第629話 弩級の接近

 なにやら、とんでもない展開になってしまった。

 だが、そんなのが許される話じゃないはずだ。


『ただ……それは無理だな。百合竜たちの手前、男たちの協力を得ようというのはな。そもそも、リリイは……男に性的な興味は無い。ゆえに、汝との話しになど応じぬ』


「ちっちっち、あまいぞラクシャサ。俺っちは男と女との会話をしようっていうんじゃない。エロについて話し合いをしようっていうだけだ。男に興味ないエロ? 上等だ。俺っちが、レズ物の知識に疎いと言ったかな?」


 

 こいつ本気か? まさか、古代魔王をそのエロ知識及びエロトークで仲良くなろうっていうのか?

 そんなこと……


「おや、ヴェルちゃん、不満気だね。無理だって言っちゃう? あのヴェルちゃんも家庭を持つと保守的になっちゃうのかい?」

「……あ゛?」

「俺っちが監獄の中に居る間は、とんでもないことのやらかしクリエイターだって聞いていたけど、単なる皆の買いかぶり?」


 お、俺が保守的だと? ……そんな風になった覚えは……いや……どうだろうな。確かに昔なら、「そんなもんに興味ねえ」とでも言って、やりたいようにやっていた気もする。

 とはいえ…………


「つうか、テメエは俺に女の胸を守るために魔王の復活を許可しろってのかよ?」


 それはいくらなんでもダメだろう。流石に承諾しかねると、俺は首を縦に振らなかった。

 それに……


『よい、ド阿呆男よ。此方は別に助けを求めているわけではないのだからな。此方は此方で勝手にやらせてもらう』

「ラクシャサ~ッ!」

『それに…………もう、時間だ。『あの国』が来る。残念だが、サバトによる戦力増強もできなくなった此方たちは、今の戦力のまま戦争を始めなくてはならない』


 戦争? そうだよ、確かこいつらはどこかの国と戦争するからとか……そういえばどこと……


「戦争? ラクシャサ。横から挟んで申し訳ないですが、一体どこと? この平和となった世界で、あなたたちは一体どこの国と戦争をしようというのですか!」


 ロアがたまらず声を上げた。

 ラクシャサたちは、『戦い』と言わずに『戦争』と言った。もし、それが何かの比喩ではなく、言葉通りの戦争なのだとしたら、当然ロアたちだって看過できない。

 さっきだって、船の上での戦いも、サルトビたちだって俺たちよりもその戦争を優先した退散した。

 こんな曲者ばかりのリリイ同盟と戦争をやらかそうなんて、どこの国だ?


『…………ジャレンガ王子がこの場に居るというのに、どうやら本当に何も知らぬのだな……汝等は……。もしくは、自分たちの管理不足を問われるのが嫌で、『あの国』も内密にしていたか……』


 ジャレンガ……? それと何の関係が……



『此方が動くことを看過できぬ国など一つしかあるまい。旧クライ魔王国を自国へと吸収した、二大超魔王国のヤヴァイ魔王国!』



 ―――――――――――ッ!



『弩級魔王ヴェンバイが直属の私兵を率いて、此方たちの元へと向かってきている』



 ヴェ……うわお……


「へえ、お父様……僕には何も教えてくれなかったけど、ちゃんと気づいてたんだ、ラクシャサさんのこと……へえ~」

「って、うそだろおおおおおっ! おい、ジャレンガ、何でテメエは知らねーんだよ!」


 ジャレンガは、まったく知らなかったようだ。マジかよ……


『…………ヴェンバイには気づいていたというよりは、告げ口されたというべきか…………此方は内密に動いていたが、他の者たちは、チェーンマイル王国周辺で色々と騒ぎを起こした………そこから情報が漏れた。偶然、チェーンマイル王国に居た……『あの女』にな』

「…………あの女?」

『ああ。ジャレンガ王子もよく知る女……いや、姫といったところか……『流浪の月姫』だ』

「へ~、そう。へ~~、そうなんだ~、ふ~~~~ん、あは、あはははははは、ああ、そういうことなんだ。へ~、それはそれは……ちょっと面白くなってきたかも?」


 何故か、ジャレンガはものすごく嬉しそうに邪悪な笑みを浮かべているが、問題はヤヴァイ魔王国か。

 

「ちっ、エルファーシア王国に情報はクソ来てねえ」

「僕たちアークライン帝国にもです。恐らく、内々で処理をしようと、情報を公開しなかったのかもしれません」

「って、どうするんすか、ファルガ王、ロア王子!」

「それってつまり、ヤヴァイ魔王国が、軍をつれて人類大陸に進行しているってことですよね?」


 そうなるよ。それってつまり、かなりまずいことだ。

 いくらヤヴァイ魔王国の目的が、そのリリイ同盟だからといっても、あの世界最強国家であるヤヴァイ魔王国がこの平和協定みたいなものが結ばれた世界で人類大陸に向かうなんて、人類と魔族の関係に大きな亀裂を入れるようなもんだ。


「ぬはははは、そうかそうか、ヴェンバイが来るか。これは中々荒れた展開になりそうじゃのう」

「イーサム、笑ってる場合じゃねえだろうが!」

「な~に、心配するでない、婿よ。大丈夫じゃろう。流石にそれを考えぬほどヴェンバイも阿呆ではない。ヴェンバイとて、今の世界を壊す気など毛頭ないはずじゃからのう」

「本当か~? 俺、あいつのことよく知らねーから、何とも言えねーし……」

「うむ。まあ、何万もの軍を率いては流石に気づかれるじゃろうから、恐らくはあやつと僅かな寡兵程度じゃろうな。といっても、あやつ一人で十万人規模の軍事力はあるがのう」


 それでか。確かに、あんなバケモノが来るなら、守りを固めるよな。戦力だって増やそうとするよな。

 だが、そうすると、フルチェンコのアホな提案は本格的に無理になってきたな。


「おい、ジャレンガ……ちなみにだけどよ……」

「アハハハハハハハハハ! 僕は止めないよ? ヴェルトくん、僕はお父様に戦いをやめろとか話し合おうとか、そんなこと言わないからね? っていうかさ~、僕が今、ラクシャサさんを殺しちゃダメなの?」


 期待はしてなかったが、案の定こうだ。つまり、俺らがどうこう別にして、やはりもうどうしようもなさそうだな。



「フルチェンコ、聞いただろ? ただでさえ俺らが納得してねえのに、古代魔王復活させてラクシャサ救って、ついでに古代魔王とも仲良く話をするってのは無理だ」


「おおおい、ヴェルちゃん、つれね~な~。確かに俺っちもヤヴァイ魔王国は知ってるけど、ヴェルちゃんはこの世界の覇王になったんだろ? 王様としての繋がりもあるんだろ~?」


「まあ、それもそうなんだが……だが、ヤヴァイ魔王国は別だ。あそこに対しては俺もそこまで仲が良いわけじゃねえ。繋がりだって薄い。とてもじゃねえが、テメエのふざけすぎな提案をできるような相手じゃねえ。唯一の望みのジャレンガだって、こんな感じだし」


 

 これが、ジーゴク魔王国だったら、まだ何とか話ぐらいはできたかもしれねえ。

 キロロもキシンも、それに他の奴らだって知っている奴が居る。っていうか、今ならジーゴク魔王国にはラガイアが居るしな。ラガイア可愛いからな。ってか、そろそろ会いてーな。会いにいっちゃおうかな? つか、あいつ一人で寂しくねえかな? 風引いたりしてねーだろうな? もういっそのこと会いに行くか? コスモスとハナビも連れて行って、ムサシを護衛にして、そん中にラガイア入れて五人で旅行とか……


「ヴェルちゃん?」

「ん? あ、おお。そうそう。だからよ、ラクシャサは哀れだし同情するかもしれねーが、そんな簡単に救うことに協力する義理はねーよ」


 一瞬、現実逃避で別のことを考えちまったが、まあそういうことだ。

 俺だって、いつまでも身軽に生きてるわけじゃねえ。世界を左右しちまう問題を簡単には……


「アハハハハハハハハハハ! うそばっか~、ヴェルトくん。お父様を止める方法は一つあるじゃない? とぼけちゃってる? ダメだよ? ムカつくな~、とぼけてばっかりだと殺しちゃうよ?」


 なんか、いきなりジャレンガが愉快そうに笑いながら、俺とフルチェンコの会話に入り込んできやがった。

 

「どういうことだよ。テメエは止める気はねーんだろ」

「うん、『僕は』止めないよ? それに、お父様が仮にも自ら出兵しているんだから、お父様だって説得されたぐらいじゃ手ぶらじゃ帰れない。相応の『お土産』がないと帰れないよね~?」


 ジャレンガは何を言いたいんだ? つまり、ヴェンバイに賄賂かなにか? 土産でも渡してご機嫌とって、この件を俺たちに預けて欲しいとお願いしろと?

 でも、ヴェンバイに土産って……何を? とんこつラーメンじゃダメだよな?


「土産は、お父様が今一番欲しがっているもの。ヤヴァイ魔王国と君との、他の国や種族にも負けない繋がりに決まってるじゃな~い?」

「……………………………………………………お、おい…………まさか…………」

「それならお父様も考えるんじゃない? あと、孫は二人ぐらいって言えば、大丈夫じゃない? アハハハハハハ!」


 いや…………その理屈はおかしいよな? 絶対におかしい…………ってか、無理だ。

 だって、お前、これまではジャレンガに色々と言われても所詮は口約束だから、テキトーに「検討する」つって誤魔化してあしらってきたけどさ、相手が弩級魔王ヴェンバイだったら……もう、決定になっちまうぞ? 公認になっちまうだろ? 

 それは……どうなんだよ……? いや無理だよ。うん、ムリ。

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