第553話 思い出話~そして今へ
俺はドアを開けた瞬間、全身がゾワッてなって、思わず後ろに下がってしまうぐらい、圧倒された。
一瞬、翼の生えた女騎士が空の上で勇敢に戦っている風景が見えた。
何百人の観客が入る大きな講堂では、客席は完全にいっぱいで、でもその客席の目はみんな、舞台の上に向いていた。
「ペット……クレオ……」
ペットとクレオが並んで、二人で一つのピアノで演奏していた。
怪我して片手しか使えないペットを助けるように、クレオが隣で引いている。
「『戦女神たちの先陣』の連弾だよ」
「ッ!」
思わず「ひゃっ」と声が出そうになった。
いきなり後ろから耳元に声かけられ、誰かと思ったらそこにいたのは、ママだった。
「マッ―――」
「し~~、静かに」
なんでママが? 王族は特別な席に座ってるんじゃないの? 出歩いて大丈夫なの?
「ふふ、今、誰もがあの舞台に夢中だよ。誰も私の存在に気づかないぐらいにねえ」
俺の口元を抑えながら、ママはニヤニヤしながら舞台のペットとクレオを見ていた。
「大したもんだよ。練習もしないで、初めての連弾。息もピッタリだ。そしてあのクレオ姫は、片手の使えないペットの分まで弾いている。昨日はあんなんだった二人が、どうしてこうなっちまったのかね~」
本当だ。クレオが動かしている指の方が多い。でも、それをまるで慌てることもなく、涼しい顔で優雅に弾くクレオは、すごかった。
「フォルナの出番はもう終わっちまったよ。あとで、慰めてやりな」
「あっ……そ、そうなんだ」
「……愚婿……いや、ヴェルト。何があったかは聞いている。無事でなによりだよ」
あっ、ママは知ってたんだ。そう言って、俺の口を抑えながら抱き寄せるママの手は、ギュッと、少しだけ強かった。
「ヴェルト、本当は色々と言ってやりたいし、フォルナにも言い訳しなきゃならないんだろうが、とりあえず今日は大目に見てやるよ。今はただ、大変なことがあったのに、強い意志でこの演奏会に出て、これだけ力強い演奏をしている二人をあんたが労ってやりな。その花束は、あの二人にやりな」
「えっ、でも、これ……」
「誘拐犯退治でどんなことがあったかは知らないが、あの二人は、あんたのために弾くと言っていたよ。だったらあんたも、花ぐらい贈って労ってやんな。その程度で浮気だと騒ぐような姑じゃないんだよ、私は」
男ならビシッとキメてきな。ママの顔はそう言って笑っているように見えた。
次の瞬間、講堂は大歓声が巻き起こっていた。
席から誰もが立ち上がり、拍手を舞台に居る二人に送っていた。
ペットと手をつなぎながら、ピアノから離れて、舞台の中央に立ってお辞儀するペットとクレオ。
その瞬間、ママに尻を叩かれて、俺は講堂の階段を駆け下りて舞台の真下まで向かっていた。
「あれは、ヴェルトくん?」
「本当だ、アルナとボナパの子じゃないか」
「姫様の演奏では出てこなかったのに……それに怪我しているぞ?」
「ヴェルトくん! な、なにがあったんだい!」
「おやおや、ナイト様の到着でありんすね」
「ヴェルト、今までどこにいましたの! それに、その怪我、一体何がありましたの!」
知っているやつ、知らない奴、フォルナたちも含めて、拍手の中で戸惑ったり驚いたりしている声が講堂の中に響いたが、俺は構わず行ってやった。
俺を見て、驚いた顔しているクレオとペット。
俺がここに来たことが信じられないのか、言葉が出てこないみたいだから、代わりに俺が言ってやった。
花束を差し出して……
「ペット、はいこれ。テキトーに選んだから、あまり綺麗じゃないけど、やる」
入口の壺に入っていた花をテキトーに抜いて束ねたもの。
花屋のおっちゃんが作る花束なんかと全然比べ物にならないけど、ないよりマシだと思ってソレをペットに渡した。
「ヴェルトくん……来て……くれたの?」
「ああ、俺が見ていてやるって、約束だったからな。でも、スゲーじゃん、お前。幽霊だからみんなに見えないと思ってたのに、みんなお前を見てんじゃん。生きてて良かったな」
するとペットは、相変わらず泣きそうな顔になった。
でも、泣きそうになりながら……
「うん!」
笑った。
「……でも……その」
「ん?」
「……その、幽霊じゃなくて、みんなが私を見れるようになっちゃったけど……それでもヴェルトくんも変わらずに……これからも……見てくれる?」
これからも~? まあ、フォルナが怒らなくて……
「話しかけても泣かないんならいいよ」
「ッ! うん、泣かないよ!」
うん、別に見るぐらいなら、全然いいよな。そう思って俺も頷いてやった。
そして………
「ん、ん、おほん」
さっきっから、「私は?」みたいな様子のクレオにも、花束を渡してやった。
「はい、クレオも。これやる」
「あら、ありが……ッ! まあ……素敵……ッ!」
やっぱ、花屋のおっちゃんが作った花束なだけあって、綺麗に形が整ってるから、クレオも驚いてる。
本当はフォルナに上げるやつだったけど、まっ、いっか。ママのお許しも出てるし。
だけど、その時、
「げっ、あんな花だったのか……渡せって言ったのは失敗だったかね~」
ママがなんか、そんなこと呟いているのが聞こえて………
「ッ! ヴぇ、ヴェルト! わ、ワタクシには何も……ペットだけでなく、クレオ姫には……あんな素敵な花をッ!」
「……ま、まるで……花嫁のブーケみたいですね」
「ブルースター……花言葉は『信じあう心』……でありんすね。昨日の様子では、一番あの二人には程遠い言葉でありんすが、これはこれは………」
しかも、なんだろう。会場中がガヤガヤしているけど、やっぱ俺がこんな格好しているから変なのかな?
そう思ったとき、クレオが俺が差し出した花束を受け取って、笑顔で花に顔を寄せた。
「鮮やかな色。爽やかな香り。ヴェルト・ジーハ……あなたから私へ贈る花、この花に込められし気持ち……私はありがたく受け止めさせてもらうわ」
そう言って、クレオはまた会場全体に一礼して、もう一度舞台に居る二人へ盛大な拍手が送られた。
俺はそのあと捕まって、フォルナやママや、親父やおふくろに説教されたり、抱きしめられたり、心配されたり、結局怪我がひどくなって入院したりと散々だった。
その後、発表会は無事終わり、チェーンマイルとの間で友好の行事とか交流とか、難しい会議も含めて暫く行われていたみたいだけど、俺はその間、もうクレオと会うことはなかった。
だけど、入院した俺の病室に赤いバラの花束が贈られていたのは分かった。
それと、ママとタイラー、そしてチェーンマイルの女王様から、今回の誘拐事件は一部を除いて秘密にするという話になった。
俺は良く分からないけど、この事件が公になると、エルファーシア王国とチェーンマイル王国の関係が悪くなるとかなんとか………ただ、ママに強く言われたから俺は内緒にした。
それが………俺が七歳の頃の記憶だった。
そして、あの七歳での出来事がきっかけになり、俺はその後、日々の生活の中で定期的に記憶がフラッシュバックすることが起こり、結局その半年後の八歳の誕生日の頃、俺は前世の記憶、『朝倉リューマ』の記憶を全て思い出した。
その時の、俺の絶望、悲しみ、混乱、それはしばらく自分の周囲を取り巻くあらゆるものを拒絶してしまうほどの出来事だった。
それは、俺の誕生日から数週間後に、チェーンマイル王国の王族の船が他国への会談に向かう途中に海難事故に遭い、激しい嵐の中でクレオ姫が海に投げ出され行方不明となり、懸命な捜索にもかかわらず発見されず、公式的にクレオ姫が死亡したとして世界中に知れ渡った時とほぼ同時。
そう、あの七歳の頃を最後に、俺はクレオのことを忘れた。名前だって、一度も口にすることもなかった。
ペットとの過去話をするようなことがなければ、思い返すこともなかった。
一生、もう、この名を本人に呼んでやることもなかったのに……
「お前は……」
そうして、俺は過去の記憶が改めてフラッシュバックし、気づけば目の前には、メロンの被り物を飛ばされた一人の女と向き合っていた。
チビで、しかしその瞳と髪は、暁の黄赤色に輝いている。
俺が知っている頃のあいつよりは大きくなっている。
だけど、その程度の変化があっても、一瞬で「あいつだ」と分かるほど、俺の記憶の中にある「あいつ」と目の前のこの女は、かけ離れてはいなかった。
「……クレオ」
「ヴェルト・ジーハ……」
俺は、しばらく言葉が出なかった。
そんな俺の代わりに、あいつは俺の後ろにいるムサシたちを指差した。
「暁光眼の幻術で、私の記憶をあなたたちの脳にも流し込んであげたわ。どうかしら?」
どうりで、俺がすんなりと昔のことを僅か数秒の間に、忠実に思い出せたわけか。
つまり、今、俺が思い出したことをムサシたちも見て……って、どうした! ムサシたちが顔を真っ赤にしてプルプル震えて……
「殿おおおッ! ひひ、ひ、ひ、ひどいでござるッ! どう見ても、殿は愛の告白をしているでござるっ!」
……いや、それは……だから、前世の記憶がフラッシュバック………
「にゃっは最低! 何が、人違い? 心当たりない? よ! にゃっはお兄さんのせいじゃん!」
「あんた、ふっざけんじゃないわよ! 幼い頃とはいえ、擁護できないぐらいあんたのせいじゃん!」
「はい、そうなんです……私も改めて思い返してみると、やっぱりヴェルトくんあの時、クレオ姫に好きって言っているんです……」
アッシュ、ブラックは俺に対してゴミを見るような目で。ペットは頭抱えて混乱して………
「ッ、いや、その、あれだ。いや、お前らの言いたいことは、まあ、分からんでもねえ。ただな、あの時、俺にも色々と……って、おい、ニート?」
前世の話はこいつらにしたって分からないから、どう言い訳すればいいのか全然思い浮かばず、そんな時、真剣な顔をしながらも、全身を震わせて、口元を物凄いピクピクさせているニートがボソッと呟いた。
「ヴェルト……事情は分かったんで……何があったかも分かったんで……記憶の混同、フラッシュバック……ほんと事情は良く分かったんで……その上で、これだけは聞きたいんで……」
そうだ、ニートが居た! ニートなら、あの時の俺がどういう状況だったのかを完全に察してくれている。
何かうまい言い訳でも………
「もう、限界なんで。お願いだから……腹抱えて笑ってもいいよな! ぷくっ、ぶ、ぶっほぉ!」
フォローする気ゼロだった。
笑ったら殺す! ニートがブラックといい雰囲気で浮気しそうだと、フィアリにチクる!
でも、なんかそれは藪蛇になりそうだからやめておくか………
「で、本来ならば言葉を交わすことも、素顔を晒すことも、もう二度としてやるものかと思っていたけれど、恍けていたことは思い出したかしら? ペット・アソークと同じで、私も幽霊ではないわ。でも、私は生きていてごめんなさいね、ヴェルト・ジーハ」
――あとがき――
お世話になります。明日も一日二話投稿します!!!
朝10時ごろに次話投稿しますのでよろしくお願いします!!!!
また、本作を読んでいただける方を少しでも増えて頂きたく、まだ作品のフォローされていない方がおりましたら、何卒フォローと★でご評価頂けたら嬉しいです! よろしくお願いします!
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