第310話 記憶無き再会と少しの意地悪


「タ……タイラー将軍! き、貴様! あ、……君は……確か、先ほど空の映像で……ウラ姫と一緒に映っていた……」



 突如現れては、聖騎士様をぶっ飛ばした俺を見るや否や、最初は怒りを表したロアも、俺の顔を見た瞬間にうろたえた。どうやら、ウラとの結婚式はこいつも見ていたのだろう。

 その目が言っている。

 俺は何者なんだと。


「くははははは、話があるから出て来いって言ったから、来てやったぜ」

「なにっ?」

「こいつが俺のコミュニケーションだ。拳一つで語り合うのは、男の世界の常識だろ? 勇者様。文化が違うからって、あんま友情を押し付けるなよな」


 伝わったか? タイラー。

 俺は、生きてるぞ。


「ヴェルト……がはっ……ッ、お前、この力……」

「驚いたか? 三日以上会わねえと、男はどうなるか分からねーんだよ」


 俺に殴られたこと。そしてその俺の拳が異様なまでに強かったこと。

 その全てが今のタイラーの情けないツラを作っていた。

 だがな、お前がもう俺に後ろめたいと思う必要がねえ。

 だって、俺は、「やっぱ牢屋に閉じ込めておけば」と思われても仕方ねえぐらい、自由に世界を暴れているから。

 あの頼もしい仲間たちと……ん?



「「「「「…………………………………………お前」」」」」



 その仲間たちが、俺の所業に驚いて魔王も含めてズッコケていた。

 ああ、打ち合わせもなく飛び出しちまったからな……仕方ねえ……

 だが、同時に……


「おっ」


 俺の行いに、正義を掲げて乗り込んできた連中に火を付けた。


「タイラー将軍が!」

「なんだ、あの男は!」

「ウラ姫を誑かした男……人類の裏切り者だったか!」


 激しい怒号が響き渡った。

 どいつもこいつも群がって、見下して、そして怒りを表す。

 ウザッてーな。

 すると、次々と砂漠に光の柱が降り立った。

 その柱からどんどんと地上に戦士たちが送り込まれてくる。

 勇者を守れ、聖騎士を守れ、敵を倒せと騒ぎ立てながら。

 そして、誰よりも早く降り立ったのは……



「テメエ、タイラー将軍になんてことしやがる!」


「よくもパパを! かかって来い、僕が相手だ!」


「バーツ、シャウト、いきなり飛び出さないの。二人は対魔王の切り札。光の十勇者は魔王と戦うまで、温存よ」


「そう、私たちに任せて。大丈夫、必ず勝利を掴み、真の平和を掴むんだから!」


「うざったいな……こいつ……」


「ウラ姫があんな笑うの初めて見たから、骨のある奴だと思ったが、とんでもねー奴だ!」


「でも、負けない! これまで犠牲になったみんなのためにも!」


「こ、怖いけど……戦うんだもん!」



 懐かしい顔ぶれだった。

 どいつもこいつも、大きくなりやがった。



「バーツ……シャウト……ホーク、サンヌ……ハウ……シップ……チェット……ペット……」



 そうか、居たか……つか、来たか……


「こいつ、バーツやシャウトならまだしも、何で俺らの名前も?」

「ふふ、私たちの名前も有名になったんじゃない?」


 考えたことも無かったな。こいつらに、本気の敵意と殺意をぶつけられて向かい合う日が来るなんて。



「ああ、かかって来いよ。テメエら全員、泣かせてやるよ……昔みたいにな」



 煽るように挑発してやったが、当然、こいつらだけなわけが………ねえよな……


「待つんだ、みんな! 彼と戦うな! 彼とは話したいことがあるんだ!」

「パパ、残念だけど、この男は危険だよ。今、ここで倒さないと!」


 ああ、シャウト。お前の言うとおりだ。危険だよ。とびっきり俺は危険だ。

 だから、戦力を惜しみなく出すんだな。

 例えそれが……




「お待ちなさい、あなたたち。その男は、ワタクシが相手しますわ」




 それが例え、人類最強のお姫様でも、惜しみなく出すべきなんだよ。

 新たに降り注ぐ光の柱から光臨なさるお方をな。



「くははははは……なあ、一ついいか? 俺は心が弱いから、一度フラれた相手には『二度とアプローチしない』と心に誓うから、一つだけいいか? ……俺と結婚しないか? お姫様」



 僅か二年じゃ大して変わらないと思っていたが、ウラやエルジェラは、二年前にはあった僅かな幼さは消えて大人の女になっていた。可愛いから綺麗になっていた。

 だが、こいつは少し違うな。あまり変わっていない。

 むしろ、二年前の可愛らしさのまま、瞳だけが厳しく俺を睨んでいた。

 それが懐かしくもあり、かなり寂しくもあった。

 そしてそんな女も、俺の言葉に胸を押さえながら唇をかみ締めた。

 少しぐらいは何かを感じ取ってくれたのだろうか?



「ッ……あなたを見ると、胸が苦しくなりますが……ウラはどうやら、たぶらかされているだけかもしれませんわね。そのような最低な冗談を言うとは、信じられませんわ」


「あ~、それって答えはノーッてことだな。あー、分かったよ。じゃあ、これから先、『お前がどんなに泣き叫ぼうと俺は結婚してやらねー』けどいいのか?」



 これぐらいのイジワルぐらい許してくれよ? 

 まあ、これがイジワルになるかどうかなんて分からねーが、胸の切ない痛みを抱きながら、俺は笑って迎えてやった。



「二年ぶりですわね。反・世界同盟を掲げる人類の裏切り者・ヴェルト・ジーハ」


「くははは。そこらの魔王にやられるぐらいなら……俺がお前を泣かせて追い払ってやるよ。フォルナ……いや、フォルナ姫」



 最愛になるはずだったかもしれない女は、最強の敵として俺の前に現れた。


「ひはははは、ぶっこむね~、ヴェルト君」

「はわ、あわ、あわ、ぱ、ねえ、パッパが~」

「ヴェルト、あの馬鹿! どうしてあいつはあんなことを!」

「いけません! 今すぐ、ヴェルト様やロアさんたちを止めましょう、ウラさん!」

「全く、仕方ないお兄ちゃんだ!」

「ゆくゾウ、キシン!」

「ふっ、ゲリラライブか!」

「ぐわはははは、安心しろコスモス。俺様が雑音を爆音に変えて、クソどもを皆殺しにする」


 もちろん、仲間たちは呆れながらも大慌て。

 こっちは、涙が出るような感動の再会中だというのに、今すぐにでも飛び出してきそうな状態だ。

 だが、この状況下で少し意外なことが一つだけ起こった。


「ん? ちょー!」

「あらら、これは意外に、ひはははは」


 そう、俺に呆れて慌てて仲間たちが飛び出すのは分かっていた。



「邪魔はさせませんわ、ヴェルト・ジーハ。あなた方を倒し、そして、世界の調和を乱す魔王を滅ぼし……明日のサミットは、世界が一つとなった日として歴史に刻まれる日になりますわ」



 だが、まさか、誰よりも早くこいつが飛び出すとは思わなかった。

 でも、俺を倒すか……



「なんてな……冗談だよ……フォルナ」


「?」


「ちょっと意地悪言ったが……お前は何も悪くない……だから、記憶が戻ったとしても、お前が罪悪感を抱いて絶望する必要はない。だから、大丈夫だ……それだけは覚えておいてくれ」


「……ッ、何をあなたは……」



 今のこいつは俺を愛してくれたフォルナじゃない。

 俺のことをただの敵としてしか認識していない。

 だから戦わなくちゃならない。

 でも、それならせめて…… 



「誰かの手を煩わせるぐらいなら、自分の手で? そんな考えは許さないわ」



 誰よりも早いのに、慌てて飛び出したという感じではない。 

 ゆったりと降り立つように、そしてその表情はいつものような暴走さはなく、柔らかく微笑んでいた。


「お前、どうして?」

「あら、あなたなら分かるはずでしょう?」 

「……へえ~……」

「考える前に、体が動いてしまったのよ。仲間として、覚悟を決めた者として、進むべき道を決めた者として、そして……恋する女としてね♪」


 俺にウインクするアルーシャは、軽く俺の肩を二回叩き、俺の前に立った。

 このとき、この戦場が、世界の英雄が、誰もが衝撃のあまり言葉を失っていたのは言うまでもない。



「随分と手荒い登場ね。兄さん。フォルナ」



 まさか、ここでアルーシャが自分から前へ出るとは、俺も思っていなかった。

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