第265話 パッパ

「おい、お前たち! 敵が侵入した! コスモスをガードしろ!」


 ウラが慌てて叫ぶ。

 乗員たちもゾロゾロと甲板へと出てきて俺を見上げる。

 

「おのれ、侵入者! ここから先には一歩も行かせないぞ!」

「もし、コスモス様に危害を加えてみろ、八つ裂きにしてやる!」


 誰もが、敵である俺に敵意を向け、そしてここから先には一歩も行かせないという気合の入った目。

 ああ、よく見たら、全員俺が二年前に出会った魔族じゃねえか。


「おい! おい、コスモスには……コスモスだけには手を出すな! そこの人間! おい! もし、コスモスに手を出してみろ、貴様を……アルーシャ姫は関係ない! 許さないからな!」

「お願いします、どうか、どうか! 何でもしますから! コスモスには……どうか、御慈悲を!」


 俺、どんだけ悪人に思われてんだ? 目つきが悪いからか?

 さっきまで、俺の存在に何かを感じていたと思われる、ウラとエルジェラが血相を変えて俺に叫ぶ。

 だが、その時だった。



―――ダメッ!



 幼い叫び声が聞こえた。

 それと同時に、甲板の兵たちが全員壁へと吹っ飛ばされた。


「ッ、な、な、こ、これは!」

「からだ、が、体が動かない!」

「なんだ、これは!」


 全員壁に張り付いたまま、どれだけジタバタしても動けない。

 ある者は船体の壁に。あるものは床に張り付いて、見えない力で抑えられているような様子で、俺以外の全員が身動き取れなくなった。


「これは……まさか……」


 この状況。そして、今聞こえた幼い声。

 まさかこれも?


「ば、バカな、コスモス! 一体どうしたというのだ! しかも、よ、よりにもよってあいつ以外の全員が!」

「コスモス……一体……どうしたというの?」


 一体何が起こっているのか? それはウラもエルジェラも分からない。

 だが、何となく俺には分かった。

 多分だけど、ひょっとしたら俺を守ったのか?

 それどころか、俺を迎えているのか?


「まさか……コスモスの奴……」


 エルジェラたちの話では、父親が居ないことをからかわれ、イジケテ、『自分に父親が居ないこと』に不貞腐れて暴走したと言っていた。

 でも、これではまるで『自分には父親が居るのに、居ないと言われること』に腹を立てているように見える。

 そう思った瞬間、俺の中で何か確信的な思いが生まれた。


「まさか、コスモスの奴、俺の存在に?」


 俺の存在を覚えているのか? 

 二年前の時点で、あいつは赤ん坊だった。

 いや、赤ん坊だからこそ「ヴェルト・ジーハ」なんて存在を認識せず「父親」として認識していれば? 俺の旧友が、俺のことを「ヴェルト・ジーハ」ではなく、「朝倉リューマ」として認識していたために、俺のことを忘れていなかったように。


「なんてこった……」


 そう思うと、俺の足は自然と動いていた。


「ま、待て!」

「お願いします、待ってください!」


 叫ぶウラとエルジェラに振り返りもせず、俺は足早に船内へと向かった。

 豪華な装飾やいくつも部屋のある広い船内。だが、不思議と俺の足は止まらなかった。

 まるで何かに引き寄せられるかのように、俺は迷うことなく前へと進み、そして一つの扉へとたどり着いた。


「……この部屋か?」


 広い船内の中でも、一際重厚感の漂うドアは、恐らく相当なVIPの部屋なのだろう。

 部屋の周りには、部屋に入ろうとしたけどはじき返されたと思われる連中が騒いでる。

 俺はそいつらの声を一切聞き入れず、扉に手をかけ、そしてゆっくりと中に入っ……


「やーっ!」

「つおっ!」


 ドアノブに手を出した瞬間、俺まではじかれて、壁に背中を強打した。


「ぐ、お、おお~、い、いた……このやろ……自分で呼んだくせに……」


 だが、弾かれたのは一回だけ。他の連中みたいに身動き取れなくなるまで押さえつけられたわけではない。



「ったく、なにがやりてーんだか……おい、入るぞ、ワルがき」


「……あっ……」



 そこには、部屋の机や紅茶のカップや本などが散乱しまくった広い西洋風の部屋のど真ん中に、小さい女の子が、目を赤く腫らしてポツンと立っていた。


「……お前か………………」


 白いブラウスワンピース。

 特徴的なのはエメラルドグリーンの瞳。

 そして、腰まで伸ばした長いサラサラのストレートの金髪は、母親ゆずり。

 それはまさしく、ミニチュア版エルジェラ。

 一目で分かった。

 

「コスモス……だな?」


 俺が一歩ずつ近づき、そして少し前屈みになって尋ねる。

 俺は思わず、手を伸ばそうとした

 すると、その時だった。


「~~~~~~~やっ!」


 コスモスは、少しだけ目が大きく開き、ハッとしたように、すぐに俺に背を向け逃げ出した。


「あら?」


 すたこらさっさと、逃げられた。

 あれ? てっきり、いきなり飛びついてくると思って、待ち構えて若干広げてたこの両腕はどうすればいいんだ?

 予想外の反応にわずかに戸惑った。

 だが……


「じ~~~~~~~~~」


 逃げたと思ったら、棚の影に隠れて、じ~っと、無言で俺を見ていた。

 体が丸見えだ。


「……お」

「ッ! ~~~~~~~」

「い……」


 近づいた。そしたら、ピューッとその場から逃げ出し、今度はベッドの陰に中腰になって隠れた。


「じ~~~~~~~」


 だが、それでも半身がモロ見えで、隠れてるのかそうでないのか良く分からん。

 何がしたいんだ? つか、俺って怯えられてるのか?

 これまでの話の流れ的に、なんか俺のことは覚えてなくても、本能的なもので俺の正体に気づいてると思ってたんだが、コスモスは無言のまま、ただビクビクしながら俺のことを観察していた。


「お、おい……お、俺は、怪しい奴じゃねえよ?」


 と言ったが、ベッドの陰から出てくる様子はない。

 なんか、逃げ回るペットを宥めて捕まえようとしているような心地だが、俺は堪えた。


「じ~~~~~~」

「いや、いいから出てこいよ。んで、この魔法を解除してくれたら嬉しいんだが……」

「うっ、んん~~~~~~~~!」


 なんか僅か半歩距離を縮めようとしたら、また逃走された。

 今度は本棚の影だ。

 って、おい! 俺は鬼ごっこやかくれんぼしに来たわけじゃねーんだぞ!


「お、お~い、コスモス。ほら、いい加減に………」

「う~~~~~~プ……ア…ッ……ア?」

「だから、なんだよ! プアッア? よくわかんねーけど、ほら、来い」

「ううう~~~~~」


 だが、コスモスは俺に心を許すどころか、何だかすごい泣きそうな顔してまた逃走しようとした。

 もう、ダメだ。時間かかりすぎ。


「ふわふわ回収」

「あっ……」


 だから俺は強制捕獲に乗り出した。

 コスモスを魔法で引き寄せ、ジタバタするコスモスを無理やり俺の腕の中に抱え込み……


「よっ。ずいぶんと逃げてくれたな~天使なお姫様」

「ッ!」

「……おお……なんだか……重くなったな……」

「う~~やっ!」

「は?」

「い~~~~やっ! やなのーーー!」


 ジタバタジタバタ大暴れして泣き出した。

 あれ? なんだ? 何だか悲しくなってきた。

 いや、別にさ、二年もほったらかしにしていたんだから、今更父親ヅラするなとか、父親なんて呼びたくないとか反抗期って奴か? まあ、それはそれで仕方がないと思う一方で、なんだか泣けてきた。


「わ、分かった、悪かったよ、今離すから、ほら……」

「ッ! やっ! …………あ………」

「はっ?」


 いや、あまりにも嫌がるから、手を離して下ろしてやろうと思ったが、次の瞬間、ものすごい反応速度でコスモスに襟を捕まれた。

 な、なんで?

 しかも、コスモス自身も、俺の襟を掴んだはいいものの、何だかオロオロしている。

 なんか言いたいことでもあるのか?


「ど……どうした? コスモス」


 できるだけ優しく怖がらせないように、なおかつ出来るだけ笑顔で。

 なんだか自分のキャラが崩壊しそうな気にもなるが、俺は精一杯気を使ってコスモスに語りかけた。

 すると……



「…………パッ………ア」



 なんだ? もうちょい。

 コスモスが何だか「う~」とモジモジしながらボソボソ言っている言葉を、俺は耳を大きくして何とか聞き取ろうとした。

 そして、ようやく分かった。



「パッ……パ」



 パッ? パ? パッ、パ? パッパ?

 パッパ……ああ……そういうことか。



「パッパ?」



 確かめたいのに、どうすればいいのか分からずに、恥ずかしがったり、逃げたり、素直になれなかったりしてたってことか。

 そりゃそうだ。

 まだ、それほどハッキリと物心ついているとは言いがたい時に、いきなり目の前に現れた男に、「そう呼んでいいのか?」というのもあっただろう。

 不安でいっぱいで、こういう態度を取られちまったってわけか。



「……パッパ?」



 今の俺は、エルジェラやウラにとって、何者でもねえ。

 こいつが生まれて間もないのに、二年もほったらかしにした男だ。

 それなのに俺が「父」と呼べるのか?

 そんな資格があるのか?



「パッパなの?」



 俺に資格……って、知るか、そんなもん!



「ああ。好きなように呼べよ」



 俺は、ただ笑顔で頷いた。

 すると、どうだ? 

 下向いてモジモジしていたコスモスが、急に目を見開いて顔を上げた。

 そして、震えるような唇でもう一度、



「パッパなの?」



 そう聞くもんだから、俺ももう一度頷いた。


「ああ、そうだよ、コスモス」

「……パッパ?」


 俺もまた、自然と手がコスモスの頭に伸びていた。

 そして、コスモスはもう逃げようとしない。素直に俺に頭を撫でられた。


「パッパ?」

「ああ、大きくなったな……コスモス」

「ッ、パッパ!」


 次の瞬間、花が咲いたように明るい笑顔を見せたコスモスは、目をキラキラ輝かせながら飛び跳ねた。


「パッパ、パッパ、パッパ!」

「ああ、パッパだ」


 次の瞬間、コスモスはピョンピョン万歳しながら飛び跳ねたり、部屋中を走り回った。


「パッパだーー! パッパ! パッパ! パッパなの!」

「おお、パッパだ」

「パッパなの! コスモス、パッパ! コスモスなの! パッパなの! コスモス、パッパ! コスモス、パッパ!」

「ああ」

「~~~ッ! コスモスのパッパ!」

「……はは……ああ! 俺はお前のパッパだ」


 自分はコスモス、そして目の前の人がパッパ。

 何度も何度も嬉しそうに確認するコスモスに、その度に頷いてやったら、最後の最後に盛大にジャンプした。



「うう~~~~、やたーっ! パッパ! コスモスの、パッパだー!」



 そして、ようやくコスモスの意思で俺の腕の中、そして胸へと勢い良く飛び込んできた。


「あのね、コスモスだよ、パッパ!」

「ああ……お前はコスモスで、俺はお前のパッパだ」

「~~~~うにゅ~~~~、パッパ! きゃっほーう!」


 首に腕を回してきて、何度も何度も頬ずり。そして今度は少し顔を離してもう一度俺の顔を凝視したと思ったら、すぐに俺に体を預けてニコニコ笑う。


「パッパ、あのね! コスモスね、飛べるよ!」

「ほ~、そうか。すごいな」


 今、この部屋の外では空飛ぶよりもすごいことしてるけどな。


「マッマはね、キレイ!」

「それは良かったな」


 そりゃ、天使だからな。


「ジッジとバッバとハナビねーねはね、優しくて、ごはんおいしい!」

「だよな? プロだからな」


 先生とカミさん、じーさん、ばーさん扱いなのか? まだ若いのに……


「ムサシは、おばか!」

「ム……ムサシ~~~~、お、おまえ!」


 哀れ、ムサシ。なんか、泣けてきた!



「むふ~!」


「ん?」


「パッパ! コスモスのパッパだ~!」



 やばい、もっと泣けてきた。

 天空世界でコスモスが生まれた時と同じ愛おしさと気持ちが俺の心に再び芽生えた。

 俺は気の済むまでコスモスの温もりを感じ続けながら、心の中で思った。




 俺はこの子のためなら命だって懸けられる。









――あとがき――

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