ、ボスッ!」


 その時、忍者のドロンを使って一人の女が血相を抱えて煙の中から現れた。

 サルトビか。


「丁度いい、サルトビ。ここでテメエらのボスが死ぬか……僅かな可能性に賭けてみるか……ちょっと話を聞いてくれ」

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