第367話 土下座

「ぐわはははは、モグラ共………これまで地面の下で引きこもっておったネクラ共よ……ワシを唸らせる域には達しておらんのう!」


 もう、どっちが敵で、どっちが味方の怒号か分からない。


「やろう、ブチ殺してやる!」

「かかってこいよ、この三下共が!」

「やんのか、コラァ!」

「上等だボケ共が!」

「一撃必殺の攻撃に惑わされるな! 振りも大きい!」

「螺旋以外は生身だ。ちゃんと狙え!」


 美しい天使たちで構成されていた天空族とは打って変わり、男臭さが漂う地低族たちのガラは悪い。

 だが、そのおかげで、何の遠慮もなくぶちのめせるわけなんだが。


「なんだこいつら、かなり強いぞ!」

「ええい、怯むな! 所詮は低レベルの駄作!」

「そうだ。この命、『ゴッドリラー』様に捧げよ!」


 所詮、ネタバレしちまえば恐ることはねえ。現に夜襲なんてマネしてきたくせに、地底族共はこっちの強さに慌てている様子が手に取るように分かる。

 威勢いいが、相手が悪かったな。


「何名か生け捕りにせよ! 敵の情報を吐かせるのじゃ! 目の前の敵のみでなく、足元を常に警戒せよ!」

「了解しました、バルナンド参謀!」

「く~、やっぱ、大ジジ師匠の指示は、局長より的確で戦いやすいぜ!」


 奇襲さえ回避すれば、肉弾戦なら世界最強の亜人たちだ。

 仰々しいドリルを突き立てようとも、亜人の素早い動きに翻弄されて、地底族たちが次々に倒れていく。

 あと気をつけるとしたら精々……


「ほほう。さすがに太古より戦い続けてきただけあり、やるではないか。地上の生物も。まあ、並みのレベルだがな」

「ん? なんじゃい、若造」


 こういう集団の中に必ず何人かは居るだろう、まだ見ぬ強豪だ。

 天空族にリガンティナやエルジェラ、そして戦乙女たちが居るように、

 地底族にも、ランクの違うやつ等ぐらいは居るだろう。

 問題は、そいつらがどの程度のもんなのか。


「ここは……」

「………俺たちが」

「…………………見せてやろう」


 頭に手ぬぐい巻いた、大柄、細身、小柄と三階段で並ぶ男たちがゆっくりとイーサムに近づいていってる。

 大柄の男は、両手の指が全て指サイズのドリルとなっており、細身の男は両肩にドリルが乗っかっており、小柄の男は背中に甲羅のようなドリルを背負っている。

 男臭漂うそいつらは、タンクトップ姿で工事現場に居そうな容貌だ。

 そして、只者ではないのか、多くの地底族たちが歓声を上げた。



「おお! 『地底王国アンダーランド』、『オクソコ区』の三人集だ!」


「三人力を合わせれば、将来は『ゴッドリラー』様の最強配下、『螺旋五槍』にも匹敵するかもしれないといわれている、裏地区の暴れん坊!」



 このとき、俺はある予感が胸を過ぎった。

 いや、もはや予感と言うよりは予知に近い。

 地底族たちが、イーサムに近づく三人を、知らない単語でいかにも凄そうに自己紹介しているが、それは全て『フラグ』だと。



「どれ、この俺たちが相手をしてや―――――」


「うるさいわいっ!」


「「「ッッ!!??」」」



 そう、『秒殺フラグ』。

 あのさ、世界最強の五人ってのは、自信満々な敵を秒殺しなくちゃいけないのか?

 なんか、やけに凄みのある表情で、「遊んでやろうか」的な空気を出していた誰かさんたちが、イーサムに一瞬でぶった切られた。



「くくくくく、つまらん……世界をハメたと聞いたが、つまらんな。つまらんわぁ!」



 ここまで来ると、コスモスのことを抜きにすれば相手が気の毒すぎる。

 イーサムの言うとおり、いかに地底族が種族的に優れたものであろうとも、この広い地上で戦に明け暮れて歴史を作り上げてきたイーサムたちに勝てるはずがねえ。


「な……バカな! あの三人が!」

「ば、ばけもんだ!」

「くそ、怯むな! 所詮は単細胞な駄作。身体能力がどれだけ優れていようとも、至高の存在である我らの方が上だ!」

「魂を螺旋に捧げよ!」

「捧げよッ!」


 顔面を蒼白させるも、無駄な抵抗を見せる地底族たちだが、哀れにも既に形勢は決まったと言ってもいい。

 亜人たちに囲まれ、斬られ、そして次々と捕獲されていっている。



「工夫がない夜襲だったが。まっ、どうやら決まりのようだな」



 俺は全体を見渡して、勝利を確信した。

 すると、その時だった。



「………………コソコソ………」



 ん?

 敵とはいえ、既に形成が決まったとはいえ、ほとんどの地底族が無駄な足掻きを見せて果敢に戦っている中で、一人の地底族がコソコソ乱戦から離れようとしているのが見えた。

 そいつは土まみれではあるが、返り血等は一切浴びておらず、まるで戦っている様子はない。

 いかにも、存在感を消して逃げようとしているのが良く分かる。



「くははははは、テメエらから来たクセに、何を勝手に逃げようとしてやがる!」



 逃げたきゃ逃げればいいと思う反面、何だかセコそうな行動しているのが気に食わなかった。

 俺は、嫌がらせの意味も込めて、コッソリ逃げようとする奴に照準を定めた。


「ふわふわ回収!」

「ッ!」


 その地底族は、驚いたように体を大きく揺らして抗おうとするも、俺の力を振り払えなかったようだ。

 体をジタバタさせて暴れるも、そいつは宙を浮かび、戦場の上空を移動しながら俺の目の前まで運ばれて地面を転がった。


「くはははははは、よう。逃げるなら、人の娘を返してからにしてもらおうか?」


 地底族たちが纏っているボロボロのマントとフードで表情は見えないが、びくついているのがよく分かる。

 俺がそいつに向かって恐怖を煽るように告げると、次の瞬間、そいつはマントを外し、ありえない行動を取った。 

 それは、いかにもめんどくさそうな、気だるげな声で……



「あ~、その、なんだ? すんません。いや、マジ、調子こいてました。靴でもゲロでも喜んで舐めますんで、どうか命だけは勘弁してください」



 DOGEZA。イーサム相手ならいざ知らず、俺に向かって土下座?

 しかもこの土下座は、ものすごい違和感がある。

 それは、まるで感情も心も篭っていないからだ。必死さも何も伝わらない。

 目の前で土下座する男は、いかにも「めんどくせえ」「はやく帰りたい」的なやっつけ感のある棒読みだったからだ、

 そして……


「いや、マジで強制参加で逆らえなかったんで、ほんと勘弁してください」


 マントを剥ぎ、素顔を晒したその男を見て、俺は少し驚いた。


「……お前……地底族……だよな?」


 地底族。それは間違いない。だって、右腕の手首より先がドリルだから。

 でも、俺が思わずそう聞いてしまうほど、そいつは普通の地底族とは違った。

 それは、地底族のほとんどは、体のどこかの部位がドリルであると同時に、共通して口にはドリルのような嘴がついている。

 しかし、こいつにはそれがない。ふつうの人間と同じ唇、色白の肌、耳もほとんど人間。

 黒髪で長さは普通なんだが、前髪が目に掛かる感じで目が見えない。こういうの、確か『メカクレ』って聞いたことがある。

 そう、右腕を除けば、ほとんど人間の姿だったからだ。


「地底族は嘴の他に、体の一部がドリルだったりだが……テメエ、ツラは普通の人間だが、右腕はドリル……一応地底族か?」

「あっ、俺は地底族のハーフなんで。アホなオヤジが人間の女とデキちゃった婚で生まれたのが俺なんで。でも俺はハーフなんで結構煙たがられてるんで。普段地底族として認識されていないようなやつなんで、むしろこういうタイミングで地底族扱いマジ勘弁して欲しいんで」

「ハーフか……こりゃまたややこしいのが……でも、テメエも地底族の一員なら、状況分かってんだろ?」

「あっ、俺はハブられてるんで、よく分かんないんで。あいつら、地上の生命を駄作だどうのこうの言ってるんで、人間の血を引く俺は半端な駄作なまであるんで。なのに、今回の襲撃に参加しないと、住居没収するとか退学とか言われてるんで、仕方なく参加しました。ほんとマジごめんなさい」


 口調はめんどくさそうだが、嘘を言っているようには見えねえな。つうか、やけに自虐的でもあるな。

 いや、つうか、お前の種族はみんな戦って……

 そんな時、俺の目の前で土下座するこいつの姿を見た、他の地底族が一斉に声を上げた。


「テメエ! 駄作に土下座とか、何を恥曝しなことをやってやがる、『ニート』!」

「半端な駄作が……魂すら腐ってやがる、この出来損ないが!」

「ゴッドリラー様に捧げたこの螺旋を穢す、愚か者がッ!」


 なんかスゲー言われよう。まあ、みんなで命かけて頑張りましょうなんて光景で、一人だけ土下座して命乞いとかするとそうなるんだろうけどな。

 すると、俺に頭を下げていた目の前の地底族、『ニート』と呼ばれた男は顔を上げて、普通に反論しやがった。



「何を言う。そもそも、俺が命がけで戦っても半端物扱いの評価は変わらないのに、何で命がけで戦う必要がある。そして仮に俺が何かやって評価が上がるのだとしても、俺は命を懸けてまで自分の評価を覆したいとは思っていないんで。まず、命は非常に大切なものなんで。いや、これマジで。生涯食っちゃ寝を繰り返して孤独死するのが俺の人生設計なんで、マジ勘弁してください」


「なっ………貴様、駄作共に荒らされるこの世界の危機に開き直ると言うのか!」


「違う、俺は何も悪くない。戦争が悪い。世界が悪い。時代が悪い。っていうか、あれだ。普段は俺に優しくない世界なんだから、別にピンチだからって助ける義理はないんで。まあ、俺も悪いならもう悪くていいから、それでも俺はあえて言う。死ぬのマジ勘弁なんで」 



 これは何とも、珍しいタイプだな。種族がどうというより、性格的にな。

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