第573話 大暴露

 世界を支配した男? 嫁の憤怒に怯え、更には嫁の母親の存在そのものにビクつく体たらくで言えるのか?

 しかし、許してくれ。これは、情けないとかそういうレベルじゃない。本能的にそうなっちまうんだ。


「愚娘たちに心配させたようだが、ちゃんと帰って来たみたいだねえ、愚婿。感心感心」

「ま、ママ……だ、黙って消えて、わ、悪い」

「……ああん?」

「ッ!」


 その瞬間、俺の体に鞭が一瞬で巻きついて、ママまで引き寄せられた。

 回避することも、抗うことも、体が拒否して言うこと聞かねえ。

 ママは俺を引き寄せて、胸ぐら掴んで見下ろしてきた。


「黙って消えてごめんなさい、ママ許してね、だろ? ええ? 愚婿~」

「黙って消えてごめんなさい、ママ許して!」


 どんなに強くなろうと、どんだけ修羅場を乗り越えようと、どれだけ高い地位に登っても、俺はこの人にだけは一生勝てる気がしねえ。



「大体、どういうことだい、ヴェルト。あんたにね~、自由なんてあると思ってんのかい? しばらく嫁たちが居ないという休息期間が終わったんだから、さっさと寝室に嫁共を連れ込んで種を仕込まないでどうすんだい? ああん?」


「ぎゃ、お、おわあああああっ!」



 グルグル巻きにされた俺を、今度はコマのように回して開放し、そのまま俺の体を強く鞭で引っぱたいてきやがっ、い、いてえええええ!



「ま、ま、ママ、お、俺、今、帰ってきたばっ……ぎゃう、い、いてえええ!」


「今、帰ってきた? 今、帰ってきたってんなら、何で未だに服すら脱がずにダラダラしてんだい、ええ? あんたは、分かってんのかい? 半年前、愚娘以外の女たちを持って帰ってきたところまでは許してやるが、どうして、まだ誰も孕んでないんだい! いつになったら、私に孫を見せるんだい!」


「ぎゃ、いっ、いて、だ、だから、お、俺も頑張ってんだよ!」


「あ? 頑張ってますけど、なかなか仕込めず申し訳ありませんだろうが! あんたのピー、も○○××がなって、○○△■して、ふにゃってんのが悪いんだろうが! ラメーンなんか作ってないで、あんたは種馬のごとく働かないでどうすんだい!」


「い、いたい、痛いって、ご、ごめんなさい、ママ!」


「ほらほら、鍛錬が足りないね~、少しはイーサムを見習ったらどうだい。魔力より低い性欲と、根性のない白濁液は、ここで作られてんのかい? ほらほらほら!」


「む、鞭で俺のナニを叩くんじゃね、い、いや、叩かないでくれよ、ママ!」


「フハハハハハハハ! 許して欲しければ、もっと懇願しな! 瞳潤ませて媚びた犬みたいに従順になりな! ほらほらほら!」



 り、理不尽すぎる! でも、逆らえねえ。

 ぐっ、は、半年前のママはどこに行ってしまったのか。

 半年前、全ての戦いが終わって帰還した俺。

 聖騎士たちの魔法によって、俺に関する記憶を消されていたママ。

 二年間も俺のことを忘れてしまったこと。更に一度会ったとき、他人と思って俺に敵意を向けたこと。

 そのことを強く悔いていたママは、再会した瞬間、俺を強く抱きしめた。

 何も言わず、無言で、肩を震わせながら、俺を抱きしめた。

 ひょっとしたら、ママは泣いていたんじゃないか? そう思ったとき、俺も抱きしめ返した。

 でも、数日後には今と同じ状態になっていた。


「大体、あんたは分かってんのかい? 早めに今手元に居る嫁たちと子供作っとかないと、すぐに大変なことになるんだよ? あんた、自分の新しい親戚を分かってんのかい?」

「は、はあ? な、なにが?」

「コスモスが居るエルジェラ皇女は別として、今ここに居ない、アルテア姫とユズリハ姫の二人だよ」

「あ、アルテアと、ユズリハ?」

「アルテア姫はユーバメンシュの娘。ユズリハ姫はイーサムの娘だよ? もし、子作りが滞ったら、どうなるか分かってんのかい?」


 ぎゃあああああああああああああっ! そ、それを言わないでくれえええ!

 元四獅天亜人の狂獣怪人ユーバメンシュことママンに、元四獅天亜人の武神イーサム。

 自他共に認める世界最強の五人に数えられる規格外の怪物。そして、変人!

 俺は、半年前からそのことだけが怖かった。

 史上最強の親戚。ママ、ママン、イーサムの三人が揃った時の恐怖は…………


「まあ、ヴェルトったら、あんなに怯えて……キュンとしますわ」

「ふふふふふ、私たちもあれくらいのトラウマを彼に与えた方が、今後のために良いのではないかしら?」

「うむ。そうなるとだ……やはり、以前教えてもらった、ヴェルトにお尻ペンペンだな」


 フォルナ、アルーシャ、ウラの三人は尊敬の眼差しでママを見る。

 くそ、冗談じゃねえ。嫁がママみたいになって、それが六倍にでもなろうもんなら、俺は死ぬぞ?


「やっぱタブレット便利なんで。ず~っとこの光景を撮りたいと思ってたんで」

「ちょっ、ニート君、何サラッとそんなのを……どこで手に入れたんですか?」

「ヴェルトくんのばか、ざまーみろなんだから……」

「ペット、あなた、やっぱり相当頭に来ることがあったようね」

「ヴぇ、ヴェルくんが~、あなた、ヴェルくんが~」

「いや、いいだろ。むしろ、ああいう人が居てくれる方が、あのバカには丁度いいんだよ」

「マスターの言うとおりだな。あの男は自由にさせすぎると、破滅に向かう」

「うわ~、光の十勇者最強のファンレッドじゃない? あ~、確かに他の雑魚とは桁が違うね……魔王たちが一目置くわけだね?」


 くそ、こんな公衆の面前で、恥さらしも言いところなのに、情けない……



「ふふふふ。流石にあなただけは変わっていないようで、嬉しい限りね」


「…………ん? ……あんたは……」



 その時、十年前から何一つ変わらないママの姿に嬉しさを滲ませながら、クレオが前へ出た。



「まさか……あんた」


「ええ。お久しぶりね。ファンレッド女王陛下。私はチェーンマイル王国の第二王女。クレオ・チェーンマイルよ。いいえ、元第二王女と言うべきかしら?」


「……………………なんだって?」



 流石に、天上天下唯我独尊ママでも、表情が変わった。

 そりゃそうだ。ママにとっても予想外の人物だからな。


「こりゃ驚いたねえ。とんでもない客じゃないかい。幽霊……ってわけじゃなさそうだねえ?」

「ええ。十年の時を超えて、一人の男と愛し合……復讐するためにヴァルハラより舞い戻ってきたわ」

「ほう………」


 そこで、ギロっと俺を見るママ。

 だが、さすがのママもこの状況の中でお仕置き続行はしなかった。

 世界的にも有名なチェーンマイル王国のクレオ姫が生きていたというのだから当然だ。


 とりあえず、俺たちは要点を噛み砕き、神族世界、神族たちのこと、文化、そこで起こったトラブル、そしてクレオのことを一通り説明した。

 






「ふ~ん、なるほどねえ。神族世界か………そういうことがあったわけかい。どうやら、昨日のブルーとかいう奴らの話は嘘じゃなかったわけかい」



 もちろん、クラスメート云々の話は、先生とアルーシャを交えて改めて別途行うが、まずはここに居るクレオは紛れもなく俺たちが知っているクレオで、十年前に死んだのではなく、どういうわけか神族世界に飛ばされ、そして生きていたことを説明した。

 まあ、流石にホークたちは驚き戸惑ったままだが、ママやフォルナたちは十分理解したようだ。


「まあ、生きていたことが悪いことだなんてありえないからねえ。無事で何よりじゃないかい。クレオ姫」

「ええ、それだけはワタクシたちも本心ですわ」

「そうね。もうこの世界も、あなたが知っていた頃と大分かけ離れてしまったかもしれないけれど、おかえりなさい」

「そういうことだな。私は魔族だが、それでも今は敵対していない。そこまで目くじら立てる気はない」


 さ、そういうわけで生きていて良かった良かったというわけで………



「「「で、嫁っていうのはどういうこと?」」」



 あっ、やっぱそこだけは流せねえか。


「くくくくくく。まさか、十年前のあの時からの想いを貫くとはねえ、あんたも中々意志が強いじゃないかい、クレオ姫」

「あら、当然じゃない。十年前、私にあれだけの辱しめをした男をようやく捕まえたのよ? 一生かかって償わせるに決まっているじゃない」

「ふっ、しかし、愚婿がプロポーズねえ? そこはキッチリ説明してくれるんだろうねえ、愚婿」


 そして、その話題がついにママから。

 もうダメだ、俺、今日いろいろと取り返しのつかないことになったんだな………



『んっ』


『――――ッ!』


『俺の嫁になれよ、クレオ』


 

 いやあああああ! もう、な、なんじゃそりゃあっ! ニート、テメェ! 

 この状況の中で、ニートが再びタブレットの動画を大音量で流しやがった。


「ニーーーートーーーーっ! テメェえ、ぶち殺してやらァ!」

「まあ、ドンマイなんで」

「この野郎! テメェ、親友だと思ってたのに裏切りやがったな! この野郎、もう勘弁ならねえ! テメェ、俺が嫁とママに殺される前にぶっ殺してや―――」

「黙りな、愚婿! ………くくくく、ほ~う、中々興味深いものがあるじゃないかい」


 俺がニートをぶち殺そうと思った瞬間、ママが俺を床に叩きつけ、うつ伏せになった俺の背中にドカッと座りやがった。

 そして、ジックリと、あの時の俺とクレオのやりとりを、この場にいる全員に聞かれた。


『ほんとうでしょうね? 先ほど現在の嫁の魅力を語っていたけど、なら、私には何の魅力を語れるかしら?』

『くははは、大丈夫。お前、十年前から尻が可愛かった』

『あなた、私がそこまで優しい女だと思わない方がいいわ? 次にそんな冗談を言ったら、本気で殺すわ?』

『ああ。確かにトゲがあるが……そのトゲさえ抜けば、結局お前も普通の女だ。だから、黙って俺の嫁になっとけよ』

『ふふ………そうね………ふふふふふふふふ~………もう、言い逃れは出来ないわ? ヴェルト・ジーハ!』


 そして、あの時、あの場にいなかった連中はこう思った。



「「「………許さない………お尻がそんなにいいの?」」」


「ま、待て、お前ら! これは、暁光眼の所為で!」



 嫁三人は怒り。

 それ以外は………



「「「「「どういう状況でそんなことになってんだ?」」」」」



 そりゃそう思うよな………全員呆れていたり、もう俺に失望したような目で見てるよ。


「あ~、あの~、ヴェルトくんって、新婚半年目ですよね? 新婚で浮気とか、正にゲスの極みですね」

「フィアリ~、騙されるな! ニートだってなあ、ニートだってなあ! 向こうの世界じゃなあ、色々と―――」


 一人では死なねえ。ニートも道連れにしてやる。ニートがブラックと何だか良い雰囲気だったと告げ口をしてやる。


「ちっ、なら、これなんで!」

 

 俺が告げ口しようとした瞬間、ニートは舌打ちしてタブレットを再び操作した。

 すると………



『どうせ、今の妻だって、それほど真剣なわけじゃないのでしょう?』


『そいつは心外だな。色々と問題はあったりもするが……それはそれで、俺たちは自分たちなりに互のことを想ってるよ』



 ………………ゑ?


「「「「「………なに?」」」」」


 この場に居た、ニートとクレオ以外の全員が同じ顔で固まった。

 再び流れた動画の音声。これは、確か………これも、俺とクレオのやり取りで………ッ、確かこれは!


「やっ、ちょ、それまやめええ!」

「静かにしろって言ってんだろう、愚婿ッ!」


 ち、違うんだ、ママ! こ、これは別の意味で、別の意味で、別の意味でええええ!



『フォルナは……ガキの頃から俺のことを、この世の誰よりも想ってくれた。俺もたまにウザいと思うことはあっても、それでもあいつに救われることもあった。それこそ、あいつが居てくれなければ、ヴェルト・ジーハは存在しねえ。一時離れた時もあったが……だからこそ、どれだけあいつが俺にとって大事な存在かを思い知らされた。もう二度と手放さねえ』


「……えっ? は、う、え? あ、あの、ヴぇ、ヴェルト? ……う、うそ? ヴぇ、ヴェルト?」



 タブレットから流れてきた俺の言葉に、フォルナが顔を真っ赤にしてアタフタしている。

 そして、今聞こえてきた俺の声が、夢なのか幻なのか分からぬと、戸惑っている。

 さらに……



『ウラは……親友の……魔王シャークリュウの娘だ。人類大連合軍との戦いで、国も家族も仲間も失い、一人になったあいつを守ってほしいというダチの願いを俺は受けた。だからこそ、もはや好きとか嫌いとかそんな次元の話じゃねえ。ウラはこの世の誰よりも俺が幸せにしてやらなきゃいけねえ。それが俺の役目だ。ガキの頃からずっとそばにいた。この世であいつを幸せにできる男は俺しかいねえし、その役目は誰にも渡さねえ』


「はう、し、幸せにッ! ヴェ、ヴェルト……ヴェルトが……私を」



 ウラも。

 そして、



『アルーシャは……正直、あいつとの結婚は無理矢理感もあるが……それでもあいつはあいつなりに、悩んで、考えて、苦しんで、それでも最後は俺を好きだという気持ちを優先しやがった。決して軽くない人生を送って、築き上げてきたもの全てをかなぐり捨てでも………あれほどの女がそこまで想ってくれて……まあ、かなり引くときもあるけど、バカになってでも突き進む強引なところは、最後は俺も降参しちまうぐらい重いもんだったよ。だから、本人が調子に乗るから言わないけど……俺はこれからもあいつとも生きていくつもりだ』


「……ヴェルトくん……」



 アルーシャもだ。

 俺は実を言うと、こいつらと何回も寝たりしてるし、法的にも夫婦になったりしているが、こいつらに俺が各自のことをどう思っているかを口にしたことは無い。

 今更な感じもするし、何よりも恥ずかしかったから。

 だから、あの時、クレオとの戦いの場に、こいつらが居なくて本当に良かったと思っていた……思っていたのに……



『嫁六人。確かにふざけた話だろうぜ。ましてや一般的な恋愛から発展したものでもねえからな。本来なら、あらゆるものに反発する不良としては、こんなふざけた話はぶっ壊していたところだ。でも、そうはなってねえ。あいつらは……そんな俺すらも力づくで押さえ込み、それでいて最後は俺も屈服させた……そして、俺自身も、もうそれでいいやと思わせた。それだけの力と想いと……あいつらそれぞれに、たまらねえぐらいの魅力があるんだよ』



 い、あ、うわああああああっ!



「「「「「………………………………」」」」」



 正直、なんつうか誰もが、俺らしからぬ言葉を聞いて反応に困っていた。




――あとがき――

ヴェルト恥ずか死ぬ

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