第391話 お前たちの名は?
「終わったな、ニート」
「……たぶん」
肩の力を抜いて、ニートの背中を軽く叩いてやった。
ニートは微妙な顔で、グーファが飲み込まれた砂を見ながら、ため息はいて呟いた。
「本当は……嘘なんで」
「はっ?」
「誰の声も届かない暗闇の世界……本当は、俺はそんな世界にはいなかった。叫べば声も届いたし、伸ばせば手も届いたし、逆に向こうから、声や手を伸ばされたこともあった。届かせようとしなかったのも、伸ばされたものを取らなかったのも、俺がただ、自分で閉じこもってただけだったんで」
グーファを倒し、化物は地底世界から姿を消した。
しかし、その功績を称えるものも、歓声を上げるものも地底族にはいない。
正直、今の地底世界は誰もが、そもそも何が起こっていたのかもわからない状態のまま、未だ混乱中。
ある意味で英雄になれたはずなのに、タイミング悪くして逃しちまったニートには同情する。
だが、ニート自身そのことはどうでもよさそうだ。
「おい、フィアリ……」
「は、はいいっ! な、なんですか、ニート君!」
ニートが真剣な顔でフィアリに振り返る。
一時は喜びでニートに飛びつこうとしたフィアリも、慌てて姿勢を正した。
そう、この問題はまだ終わってねえから……
「さっき、お前は俺のどこがいいのか、ベラベラ喋ってただろ?」
「は……はうううっ! そ、それは、そうなん、いや、全部ホントのことですが、いや、その……あうう」
「でもさ、それでもお前が俺を騙してたのも本当だし、腹黒いってのも本当だし、やっぱあんま信じられないんで」
「ッ!?」
「やっぱ、騙されたり、嘘つかれたりが、俺の最も怖いことなんで」
ニートのその容赦ない言葉は、今のフィアリの心を粉々に打ち砕くかのような非情の言葉。
しかし、フィアリにはそれを泣き叫んで訴えることもできない。事実だから。
フィアリは再び全身をガタガタ震わせて、絶望に満ちた表情で大粒の涙浮かべて、頷くしかなかった。
「もし俺が気づかなければ、お前はずっと俺を騙したままだった」
「……ちが……ッ……はい」
「俺がラブ・アンド・ピースの幹部になること了承してたら、お前は、それはそれで良かった」
「……そう……です」
「紋章眼のことで功績残して、組織から信頼得ようとも企んでた」
「……はい……」
「いつも可愛いアピールしてるのは、ぶっちゃけキャラ作り」
「……はい」
「自分が世界一可愛いとか思って、自分を中心に世界は回ってると思ってる」
「そ、そこまでは……うう、はい、ちょっとだけ」
「俺なんかハニートラップで簡単に誘惑できると思ってた」
「……うう……はい」
「でも、簡単に落とせなくてムカついてた」
「はい」
「何事も計算して腹黒い」
「はい」
「ずっと好きでした。これからも俺の傍に居てください」
「はい」
………………………………………ん?
「………………へっ?」
「おっ!」
「ほほう!」
ヤバイ……なんだ今のは!
「あらあら、なぁ、イーサム~。今の聞いたか?」
「おやおや、聞いたぞい~」
俺とイーサムが近所のおばちゃん状態で「あらあら」「おやおや」で顔のニヤけが止まらん。
「ニニニニニニトトトトトくくん、なななな、いまままままああああ」
ちゃんとした言語でお願いしますと言いたいところだが、目から頭から、汗やら涙やら色々な汁を垂れ流して、可愛らしさの欠片もない顔芸を披露してしまっているほど、フィアリは錯乱状態。
だが、無理もねえな。俺も一瞬、ビクッとしちまった。
「…………………………」
「ニート君?」
「……ひゃの! う、あのっ!」
「なにそれ、混乱して言葉を噛んでる私は可愛いアピール?」
「そそそ、ううなあことじゃ、あの、いいい、今ッ! 今ッ! 今……なんて?」
「……………」
「……………ほ、本当ですか?」
目が隠れてる根暗な目隠れ小僧。肌も真っ白な引きこもり。なのに、そっけない態度を取りながらも、その顔がスゲー真っ赤になってやがる。
「ニート君、ああ、あのあの、あの……その、へ、返事をですね~……」
「……ああ……ワリ、嘘なんで」
「はへ?」
「いや、仕返し……」
「……そんな顔を真っ赤にしてですか!? ちなみに、嘘ってどっちがですか!? 告白が嘘ですか!? 嘘って言ったことが嘘ですか!?」
「……………」
「じゃあ、あの、もう一回! あの、もう一回! 大丈夫ですから! 絶対に断らないのでもう一回、って、もうこれ私からコクッてもいいですか? 私から言っても成功しますね? 告白ですか? いいですか? いや、もう返事ですよね! 先に返事ですよね!」
なんなんだ、この甘酸っぱすぎるラブコメ。つうか、ニート、お前、やるもんだな。
「もう、いいですよね! 告白されたということで返事ルートいっちゃいますね! ふ、不束者ですが末永く可愛がってください……ひゃっふうううう! 言っちゃいました~照れ之介さんでした♪」
「……やっぱ、なんかちょっとイラっとくるんで」
「うううううう、ニートくううううんん! うあああああ、ニート君!」
「いや、待て待て、飛びついてくるな、鼻水つけるな、涙飛び散らすな、口つけてくるな!」
「うばああああああ、ああああああ、ああああああああ、あああああああ!」
ったく、中学生かよこいつら。
でも、なんだろうな。
俺もひねくれ度に関しては相当なものだと思っていたのに、なんだか微笑んじまうな。
「んで、こんな中学生みたいな甘酸っぱいラブコメに対して、なんで俺は……」
「えへ、えへへへ、赤ちゃん~、ううう、えへへ、えへへ。ぜったい他の奴らより可愛い~でへへ~、婿~、いってらっしゃいのチューしよ~」
「ありがとう、ヴェルト……この子を認知してくれて……えっ、い、今から? だ、ダメ、ヴェルト、子供の前で……あ♡」
なんで俺はこんな重くてドロドロな昼ドラなんだよ。
淫猥な夢の中から未だに抜け出せていない、お姫様二人を見て、ドッとため息が出た。
そして……
「あっ、そうだ、そこのバカップル」
「うひゃあ、かか、カップル! ニートくん、とうとう私たちカップルですよ! こ・い・の・ひ・と・の・く・み・あ・わ・せ・で・す!」
「ッ、な、なんすか……?」
カップル呼びに照れまくる初々しい二人。
だが、その表情は次の瞬間、凍りついて固まることになる。
「お前らさ、前世の名前は何て言うんだ?」
「「…………………………はっ?」」
これはこれで予想通りの顔。
ポカンとした表情で数秒間固まり、大抵はそこからガタガタ震えて歯をガチガチさせる。
「あああののののあ、え、あの、のの、えっと」
「……ちょ、待って欲しいんで、数秒時間ください」
おー、そうだよその反応だよ。そういえば、アウリーガ以来かな?
「え~~~~っと、すみません、あなた……『そう』なんですか?」
「そうなんです」
「いつから俺たちに気づいてたんすか?」
「フィアリが、いつニートを好きになったあたりのくだりでな。『ああ、こいつら、そうなんだ』って思った」
二年前から始まり、二年後にジャックと再会し、アウリーガと出会い、そして今日……
「いや、い、あの、ちょっと待ってくれ……あんた、不良すね?」
「おお」
「……クラスメートで不良は三人ぐらいしか思いつかないというか……」
ニートが頭抱えながらブツブツ言いだし、その横でフィアリが俺を指差して声を上げた。
「アアーーーーーッ! ちょ、うそですよね? えっと、なんででしょう、私、あなたの名前聞いてないのに、多分正体分かっちゃいましたよ!」
「あ、あの、三人の不良のうち、二人は……関西弁とヘンテコイングリッシュな喋り方だし……となると……う~~~~~~わ~~~~~」
おっ、すげーなこいつら。俺の正体をどうやら名乗る前に気づいたようだ。
つっても、俺はこいつらのことは良く分からねえけど名前を聞けば……………
「……あの……私……
「あ~~~、居たな~、確か読モとかで、よく雑誌に載ってた奴だっけ?」
「お、お、おおおお~~それです! って、あの~、例の修学旅行で同じ班だったんですけど、そこは覚えてないんですか~?」
「ん? そうだっけ?」
いや、そこは覚えてないな。神乃と同じ班じゃなかったから、どのタイミングで告るかしか、あの時は考えてなかったし。
となると、ニートの方は……
「俺は、
「…………………」
「?」
「…………………」
「?」
「ソウカ、ドカイな。ドカイくんか。とりあえず久しぶりだな、ドカイシオンくん」
「……あんた、ゼッテー俺のこと覚えてな……いや、あんた、俺の過去話とかトラウマ聞いてて、よくもまあ、あんなボロクソ言えたもんだな」
後で、例の名簿をもう一度見とくか。ドカイシオン……ドカイシオン……ハテ?
「おう、なんじゃなんじゃ、おぬしら顔見知りか? 小僧」
「ん~……まあ、色々とな。とりあえず、ここからさっさと出ようぜ。何だかんだでロスしちまったし」
とにかく、地底世界は色々とメチャクチャになっちまったが、ここは無事で良かった。
まだ、感動の再会とまではいかないが、少しはホッとした感じだ。
「んで、念のため確認すけど……」
「あの~……あなた、朝倉リューマくんですか?」
ん?
「おお、そうだ」
「「やっぱり……」」
何だかジト目で俺の名前を確認しては、ため息をドッと吐いてるが、なんだよその反応は。
俺、別にお前らに何か恨まれるようなこともしたことねえし、特に前世で絡んだこともねえのに。
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