第472話 とりあえず乾杯
前世のクラスメートでドカイシオンという奴が居た。
正直、まったく記憶にない。
だから、お互いの正体が分かって再会したものの、まるでピンと来なかったことで、相当落ち込まれたことは記憶に新しい。
だが、前世は前世。今は今と割り切って、普通にこれからはダチと接すれば問題ないと思っていた。
「あのさ、ヴェルト……無理なんで」
かつてはドカイシオン。今の世界では、ニートと名乗るダチが俺の前で非常に情けないツラで落ち込んでいた。
地底族という世界でも希少な種族として転生したニート。その片腕には肉体と一体化したドリルが特徴的。
しかし、他に特徴無し。せーぜい、黒い髪の毛の前髪が垂れて目が隠れているぐらいの、どこにでも居そうな奴。
諸事情により、地底世界から追い出されたこいつの生活をしばらく世話してやって、今ではこいつも独自の技術で職を得ている。
「そうですよー! こここここ、こんな恐い人たち連れてきて、お客さん全員逃げちゃったじゃないですかーっ!」
ニートの背後から飛び出して文句垂れる、手のひらサイズの可愛らしい妖精。名はフィアリ。
実はこいつもかつてのクラスメートで、しかもかなりの人気あった奴だが、今では何故かニートの彼女というポジションに着き、二人でこのエルファーシア王国で露店を開いて生活している。
「あのですねー、私とニート君のミックスジュース屋さん、『フェアリーキッス』は、若い女の子向けのお店なんですから! なんですか! 不良! マッチョ! 残虐吸血鬼! こんな三人がカウンター席を占領しちゃったら、誰も近寄れませんよ!」
そう、ニートとフィアリが開いた店は、この世界では珍しい、ミックスジュース屋。
最初は、ニートに土木作業なり、ドリルを活かした職でもと思ったが、フィアリの提案でこうなった。
なんでも、ニートのドリルをミキサー代わりに使うことによって、異なるフルーツとかがよく掻き混ざったり、攪拌と剪断力に優れて果実や野菜をジュースにした時の喉越しとか、非常に好評だったのだ。
今では、移動式の屋台車をハートマークやら妖精の絵で装飾された可愛らしい店と、台車の周りに簡易的なパラソル付きのテーブルと椅子が置かれ、店は常に王都の若い女たちが賑わう大人気となっている。
この瞬間を除いて……
「他に思いつかなかった」
「面倒をかけるな。ニート。そしてフィアリ」
「っていうか、地底族に妖精まで居るなんて驚きだね? でも、うるさくない? 殺しちゃうよ?」
ニートとフィアリには悪いと思うし、トバッチリだと思うが、勘弁して欲しい。
正直、俺一人では処理しきれねえからだ。
「とりあえず、ここは俺のおごりだ。おい、ニート、俺はミックスフルーツで」
「なら、俺はミックスベジタブルにしよう」
「トマトジュースお願いね、まずいと殺すからね?」
エプロン姿のニートが、目に見えるほど「早く帰ってくれ」オーラを出しながら頷いた。
今にして思うが、俺はこいつをダチだと思うようになってるが、ニートは俺のこと普通に嫌いだよな? なんでだ? 前世でも現世でも、そこまで嫌われることをしてないと思うけど。
「ふふ、世界征服した男に奢ってもらうのは貴重じゃない? でも、別にそんなに気を使わなくてもいいと思うよ? 少なくとも、僕は復讐だとかダサいことする気はまるでないから。人間みたいに、ヒステリックじゃないじゃない?」
復讐なんて考えていない? 意外なジャレンガの言葉に思わず耳を疑った。
「いいのか?」
「ふふふふふ? なーに、それ、別に僕は君たちほど家族に執着も無いしね? 敵に遅れを取るような無能なバカは、死んだほうがマヌケじゃない?」
いや、お前もジャックに負けたじゃん……と言おうもんなら余計荒れるな。
「家族に対する考え方が随分と極端だな。こう言っちゃなんだが、もし俺がお前の立場なら、百パー復讐するけどな」
「それはほら、君と違って戦争の割り切り方が違うからじゃない? むしろ僕からすれば、君や君の周りの割り切り方も相当だと思うよ?」
確かに言われてみればそうかもしれない。
俺も、俺の仲間も、実は紐解いていけばかなりの因縁がある。
復讐、恨み、憎しみ、抱くには十分すぎるほどの理由が探せばいくらでもある。
でも、結局俺たちは、それに囚われなかった。
探さないと見つからないようなものなら、それをテキトーに放り投げて、楽しくバカやるほうがよっぽど価値があると思ったから。
「それとも、バスティスタだっけ? 君は気にしてる? 後悔してる? 償いたい? そんなに言うなら殺してあげるけど、どうする?」
そう言って邪悪な笑みを浮かべてバスティスタを見るジャレンガ。
「僕は、ラガイア王子とは違う。混血の血を引こうとも、家族や国民からそこまで疎まれなかった。でも、愛されてもいなかったし、僕も関心はなかった。だから、兄が死んでよーが生きてよーが、どうでもいいんだよね~。ムカつくなら殺す。それだけだよ」
「そうか。俺もヴェルト・ジーハと同じで、俺の家族が殺されれば間違いなく、関わったもの全員を殺す。だから、お前が復讐心を抱いても仕方ないとも思ったが、そういう考えもあるのか」
「なに? おまえ? 兄さんが殺されたことよりも、むしろ今の呼び方の方がむかつくけど? あんまり生意気すぎると殺しちゃうよ?」
これでいいのやら、悪いのやら、よくは分からん。
正直、ジャレンガ自体の性格や割り切り方もどうかと思うが、まあ、それはお互い様なのかもしれねえな。
たとえジャレンガがこんな性格でも、逆にこういう性格のおかげで、めんどくさい復讐劇に展開が広がらないんなら、俺は別にそれで構わなかった。
そもそも、家族への想いなんて、人それぞれ。それこそ、「ヨソはヨソ。ウチはウチ」ってなもんだ。
ならば、それでいいのかもしれねーな。
「はい、ミックスフルーツ、ミックスベジタブル、トマト100パーセント」
今にも死にそうなほどテンションの低いニートがカウンター越しから俺たちの前に置いたそれぞれのジュースは、カラフルな色合いで、可愛らしいもんだった。
少なくとも、ゴツイ男が三人並んで飲むものじゃねえが、まあ、今日ぐらいはいいだろう。
「んじゃ、過去は置いとくとして、奇妙な出会いに乾杯とするか」
「ふっ、奇妙か。確かにそうだ」
「奇妙? なにそれ、僕のこと? 殺しちゃうよ?」
「あの、喧嘩してもいいから、お願いだからここではやめてほしいんで!」
「っていうか、出禁にしますからねー、本当にッ!」
まさか、このメンツで集う日が来るなんて、半年前は全く想像もできなかった。
「うむ、栄養価が豊富だ。見事な仕事だ、ニート」
「へ~、いい野菜使ってるじゃない。ヴェルトくんの奢りだから、もう一杯ね。今度はこのスイカジュースね。これもまずければ殺すよ?」
これも妙なめぐり合わせと、戦いが本当に終わったことゆえに生まれた縁なのかもしれねえ。
なんか、感慨深くなって、俺はフルーツジュースを一気に飲み干した。
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