第347話 聖母

 つか、それはねえよ……いや、未遂まではあったけど、俺はまだ童貞だし……


「ベリーバットだ」

「おい……それはないだろ……私はチューだけなのに、妊娠とか……」

「ないです。それはあんまりです、アルーシャさん」

「うわ~、あたしでも引くわ~、アルーシャまぢ引くわ~」

「おい……あの青ゴミ女、頭おかしいのか?」

「ないね。お兄ちゃんとのことを捏造するとは、失望したね」

「ないやろ。つか、嘘とはいえ、何だかんだで一番ヤバイのぶち込みおったで」


 白けた顔で「ねえよ」とツッコミ入れる仲間たち。


「パナイないわ」

「ないね。最低だね、アルーシャちゃん」

 

 敵であるマッキーとマニーからも軽蔑されながら…………



「―――――――――――――――――――――!」



 しかし、それでもフォルナにはトドメの一撃。正に完膚なきまで息の根を止める攻撃だった。

 たとえ「本当にそんなことはない」としても、それでもフォルナが知らない空白の期間を過ごしたり、さっきも逆プロポーズをされたりと、「本当にそうかもしれない」とフォルナに思わせるには十分な話だったからだ。

 そして、暗黒の雷が今、世界に広がった。



「暗黒天地雷鳴世界ッッッッ!!!!」


「月光眼倍返し」



 月光眼によって、ママンが弾かれて射程圏外に。だが、突き進む雷球は弾かれない!

 その闇は、斥力という絶対防御を正面から貫き、十メートル越えの巨大なヴェンバイの全身を軽々全て包み込み、積乱雲の中に覆われて何度も響く雷のように、目に見えず音のみが響き渡った。



「や…………やったのか?」



 あれを食らって耐えられる生物がこの世に存在するとも思えない。

 だが、やがて雷轟が鳴り止み、闇が少しずつ晴れていくと、そこには、ヴェンバイが立っていた。


「げっ!」

「嘘でしょ、あれをまともに受けて?

「アカン、化物や…………」


 これでも倒せなかったって言うのか? その現実に思わず俺たちが絶望しかけた。

 だが、闇が完全に晴れていき、あることに気づいた。


「右腕が…………ない」


 そう、弩級魔王ヴェンバイの右腕が消滅していた。


「…………パナ…………」

「うそ~~~~、ヴぇ、ヴェンちゃんがっ! えええええっ!」


 全身を赤黒く染め、痛々しい傷跡を刻み、そしてついには決定的なダメージを確かに刻んでいた。


「つっても、どうだかな。あんだけやって、右腕一本だけと捉えるか、それともついに右腕をと捉えるべきか…………」


 だが、俺のそんな言葉に対して、キシンは即答した。


「後者だヴェルト。幾多の時代と戦争を作り続けてきた、弩級魔王ヴェンバイの右腕をついに奪い取った。歴史的快挙だ…………ブラボーだ。プリンセス・フォルナ」


 そう、快挙だ。

 この絶望の中、その世紀の大偉業を成し遂げたフォルナ・エルファーシアの存在は…………



「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」」」」」



 正に、世界同盟の金色の希望として、大歓声に包まれた。


「まあ、あまりにも酷すぎるプロセスだが、まあ、いいんじゃねえの?」

「ああ、これからや! まだまだ負けへんで!」

「フォルナがあれほど心を痛めたのだからな、負けてられん」

「ええ。必ず、乗り越えてみせます!」


 正直な話、戦況は未だピンチなことには変わりない。

 ママンは思わず弾かれたたことによって、ノーダメージだし、ヴェンバイもまだ戦えそうだ。

 しかし、それでも俺たちには大きく流れを変える瞬間だったと間違いなく言える。

 いつまでも傍観してるわけにはいかねえと、俺たちの心に熱いものが滾った。

 


「ほう、良い頃合だな」



 すると、その時だった。



「本当はもう少し温存しておきたかったが、そうも言っていられないようなので、少し乱暴な手を使わせてもらうぞ。マニー……そしてラブよ」



 その時、ずっとこの場で無言で、タイラーたちが痛めつけられても割って入らなかった、あいつが口を開いた。


「テメエは!」

「また会ったな、ヴェルト・ジーハ。余計なことはするなと言ったはずだが…………」


 聖騎士のヴォルドだった。つか、こいつ今までどこに?

 すると……


「まあ、いい。うまい具合に足止めしてもらったようだしな。ここは何も言うまい。後は、正義のため、人類のため、平和のため、今一度、この者の力を使ってもらうだけだ」


 現れたヴォルドはゆっくりと何かを押しながら歩いていた。

 それは、この激しい戦争の中では最も不相応なもの。


「………車椅子?」


 そう、車椅子だ。ゆっくりと、揺らさないように丁寧に少しずつ押して、そいつは現れた。


「あ………」

「ワッツ?」

「ぬぬっ!」

「なんとっ!」


 その時、アルーシャ、キシン、カー君、バルナンドが何か反応を見せた。

 それは、ヴォルドではなく、ヴォルドが押す車椅子に乗る人物。


「………ん~…………」


 その人物がゆっくり顔を上げた瞬間、俺は全身に鳥肌が立った。


「な……げっ………」


 それは、一言で言うなら、老人という言葉では言い表せないほど衰えた生物。

 もはや、全身の水分を失ったミイラのようにも見える。

 このクソ熱い砂漠の中でも日よけのために、ふちの付いた柔らかそうな白い帽子を被り、その首元にはベージュのマフラー。

 開いてるのか分からないほど薄っすらとした目には、普通のメガネ。

 だが、やはり気になるのはその生きてるのか死んでるのか分からない姿。

 そのお菓子よりも脆そうで細い腕や首、足など、軽くつまむだけで折れそうだ。

 一体、このスーパー老人は何者?


「あ~…………ッ!」


 うおっ、ビックリした!

 老人は、いきなり目をカッと力強く開いた。

 そして……



「ふがっ! ふがはむはむはむ」



 …………………………………………?


「入れ歯を付けろ」

「ふが?」


 ヴォルドが入れ歯を差し出して、それを装着しだした。

 なんなんだ?

 すると、アルーシャが……


「カ…………カイレ様…………」


 ワオ。


「ヒュ~これは、アンビリーバブル……560歳、生身の人類史上最年長にして人類大陸最強……聖騎士の一人、聖母カイレ……」


 なんか、すっごいのが出てきた。

 更に……


「ふふ……いかに駆動しようとも、物質である以上、創造の紋章眼の前には無力……それでもかなり力を使うが……」


 カラクリモンスターたちを強引にかき集めて、無理やり丸めて固めてボール上にしたものを落とし、好戦的な笑みを浮かべた天使まで降臨。


「さっきの花火は見事だったぞ、フォルナ姫。さあ、マニーとやら。お人形遊びにしては、おいたが過ぎるではないか。お仕置きの覚悟は出来ているかな?」

「お姉さまッ!」


 リガンティナッ! こいつ、自力で群がるカラクリモンスターをブチ破り、ここまで来やがったのか!



「ありゃ、ありゃ、ありゃ! も~~~~、フォルナちゃんといい、カイレおばーちゃんも、リガンティナ皇女も空気読めな過ぎ! ラブ~、こういうときは何て言うんだっけ?」


「KY」


「そう、ケーワイなんだから! なにさなにさ~、みんなマニーのこと全然知らないくせに、そんな私が間違ってるみたいに怒らないでよね! それとも教えてあげよっか? マニーの過去のこと。そうすれば少しぐらい理解してくれるかな?」



 そして、人類の誇る黄金のお姫様は、発散してもなお収まらない複雑な感情を抱えたまま、ゆっくりと顔をあげて一言言う。



「ふ~~~~~~~…………結構ですわ。ワタクシ、興味ありませんわ」



 全ての怒りを大発散し、しかしそれでも俺と一切目を合わそうとしないながらも、そう言うフォルナに、ほんの少しだけ俺の頬は緩んだ。

 とりあえず、総力戦になってきたな。

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