第343話 絶体絶命からの光

「ヒュ~……こんな形でミスターヴェンバイと会うとは……」

「どうだゾウ? 勝てるか? キシン……」

「……ムリだ……本来であれば、ベストコンディションでも勝てるかどうかの相手を、こんなバッドコンディションでは……それに、今は……」

「そうだゾウ。まさか、ユーバメンシュまで………」


 あのキシンが、引きつった笑みを浮かべながら、一筋の汗をかいている。

 分かってるんだ。この状況、俺たちは絶望的なまでに追い詰められているということを。

 そして……


「それに~、ジャレンガ王子とヴェルト君たちで、聖騎士やロア王子を消耗させてくれて……も~ここまで出来ちゃうなんて、マニー凄い凄い!」


 気づけば、空より何かがユラユラと落ちてきた。

 それは、全身を赤く腫らし、多くの銃弾を浴びて虫の息となっている……


「タイラーッ!」


 そして、秒殺された聖騎士にキモーメンの親父!


「大臣………ッ、に、兄さんッ!」


 そして上空には、ピクリとも動かず、ロアはカラクリドラゴンに咥えられていた。


「うふふふふふ、あははははははは、あははははははははは! すごいよ、マニーの時代だよ! もう、マニーなんだもん! マニーの世界だもん!」


 なんてことだよ。俺は思わず砂を握り締め、地面を叩いていた。

 これまで、死に掛けたことも追い詰められたこともあった。

 しかし、それは全て二年前の話だ。

 監獄から脱獄し、頼もしすぎる仲間と出会ってからは、何も恐れるものはなくなっていた。

 しかし今、こうして一つ一つ絶望を俺たちの前に出され、ようやく実感してきた。


「クソが…………」


 俺たちは追い詰められている。


「さあ、カラクリファミリー、ユーちゃん、ヴェンちゃん、みんなで懲らしめてあげなさーい!」


 くそ、何てことだ!

 周りをカラクリモンスターが蹂躙し、そこに四獅天亜人と最強魔王かよ。

 おまけに、周囲はナパームで炎上して包囲され、さらに俺らも人類大連合軍も天空族も激戦の連続で既に疲弊しきっている。


「どっかーん」


 その時、宙に浮いていたマニーが急降下。

 瀕死で息も絶え絶えのタイラーの体を踏みつけた。


「ぐわああああああああああ」

「あは、あは、えへへへへへ、まだ元気だね、タイラ~」

「ッ………マニー………」


 踏みつけ、罵倒し、さらにその足で傷口を抉るように更に痛めつけてやがる。


「やめろ、このサイコ女ッ!」

「え~? ヴェルト君がどうしてタイラー庇うの? タイラーの所為で全て失ったのに、どうしてどうして?」

「うるせーよ、それもこれも全ては俺たちの問題だ。テメエには関係ねえ」

「かんけ~? あるよ~。だって、私だってタイラーたちの魔法で、ぜ~んぶ忘れられちゃったんだから」


 その話は、聞いたことがあった。

 スモーキーアイランドで、マニーの過去をほんの少しだけ。



「ひどいよね~、私の意志なんて関係無しだもん。神族を復活させるための『代行者』としての力に目覚めて、それ以降はもうマニーの存在なんてなくなっちゃったんだもん! タイラーたちは言うんだよ? 私の力を知る者たちから、私を守るためだって! 私を守るために私の存在を世界から消したんだよ? 私を守るために、私には死んだ人生を歩ませるんだよ、何なのソレ!」



 壊れたような笑いは明確な怒りと殺意が込められている。



「マニーには何も無かった……抜け出して城に戻っても、みんな誰もマニーのことを覚えてないの。それどころか、私と違って自分の意志で家出した『クロニアお姉ちゃん』のことが心配とか話をしてるんだよ? ねえ、そんな世界を何でマニーが守らなくちゃいけないの? 正義と世界はマニーに何をしてくれたの?」



 俺には結局「皆」が出来た。そして何よりも、俺を覚えてくれている奴も居た。だから、耐えられた。



「全部壊れちゃえ………こんな世界……壊れちゃえ……」



 底知れねえ恨み。世界と正義そのものに対する途方も無い憎しみ。



「でもね、タイラーとヴォルドはラブを私に出会わせてくれた。それは感謝だよ。ラブと出会えたから……今の私は一人じゃない……『ピース』ちゃんが居る……そして、ラブもそれを知って受け入れてくれたの」



 俺と同じ魔法の犠牲者でありながら、見てきた地獄は恐らく俺には理解できねえほどのものだろう。



「だからタイラーは、これから先の絶望に苦しまないように、今、楽にしてあげるね♪ でも、ヴォルドはダメ。感謝もあるけど、ヴォルドは大嫌い。だから、苦しんで苦しんで苦しめばいいの……そして、ヴェルトくんもね!」



 その時、もう一度マニーはタイラーを力強く踏みつけた。


「マニー姫…………」

「もう、ダメダメ~、姫なんてよんじゃだめ~! えいっ!」

「ッッ………ぐっ……」


 しかし苦しみ悶えながらも、タイラーの表情は、それを拒む様子は見せていなかった。 

 まるで、こうなることは、覚悟していたかのように。



「……こうなることは……私は……あなたと……ヴェルトになら殺されてもいいと……いや、ヴェルトの友でもあるキシンもそうなのかもしれないな……」


「あは………うん、じゃあ、死んじゃおっか♪ えいえいえい!」


「つううううっ! ぐっ………」



 くそ、見るに耐えねえ。


「タイラー! クソが……ッ!」

「動いちゃメメメメメメ~~~、メッだよ!」


 その時、俺の周囲を覆うような巨大な影が現れた。

 見上げると、そこには黒い天井。いや、それは靴だ。


「えっ………しまっ!」


 俺を踏み潰そうとする魔王ヴェンバイの……


「ゴミヴェルトッ!」

「ユズリハッ!」


 あっぶね~、あと数秒ユズリハの助けが遅れてたらペシャンコだった!

 大地に浮かび上がる巨大な足跡を見ると戦慄する。

 だが、これは現実だ。動かなきゃ殺られる!


「ちっ、マジかよ………んの、ふわふわレーザー!」

「私のゴミヴェルトに勝手に触るな! 竜王砲ッ!」


 俺とユズリハの同時攻撃。

 しかし、俺たちはすっかり忘れていた。

 今、見せられたばかりなのに、ヴァンパイアの王が持つ力を。



「月光眼倍返し」



 引力と斥力を自在に操る特殊能力。

 満月を描いた瞳が輝いた瞬間、俺たちの放った攻撃が、それ以上の威力となって返ってきやがった!


「ちょっ、やべ、避けろユズリハッ!」

「~~~~~っ!」


 俺たちの技の威力とは思えねえ程の巨大なクレーター。

 って、ちょっと待てよ。俺たちの持つ技の中でもそれなりの力の技を、こうも苦もなく返されるのか?

 触れねえどころか、近づくこともできねえのか?

 それでいて、この質量差。相手の攻撃を喰らってもアウトだ。



「アカン、ジャレンガはんと同じ眼や! 全員、止まったらアカン! もし引力で引き寄せられでもしたらひとたまりもないで!」


「冗談じゃないわ! どうして伝説がこうもポンポン出てくるというのよ!」



 本当にその通りだよ。

 俺はユズリハの背に乗りながら、ヴェンバイに捕らえられねえように周囲を素早く旋回。

 どこかで逆転の手立てを考えねえと、マジで俺たちは………




「螺旋回廊」




 その時、突如砂漠の中から現れた巨大な螺旋の山が、ユズリハの胴を貫いた。


「えっ………………」

「あっ………あ、あう………」

「ユ………ユズリハーーーーっ!」


 竜化したユズリハの胴を抉るように伸びた巨大ドリル。

 貫通したドリルが俺の真横に顔を出し、噴水のようにユズリハの血が飛び散った。


「なっ、あ、ユズリハッ!」

「………い、あ、ああああああ、い、いた、い、いたい、いたい!」


 当たり前だ。あまりの激痛にユズリハの竜化が解け、涙が溢れている。

 

「エルジェラーーっ!」

「ユズリハさん! ヴェルト様、ユズリハさんを!」

「ユズリハ……おどれら……ッ! しばいたるわコラァァァァァァッ!」


 何が起こった? 血に染まったユズリハを抱きかかえながら降りると、その時、俺たちの周りの砂漠の至るところから、再び奴らが現れやがった。



「アハハハハハハハハハハハハハ! まさか、全員帰ってたと思ったの~?」



 マニーの言うとおり、帰ったと思っていた。

 だが、違う。こいつら、潜んでいただけだったんだ!


「地底族ッ!」

「こいつら、こいつら~ッ!」


 俺たちの周りを取り囲み、威嚇するように腕のドリルを勢いよく回しながら、現れた二十人程度の地底族は口を開いた。


「ふん、哀れな駄作どもが。唆される天空族も同じ。所詮は地上の空気に毒されて、劣化したか」


 ブチッと、俺たちの中で何かがキレた。



「何をおっしゃっているのか理解できません! ですが、コスモスを返してください! あの子は今、どこですか!」


「既に我らの同胞が、丁重に我らの世界に送っているところ。なに、心配するな、殺しはせん。少し使わせてもらうだけだ」


「やめてください! あの子を巻き込まないでください! あの子は何も関係ないはずです!」


「それはできんな、天空族の女。奇妙なことに、駄作の娘は駄作ではないのでな。お前たちの手元に置くことのほうが危険。それに、これはお前たち地上の世界が先に企んだ戦争だ。恨むのは筋違いという――――――」



 その時、そう言おうとした地底族の顔面がアイアンクローで締め付けられた。


「何も知らん子供攫うような奴らに、筋を語る資格はないで、この外道どもッ!」

「ぐぎゃあああああああああああ!」

「おどれら、皆殺しやッ!」


 ジャックッ! ユズリハを傷つけられ、既に怒りを通り越してブチ切れている。

 だが、全くもってその通りだ。


「ああ、テメェら、ブチ殺してやる!」


 ぶっ殺してでもコスモスを奪い返す。筋? そんなもん、知ったことかよ!

 だが………


「マジックガトリング発動」


 その俺たちの動こうとする足を上空から何発もの弾丸で撃ち抜かれた。


「グアアアアアア!」

「ッ、て、テメェらっ!」


 熱い! 撃ち抜かれた足は、沸騰するほどの熱を帯びて俺たちを苦しめ、俺たちの足は俺たちの意思に反してピクリとも動かず俺たちは砂漠に倒れ込んだ。


「ヴェルト、ジャック………ッ! 貴様らッ!」

「よくもお兄ちゃんとジャックを!」

「ヴェルト………様………ああ………あ………」

「な、んてことなの………こんな所で………」


 それは、怒りと同時に、絶望的な現実を思い知らされた。

 周りと大地の下から取り囲む、地底族。

 上空を包囲するカラクリモンスター。

 その背には、伝説の魔王と四獅天亜人。



「エヘヘヘヘヘ、どうかな~、ヴェルト君。マニーのこと、ラクショーとか思ってなかった?」



 ダメだ、さっきの傷もまだ全然………目が………霞む………コスモス………


「おバカなヴェルト君。君は牢屋に入ってれば本当は安全だったのにね……でも……もう終わりだよッ! ヴェンちゃん踏み潰しちゃえ!」

 

 ああ……何で……何で……何で!


「いや……ヴェルト様ッ!」

「ダメ! 誰か、ヴェルト君を!」

「避けろっ、ヴェルトッ! くそ、どけ、地底族! カラクリども!」

「お兄ちゃん!」


 仲間は遠い……地底族とカラクリモンスターに囲まれ……


「削除削除殲滅殲滅よん……レディ暴威不連怒!」

「ぐっ、ぬ、ぬ、ぬぐおおおおおお!」

「ミスターカイザー!」


 キシンたちも、今、ヤバイ状況だ。

 間に合わない。

 俺は今、潰される。そう思いかけた、その時だった。



「ヴェルトは絶対に、死なせませんわッ!」



 その時、眩い閃光が俺の目の前を駆け抜けて、その閃光が俺を連れ出し、ヴェンバイの踏み付けから逃れた。



「え………」



 俺は一瞬、何が起こったか分からなかった。

 だが、その閃光は、この世界ではこう呼ばれていた。



 

『金色の彗星』と。

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