第338話 誘拐

「ったく、マヂでなんなん? マヂでなんなん! さっきまで、ヴェルトとウラウラの結婚で盛り上がってたのに、何でこんなことになってんの、マヂで!」


 この中で、一番戦争とは程遠い世界に住んでいたアルテアは、ついに堪えきれなくなったのか激しく乱れた。


「落ち着いて、アルテアさん。この状況で動けるわけが無いでしょ。チーちゃんやヴェルト君が怪我で、それにマッキー君だって行方不明だし」

「でも~………もう、あたし、マヂで勘弁してよ~…………」


 無理も無い。

 誰だってこんな訳の分からない状況下に叩き落されたら「どうなってんだよ」「もういやだ」と思いたくなって当然だ。

 あそこに居る、あいつらだって、そう思い始めても仕方ねえかもしれねえ……

 こういうとき……空気を伝わって色んなものが伝わってくる俺のスキルには勘弁してもらいてえ。


「ぐあああああああああああああああああっ!」

「バーツッ! くっ、しっかり! ……あの礫のようなものが足を貫通して……サンヌ急いでバーツの治療を! バーツの部隊は僕が指揮する!」

「大変だ、シャウトッ! コーザ隊長、ヨウワ隊長、それに、スカー将軍が討ち死にした!」

「シップ、急いで援軍にッ……チェットッ、後ろッ!」

「ガルバ隊長は? フォルナ姫を抱えていたけど……」

「ダメ、はぐれちゃった。それに、こんな状況じゃ探せないよ」


 ああ、俺の幼馴染たちの声が頭の中に聞こえてくる。

 なのに、何で俺は動けねえ………


「くっそ、こいつら一体一体が硬すぎる……しかも、なんだよあの武器は! 一方的じゃねえか!」

「ドレミファ、負傷したヒューレに付いていろ。僕はもう一度隊を引き連れて暴れてくる! そこの二隊も僕に続いて! この炎上網を破り、脱出口を確保するんだ!」

「報告します、ソラシド様! レヴィラル様とギャンザ様が敵に包囲されています!」


 何とか戦えている。しかし、それは勝っている訳ではない。

 ミサイルを、マシンガンを、火炎放射を、常識外の武器を持ち、その巨体で暴れまわるモンスターたちは、人間や天空族なんかモノともしてねえ。


「早く豚共を雲に乗せろ! 地上で炎の壁から脱出できないのであれば、一人でも多く雲に乗せて脱出させろっ!」

「リガンティナ様、しかし敵の武器があまりにも強力で近づけず……」

「ええ~い、忌々しい。祠の遺産が、まさかこのような力を持っていたとは……私が直々に指揮を執る。付いて来い!」


 既に、勝つための戦いなんかじゃない。何とか逃げ延びるための戦いしか行われていない。

 だが、それでも火を噴く魔法銃火器類の脅威から逃れることは出来ず、既に世界同盟は半壊状態にある。


「まずい! 僕たちも急いで援護に! タイラー将軍、ガゼルグ将軍、オルバント大臣!」

「待つんだ、ロア王子! ここは私たちが出る。あなたに万が一のことがあれば、人類大連合軍は終わる」

「何を言っているんですか! ここで何かをしなければ、それこそ人類大連合軍が終わりです。仲間が傷つく光景を、黙って見ていられるはずがありません!」


 惨劇に楽しそうに宙で鼻歌を歌うマニーと向かい合う聖騎士、ロア、そしてヴォルドという黒頭巾。

 今ここで動かねば全てが滅んでしまうということを誰もが分かっているようだ。

 だが………


「えへへのへ~………いっかせないよ~?」

「ッ、どくんだ、マニーッ!」

「も~、せっかちさんだな~、ロアくんは。すぐに遊んであげるからさ」


 その行く手を阻むように、四体のカラクリドラゴンがマニーの背後に付いていた。


「マニー………既にそこまでコントロールできるか」

「ヴォルド~、安心してね、ヴォルドたちは殺さないよ? ヴォルドたちは、全てを後悔してもらうんだから。全てバカなあなたたちから始まったんだから」

「……ふん………小娘がよくもまあ………だが、そう上手くは行くかな?」

「ん~? ん? 何のこと~?」

「とぼけるな。いくらカラクリモンスターを操ったところで、人類を何千何万殺したところで、ロア王子とリガンティナ皇女を確保できると思うか?」


 戦争に勝てたとしても、欲しいモノが手に入るとは限らない。

 ロアが、そしてリガンティナが、二つの紋章眼をまとめて手に入れられるか?

 ヴォルドの試すかのような問いかけ。


「ぷっ、うふ、うふふふふふ、あははははははは、だからヴォルドは何も分かっていないんだよ。ううん、まだ知らなかったのかな? おっと、ぷぷぷぷぷ、まだ言っちゃダメなんだよね~」


 しかし、マニーはどこか笑いを堪えながら、それでも堪えきれずに笑った。


「これはね~、言えないな~、でもね、本当にマニーも驚いたんだ。ううん、多分世界の誰もが予想外だったんだろうね。世界が紋章眼という言葉で、ロアくん、リガンティナ皇女、お姉ちゃんの三人だけを想像するんだよね。なのに本当は………うぷぷぷぷぷっ!」


 何のことを? マニーは一体何を隠し、そのことで笑っているんだ?

 ヴォルドやロアたちもその答えが分からず、顔を顰めるだけだった。

 そして………


「さーて、それじゃあ、ロアくん。」

「ッ………………」

「誘拐しちゃうね♪」


 まるで遊びに行こうみたいなノリでとんでもないことを言い出すマニー。

 だが、それはふざけている訳でも、ハッタリでもねえ。

 俺は分かっている。

 過去にマニーに一度誘拐されたことがある身だから………

 

「ま、にーが……ガッ……ごほっ、がっ、あっ!」

「ヴェルト様、お願い、喋らないでください! 必ず、必ず私が死なせません! だから、ヴェルト様も!」


 ダメだ、やっぱり喋れねえ。

 俺にできることは、こうやって横たわり、戦場の至るところから伝わってくる状況を聞きながら、涙で腫らしたエルジェラの顔を見上げるだけだ。

 でも、どうにかしねえと。

 マニーの企みは分からねえが、マニーの能力は最悪だ。

 誘拐なんて一瞬で……誘拐?

 なんだ? なんだ、この感じる胸騒ぎは………


「むっ、何か来るゾウ!」

「はああ? また、敵? ちょ、もう勘弁してっての!」


 その時、何かが近づいてくる気配を感じ、皆がすかさず身構えた。

 すると………


「…………かはっ……」


 その時、空から何かが降ってきた。


「うおっ、びっくりした」


 目の前にドスンと落下したそれは、血まみれの……人……いや……!


「あなたは、ジャレンガ王子!」

「ッ、……ぐっ、がっ、……つう、う、うるさいよ? って、ダメだ…………もう動かないや」


 それは、既に竜化できないほど消耗してダメージが蓄積されたのか、ズタボロになったジャレンガだった。

 ということは……


「はは、ほんましんどかったわ。はは、またやろうな、ジャレンガはん」

「ジャックくん!」


 こっちは終わったってことか。

 こっちも既に竜化は解けており、喧嘩の終えた鼻血と青あざだらけの顔面ではあるが、それでもガキのように笑うジャックが少しの間をおいて砂漠に降り立った。

 つか、こいつら、この状況でも喧嘩してたのかよ!

 何も気づいていないのか、勝利を誇らしげに笑いながら、ジャックが仲間たちに振り返り、もう一度、歯を見せて笑った。


「はは、……って、うおお、ユズリハやないか、なんや、泣いとるんか? いや、また、ヴェルトに泣かされとんのか?」

「うう、兄……兄~……」

「ったく。にしてもや、へへ~、不思議な気分や。そこに居るんが宮本やろ?」

「木村くん…………」

「汚ギャルの備山やろ~?」

「は? って、汚ギャルってなんだし! あたし、マジ、未使用で超綺麗だから!」

「ほんで、委員長の綾瀬……って、委員長なにへこんでんねん。せっかく大好きなリューマとイチャつけるようなったんやからもっと笑わな。あんた、リューマの写真を生徒手帳に入れるぐらいベタ惚れやったやないか。教室に落ちてたあんたの生徒手帳拾って中身見たときは、マジびびったわ~。しかもその写真がクラスの集合写真を切り取って無理やりツーショットにするという、微笑ましいより、むしろ怖い♪」

「ちょっ、なんでそんなこと覚えてるのよっ! 忘れなさいって言ったじゃない! なんでそんなにおしゃべりなの? 関西人だから? って、今はそれどころじゃないんだから!」


 うわ~……アルーシャ重……前世だから時効? いや、なんか今もそこら辺は変わってない気もするが……



「ほんで、リューマやのうて……あ~、ヴェルトやな……って、ヴェルト、おま、どうしたんや! 死にそうやないか!」


「「「今頃気づいたか!」」」


「って、そういや、なんやねんあのケッタイなロボみたいなんは! 魔王軍の兵器かなんかか?」


「「「お前…………」」」



 何もかもを今更気づいたジャックに、もはや全員呆れて溜息つくばかり。

 まあ、無事でなによりだ……



「殲滅作戦継続」


「「「「「――――――――――――――ッ!」」」」」



 その時、一瞬和みかけていた空気が、再び緊張が走った。

 それは、さっき、カー君が鼻で締め壊したカラクリドラゴンが、砕かれたパーツが自然と集まっていき、修復されているからだ。


「はああっ? ちょ、なんやねん、コレ! きっしょくワル!」

「なんと、このガラクタ、再生能力まで持っているとは、驚きだゾウ!」


 粉々に踏み潰された、ガーゴイルやグリフォンは再生されていないが、比較的パーツが整った状態だったカラクリドラゴンが自動修復され、今にも動き出そうとしている。

 まだ終わらねえのか? そう思って、カー君たちが再び構えた。

 だが………



「ロッケンロールッ!」


「超振動波ッ!」



 次の瞬間、彗星のごとく現れた二つの存在により、修復されかけたカラクリドラゴンが粉々に粉砕されたのだった。


「おおおお、おおおおおおおっ!」


 その光景に一同目を丸くしながらも、ジャックだけは目を輝かせて大興奮。


「ヒュー、グッドタイミング」

「カイザー氏、残念だがこいつらは機内のコアを壊すか、バッテリーが切れるまで動き続ける。倒すなら徹底的に壊さないとダメだ」


 現れた二つの存在、それは………



「へい、カオスタイムでベリープロブレムだな。このシチュエーションはどういうことだ?」


「まさか、マニー姫がここで来るとは思わなかった。仕方がないが、ここは一時休戦といこう」



 お前らも、いつまで戦ってたんだよ! 

 互いに破れた服と、ボサボサの髪と汚れた体で爽やかに笑ってんじゃねえよ。

 まあ、戻ってきてくれて良かった。


「ああ、ルシフェルさん? 生きてたの?」

「はは、ジャレンガ氏は、あまりいい結果では無かったようだね?」

「ナハハハハハハハハハハハハハハ! ミルコ~、熱い登場するやんけ! いいや……キシン!」

「おお、ジャッ………ク? ん? YOUはジャック………なのか? どこか雰囲気がさっきまでとは………いや、ミーを……ミルコ? ッッ!!」


 キシンとルシフェル。

 俺たちの知らないところでどれだけの激戦を繰り広げていたのかは知らねえが、とりあえず切り上げて来てくれたようだ。

 そのことに、カー君含めて全員がホッと息をなで下ろした。


「キシンくん、無事でよかったわ。本当はこのままジャック君の記憶を含めて談笑したいところだけど」

「ああ、ミーもアメージングだ。ミスター・ルシフェル。YOUはどうしてこうなったかアンダースタンドか?」

「勿論だ。だが、とりあえず、今はこの状況をどうにかしてからにしよう。ネフェルティ氏たちも既に民を避難させ、国を放棄しているだろう。話は落ち着いてからにしてくれ」


 そう、アルーシャの言うとおり、本当なら談笑したいところだが、今はそういう状況じゃねえ。


「もちろんよ。こっちは、まだマッキーくんが見つかっていないし、それに人類大連合軍もこのままでは……アレ?」


 マッキーがまだ合流してないし、人類大連合軍や天空族をこのまま放置して逃げるわけにはいかないというアルーシャだが、その時、何かに気づいてキョロキョロしだした。

 一体どうしたのだ?

 すると………



「ね、ねえ………コスモスちゃんはどこ?」


―――――――――ッッ!!??



 まるで時が止まったように、俺たちは硬直した。

 そして、俺は何故、目に見えない戦場での状況は把握しているのに、手の届く距離に居た家族に気がつかなかったんだよ…………



「ッ!? ス、も、こす、も、コスモ……ス!」



 ふざけるな! 腑抜けた無様すぎる自分が殺してやりたいほど憎く、俺はただ無我夢中で叫んだ。

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