第428話 見せ場を奪う
「こ、これはっ!」
「ひゃあああああああああ、ち、ちちち、血の雨がッ!」
「でも、これはっ!」
血がとめどなく飛び散る勢いで、肉山に付けられた傷や穴は押し広げられ、閉じない。
人間の体内にある血も、色んな水分も、全部分離してやるよ!
すると、水分が失われていく体はどうなる?
「ぐわはははは、これは驚きじゃのう! あの巨大な肉の山が、シワシワのカラカラになっておるわい!」
「なるほどなのだ。ああいう液体の絞り出し方があるとは知らなかったのだ。アレは他にも応用できるのだ。こう、ナニを回転させるように手でシゴいたり、円を描くように口で……」
膨張し続ける筋肉が萎み、気づけばミイラのようにカラカラになり始めた。
「まだだ! 遠心力だけじゃ搾り出せねえ水分は、ウラッ!」
「まかされた!」
ウラも俺の真意を理解した。
俺はピイトの回転を止め、ウラの目の前に置く。
すると、ウラは空手の息吹のように全神経を集中させ正拳突きの構え。
「必要なのは、打撃じゃない……衝撃を体内に与え、振動で水分を弾き飛ばす!」
全身を駆使して放たれたウラの拳。的確な箇所に的確な衝撃を与えることにより発生した振動が内部から水分を弾き飛ばす。
「す……すごいですわ! 打ち合わせも何もなしで、一言二言の言葉だけで!」
「何よりも、迷うことなく実践し、そして成し遂げる……これが、元祖の絆!」
さあ、お膳立ては整った。縮こまってボロボロになった肉が回復する前に、決めろ!
「ドラアアアアアアアア! 特攻だァァァ!」
そのまま体当たりしてぶち破り、中のピイトを救い出してこい。
「クソガラクタ!」
「ドラちゃん!」
「ドラ殿!」
「ドラッ!」
「ドラさん!」
俺たちはやった。後はお前だ。
だが、いちいち確認する必要もなかった。
ハナタレドラの目が、真っ直ぐな男の力強い目をしていた。
「兄さん……オイラご主人様に言われてたっす……『いつか来るその時が来るまで我慢しろ』って」
ドラ……?
「でも、オイラ、世界の人たちが兄さん達が忘れているのに、兄さんがまた大活躍している話を聞いたり、ずっと会いたくて……でも、我慢できなかったっす! 兄さんが、オイラ達以外の仲間を連れて、兄さんもオイラ達のこと忘れてるんじゃないかって!」
「ドラ…………」
「だから、オイラ来たっす! コスモスちゃんを取り戻すのはオイラ達っす! だって、オイラ……兄さんの子分っすもん! 兄さんの仲間はオイラたちっすもん!」
カラクリモンスター。その存在を知る者からは想像できないぐらい、感情豊かな存在。
だが、俺からすれば、これこそがカラクリモンスターのスタンダードだ。
情けなくて、弱虫で、ハナタレで、でもそれでも…………
「ああ、分かってる! いけ、ドラッ!」
ビシッと肉山に指さして、俺の叫びに呼応してドラが飛んだ。
両翼を広げ、その巨体に勢いを載せ、そして鋼鉄の勇気を振り絞って今…………
「ヴェルト兄さん、状況が分からなかったが、これでいい?」
―――――――――――――――――――――――――――ッ!
「……………………………………………………………………………………へっ?」
今、まさに肉山に特攻しようとしたドラが、寸前でピタリと止まって、呆けた声を発した。
いや、俺も、つーか、俺たち全員「へっ?」だった。
「気持ち悪い魚は全部取り出して分解した。ピイトを助けるつもりだったようなので、とどめはささなかった」
その時、肉山が崩れ落ち、全て中心に向かって吸い寄せられていく事態が発生した。
一体何事か? そう思ったとき、肉山の中から…………
「絵的に少し内部は気持ち悪かった」
肉山の中からすり抜けて、無表情のままキロロが出てきた…………
「キ、キロロ…………お、おま…………」
「さっきは油断した。でも、もう問題ない」
クールな瞳を鋭くし、キロロは背後の建物の上を見る。
そこに居る一人の魔族に強い殺気を向けている。
すると…………
「さっきはよくもやってくれたね、父上……魔王ノッペラ」
「ぬっ!」
ノッペラが慌てて横を見る。すると、向かいの建物の屋上には、脇腹を抑え、傷ついた体を引きずりながらも、その目の鋭さはより強くなったラガイアが立っていた。
「お兄ちゃん。ピイトという男と何があったかは知らないし、彼を生かすというのであれば、お兄ちゃんの意見を尊重する」
「ラガイア……いや、そうじゃなくて……」
「でも、魔王ノッペラとの決着は、僕につけさせて欲しい! 僕が、新しい人生を歩むため! 過去の自分と決別するために! 全ての元凶であるこの魔王は、僕に決着をつけさせて欲しい!」
いやいやいやいやいやいやいや、そうじゃなくて……………………
「私もラガイアと戦う。ヴェルト兄さん、だから…………」
キロロも! だからじゃ、…………
「だからじゃねええええええ! お、おま、キロロ、テメェいつ頃から?」
「いつ頃?」
「いつから、ピイトの肉山の中に居た!」
「…………? ああ、ヴェルト兄さんが、『予定変更』と言ったので、そうすることにした。体内の魚を処分するため、透過魔法で肉山の中に入った」
最初からじゃねえかッ!
「じゃ、じゃじゃ、じゃあ、さっきまでの俺たちの作業は?」
「作業? そういえば、急に回転したりしてたけど、何かしていた? おかげで、魚を始末しづらかった」
……………その時、ファルガもムサシもクレランも、どうしてここにラガイアが居るとか、そういうのもあっただろうが、今は俺と同じショックの方がでかかっただろう。
「うぐっぐう、意識が戻った………そうか、やってくれたか、ヴェルト・ジーハ」
んで、気づけば、あら不思議。あの肉山から元の姿に戻ったピイトが目を覚まし、ゆっくり起き上がった。
「礼を言わせてもらおう、ヴェルト・ジーハ……自分がどうしようもない人間だからこそ………人の情けがここまで身に染みる………俺にも、パスを放れる信頼できる仲間ともっと早く出会えていれば……お前のように……」
濃ゆい顔ながらも、どこか爽やかな口調で頭を下げるピイト。うん、まあ、なんつうか……………
「約束だ。俺はもう、お前とは戦わん。そして……あの、城、『シャンデリア城』の麓にある人工的に作られた森…そこに、『不思議の国のアナス』というエリアがある。お前の娘はそこに居る」
「ッ、ピイト専務ッ! 貴様、何を言っているだっく!」
「ブラックダック………すまんな………社長には、ピイトことバスティスタは、本日付で自主退職したと報告してくれ」
男の約束は守るとばかりに、嘘偽りのない瞳で語ったピイト。まあ、ブラックダックとかそりゃ怒るわけなんだか………
「お兄ちゃん、先に行ってくれ! ここは僕がッ!」
「私もここに残る。ヴェルト兄さんは、急いで娘を助けに行ったほうがいい」
気合満々なラガイアとキロロ。
うん、まあ、分かったよ。状況はわかったけど、なんつうか色々なもんが台無しになったんであえて言わせてくれ。
「なんか全部意味がなかったッ! なんなんだこの今まで味わったことのないモヤモヤ感は! この不完全燃焼感は!」
唐突に叫んだ俺の言葉の意味を理解できるはずもなく、ラガイアとキロロは頭に『?』を浮かべ、そして………………
「うぐっ、ひっぐ、うぐっ、うええええええええええん、兄さ~~~~~~~~~~~~~~~ん! オイラッオイラ! オイラ~~~~~! 見せ場がなんもなかったっすーーーーーーー!」
復活したチームワークでこの困難を乗り越えようぜ的な展開を全て台無しにしてくれた、弟分と自称妹。
なんつうか、周りの仲間たちも物凄いやるせない表情と、同情の眼差しをドラに向け、しばらく無言のままだった。
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