第273話 そして家族がまた一人

「メチャクチャだね…………君たちは…………」


 立ち去るマーカイ魔王国の船を見送りながら、黙っていたラガイアがようやく口を開いた。


「ああ、俺もよくそう思うぜ」

「まったく……でも……君たちを見ていると、何だか混血がどうとか、サイクロプスなのに瞳が二つあるとか……そんなことをコンプレックスに感じていた自分がバカらしくなるよ」

「そうか? まあ、俺は純粋な人間だから、そこら辺の感覚はよくわかんねーけどな」


 だからそこ、マッキーとアルテア、「ジュンスイ? ちょーウケる」とか茶々入れるんじゃねえよ。


「僕は……僕の指揮の下で……帝国で大勢の犠牲者を出した」

「ん?」

「僕はこれからどうすれば? 君たちは僕に何を求めるんだい?」


 えっ? 何を求めるとか、そんな真剣な顔をされても……


「君たちは世界をどうこうとか色々と言っているが、その中で僕にどのような役割をやらせるんだい?」

「いや……そんなこと言われても特に考えてねえよ」

「…………はっ?」

「つーか、言ったろうが。お前には借りもあったし、俺も個人的にテメエが気になった。ただ、それだけだ。それを言うならここに居るメンツは誰一人、なんか役割があって集まったわけでもねーしな」


 俺の言葉がラガイアにどれだけ届くかなんて分からねえ。こいつの人生の苦しみなんて全然知らねえからな。

 だから俺が言えるのは、せーぜい肩の力を抜かせてやるぐらいのこと。


「まっ、役割欲しいなら、ダチにでもなろうぜ」

「……ダ……チ?」

「それこそ、マッキーやチーちゃんぐらいに開き直ってふてぶてしくしねーと、こっから先やってけねーぞ?」


 ここに居る連中それぞれ、紐解いていけば、それなりに複雑な縁が絡みつく。


「つか、アルーシャちゃん、パナイ! それ、パナイ怖いよ! なに、コスモスちゃんを洗脳しようとしてるの!」

「ゴラアア、ドブスが! テメェ、コスモスになんつうこと言ってやがるんだ! 生むのは腹違いの妹一択に決まってんだろうが、ゴラア!」

「HEY、ミスター・チーちゃん、それはクレイジーだ」

「つか、アルーシャ、マジじゃん。お堅いやつも色ボケするとマジボケするからチョーウけるし。じゃ、プレゼントでこれやるよ。あたしが常備している乙女のエチケット♥」

「な、なによ、アルテアさん……これって……コンドー……ムッ! な、なんてものを渡してるのよ、バカァ! 信じられないわ、あなた品がなさすぎるわ! だいたい、これを使ったら子供ができないじゃない! 私は子供が欲しいの!」

「アルーシャさん。ツッコミどころが既に変だと思うのはワシだけじゃろうか?」

「前々から思っていたが、アルーシャは、本当にあの格式高い帝国の姫君なのか、疑わしいゾウ」


 カー君の元部下は、恐らく俺の親父とおふくろを殺した奴だ。

 カー君に引導を渡したのは、アルーシャの兄貴だ。

 ウラの父親と母親に手をかけたのは、アルーシャの部下だ。

 アルーシャの故郷を襲撃したのは、マッキーとラガイアだ。

 チーちゃんはエルジェラの故郷を襲撃した。

 マッキーの作った組織が、バルナンドの家族を奪った。

 キシンはアルーシャやフォルナたちの居た人類大連合軍を半壊させた。


「まあ! アルーシャ姫は、コスモスのために弟か妹を作ってくださるのですね。なんとお優しい。頑張ってくださいね」

「そして、エルジェラ皇女のその余裕! それは、ズレているの? それとも、余裕のつもりなのかしら!」


 そうさ、そんなもん挙げてきゃキリねーし、イチイチそれ全部を掘り起こして弔い合戦したって、今度は自分が恨まれるだけだ。


「しっかし、あんさんの娘さん、えっらいめんこいの~」

「おお~……この世に……私以外に可愛い存在を初めて見たぞ……」

「えへへ~、マッマ! コスモスほめられた~!」


 ん? 唯一誰とも複雑な絡みがねえのは、アルテアとジャックポットとユズリハぐらいか? これはこれで奇跡だな。


「僕は……狭い世界にいたってことかい? ヴェルト」

「こらこらこら。オメーは俺やウラよか、三つも歳下なんだろうが。呼び捨てとか生意気だろ?」

「ッ、な、なにをする……」

「くはははははは」


 なんか、構いたくなる後輩が出来たような気分だ。

 そうだ、バーツやシャウトと居たときの感覚に似てるな。

 ついつい、構っちまう。

 俺は笑いながらラガイアの肩組んで、髪をクシャクシャにしてやった。

 すると……


「わ、分かったよ、呼び捨てじゃなければいいんだろ? でも、……なんて呼べば……」

「あ? ジョーダンだよ、あんま真面目に捉えるな。好きなように呼べよ」

「好きなように? ……じゃ……じゃあ……」


 そう言うと、ラガイアは何か戸惑った様子を見せて俺をチラチラ見ながら、ゴニョゴニョしてる。

 なんだ? 何が言いたいんだ?

 そう思って耳を傾けたとき、ラガイアは思いもよらぬ呼び方をした。

 恥ずかしそうに、ちょっと唇を尖らせて



「………………お……………………お兄ちゃん………………」



 ……かわ…………い…………



「ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」



 その瞬間、俺の中でなんか稲妻がかけぬけた!


「も、もっかい言えええええええええええええええ!」

「ッ! あ、その…………やっぱ、ダメだったかい? その、今まで故郷では、兄は何人も居るのに、そう呼ばせてもらえなかったから…………」

「いええええ! いいからもっかい言え!」

「…………お、お兄ちゃん?」

「弟よおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 親父、おふくろ、喜べ。

 俺に、娘が出来た。

 なんか、弟もできた。

 家族が増えたぞ!


「ッ、え、え? ど、どうしたのよ、ヴェルト君!」

「わお、これは……ヴェルトくん……意外とああいうのにパナい弱いんだ」

「確かに、ここに来る前に、兄ちゃんと呼ばれて泣きそうだったゾウ」


 そうかもしれねえ。

 というより、俺はこの世界に生まれてから、ずっと同世代のやつらは弟、妹のような感覚だった。

 フォルナもシャウトもバーツも、そしてウラですら。

 でも、あいつらにとって俺はタメだから、敬うこともねえし、タメ口呼び捨ては当たり前。

 それが、ハナビが生まれてから初めて「兄ちゃん」て呼ばれるようになり、ついには「お兄ちゃん」と呼ばれるようになった。

 なんか、こー、胸の奥底が熱くなるような感覚だった。



「まあ! とっても素敵です。では、ラガイアさんがヴェルト様の弟ということは、私の義理の弟にあたるわけですね? では、私のことも、どうぞ姉とお呼びください」


「ちょっ、ずるいわよ、エルジェラ皇女! 特権乱用よ! ラ、ラガイア王子! その、私も末っ子だからあなたの気持ちは分かるわ。これからは、何でも相談して。なんなら、私のことも、その、お姉ちゃんと呼んでくれても…………」


「いや、アルーシャちゃん。帝国のお姫様をマーカイ魔王国の王子がお姉ちゃんとか呼ぶのは色々パナイまずくない? 君の故郷襲撃した張本人だよ? あっ、それは俺もか♪ ひはははは」


「ふっ、ノープロブレムだ、ミスター・マッキー。そうだ、プリンス・ラガイア。ならば、ミーのことはブラザーとコールしてくれ」


「じゃあ、ワシはおじいちゃんで良いぞ」


「うおおっ、バルナンドが珍しくノリでボケたじゃん!」


「小生は…………」


「なら、ワイは当然、兄貴や!」


「ゴミ王子……気安く私の名前を呼んだら殺す」


「男は全員死んでよし! 俺様を兄と呼んでいいのは十二歳以下の女までだ!」


「マッマとパッパのおとうと~……えっと、じゃあ、ラっくんだ!」



 気づけば全員なんか便乗したり、馬鹿な話をしたり、まったく本当に笑えるよな。

 そう思ってラガイアを見ると、口元を抑えながら、頬が破裂寸前まで膨らんでいた。

 それは……



「ぷっ、…………くく…………」



 ラガイアのような仏頂面なガキには何年ぶりかもしれない…………



「あは、ははははははははははははははは!」



 堪えきれないほどの笑いだった。

 それを見て、俺たちも何か一緒になってまた笑った。

 年相応に笑うラガイアが、初めて俺たちに無防備な心を曝け出したような気がした。



「まったく……我々が、種族の壁を越えての任務で友好を強調とか、そういう試みがアホらしくなるな……お前たちを見ていると」



 輪の中に入らずに、ただ離れた場所から見ていたウラがそう言った。

 だが、俺は心の中でツッコミを入れた。

 つか、お前だってそうだろと。

 俺と、ファルガとクレラン、そしてドラやムサシ、エルジェラとコスモス。

 あの時の俺たちは正にそうだったじゃねえかと。


「………………あっ………………」


 その時、ようやく俺は大事なことを思い出した。


「ウラ…………」

「むっ? なんだ?」


 ダンガムとかで色々ブッ飛んでたが、コスモスが言っていた「オネーチャン」。

 そして……


「コスモスにも聞くことはあるが、まずはお前に聞きたい」


 あいつのこと……ひょっとしたら……「あいつ」と「オネーチャン」が結びつくかもしれないから。



「ドラがどこに居るか知ってるか?」



 俺からその名前が出たのが意外だったのか、ウラは驚いた表情をしていた。






――あとがき――

もし私の禁断師弟でブレイクスルーを読んでいる方で、「アレ? このラガイアという弟キャラ、あいつに似てる?」と思われた方。最初に考えたのはこの物語の方ですからね。

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