第263話 史上最強の相手

「ふん、アルーシャ姫の恋人か? だが、それならそれ以上の無礼は、我らの友好に大きなヒビを入れることになるぞ?」


「俺はテメェなんかと友だちにはなりたくねーし、この程度でへそ曲げるような器の小さな野郎との友好なんて、所詮は偽物さ」



 今は元嫁と元奥様二人の反応よりも、俺にイラついたこのステロイが先……



「どうして………?」



 その時、倒れているラガイアから声が聞こえた。



「どうして、僕を……庇う?」



 それは、俺に向けて言われた言葉だった。


「どうして? いや、分かんねーよ。ただ、何となくだよ、何となく」

「……君には、何も関係ないじゃないか……」


 関係ない。まあ、そうだな。

 でも……


「ヨソはヨソ。ウチはウチ? ヨソの家庭の問題に口出しすることじゃねえから、空気読んで黙ってろってか? 知るかそんなもん。俺はテメエら兄弟が見るに耐えねえだけだ」


 仕方ねえだろ? なんかそうしちまったんだから。

 だが、それならそれで俺も聞きたい。



「なら、どうしてテメエは反逆しねえ? 死にたきゃ大人しく死刑になるか自殺でもすりゃ良かったんだ。それを女々しく逃げ出した挙句に、結局ズタボロになって……何がやりてーんだよ、お前は」


「……僕の……やりたいこと?」



 逃げ出したのなら、目的はあったはずだ。

 死にたくなかったはずだ。なのに、なぜここで運命を受け入れる?



「僕は……それでも……手に入らないと……分かってしまったから……」



 何を?



「僕は……ただ……居場所が欲しかった……ここが……唯一誰も……僕が居ても文句を言われない……場所だった……」



 地面に這いつくばりながら、消え失せそうな声で言葉を発するラガイアは、表情こそ見えないが、その声が涙声で震えているのが分かった。

 だが、その言葉すらステロイは鼻で笑った。



「ぐふ、ぐわはははははははは! 笑わせるな、この忌み子め! お前のような下賤ガキは、ゴミ捨て場どころか、この世界そのものに居場所などあるものか! 存在するだけで災いをもたらす、混血めが!」



 再びラガイアを踏みつけようとする、ステロイ。

 だが、今度はさっきと違う。

 何故なら、止めるのは俺だけじゃなかったから。


「ぬっ、なんだ貴様ら!」


 ラガイアをステロイから守るように立つのは、俺、キシン、そしてジャックポットだった。



「ふふ、混じり合うブラッドの何が悪い? ミーも、混じりあったブラッドを持っているが、プライドも持っている」


「つか、兄貴が下のもんをイジメるんやない。兄貴っちゅうのはな、守る存在や。王になれても兄貴にもなれない半端もんは、さっさと往ねや」



 これは決定的になった。 


「ッ……くく……ふはははは……この……次期魔王候補と呼ばれたこの私を……ッ!」


 ヒビの入った緊迫した空気が、一気に破裂した。


「嘘でしょ! あの三馬鹿くんは余計なことを!」

「まあ、どっちにしろこうなったと思うゾウ」

「おおい、マジ? マジ? ヤバげじゃん! 宮じい……じゃなくって、バルじい、あたしをまもってよ!」

「やれやれ。下がっておれ、アルテアさん」

「ひははははははははははははは」

「……めんど……ゴミども」


 ステロイが叫びとともに全身に魔力を漲らせる。

 それは体中にまとわりつき、気のせいか筋肉が増大し、ふた回りほど大きくなった気がした。


「ふ~~、ステロイ兄様は……総員、戦闘準備! まずは邪魔なゴミを掃除するぞ!」

「ま、待たないか! おい、我々の前で勝手に異種族同士の戦闘を始めるな!」

「あらあら、まあ……みなさん、落ち着いて……」

「なんと野蛮な。しかし………鬼、ゾウ、竜、老人……この四人は格が違うな……仕方ない、同盟である以上、無視するわけにもいくまい。レンザ」

「お、いいのか~? ロアーラ姉さまよ! へへ、なんだ~? なんか面白くなってきたじゃねえか! 俺も混ぜろ!」


 きっかけは、「気に食わない」という小さな理由から始まった。



「あんさん、ここはワイがやるで! このデブに兄貴っちゅうもんを教えたるわ! まずは一発ドついたる!」」


「っ、竜人とて我らを侮るな! 我らは選ばれしサイクロプス! 落ちこぼれとは違うと思い知れ!」



 ジャックポットがさっそく、ステロイと。


「ふふ、ソーリー……瞬殺する……」

「何者か知りませんが、ステロイ兄さんが戦うまでもない!」


 キシンがガリガと。


「いっくぜー! 地上人ども!」

「ほほ、お相手いたそう!」


 レンザとバルナンド。


「取り押さえよう、地上人」

「やれるものなら、やってみるゾウ」


 ロアーラとカー君。


「お、おい! アルーシャ姫、これはどういうことだ!」

「あ~もう、私だってこんなつもりじゃ……やめなさい、あなたたち!」

「乳オバケ……粗大ゴミ乳め……」

「えっ、私、ですか?」

「ひはははは、ちょ、待つっしょ! 俺とアルテアちゃんがロイヤルガードの相手は荷が重い!」

「マジ勘弁だし!」


 色々とカオスった。

 だがこの些細なきっかけこそが、後に世界を変える始まりになることを、この時の俺たちは誰も予想………できてたんだけど、まあ、やっちまった。



「あれ……俺は?」



 そして、俺は余った。

 だが、それは気のせいだった。俺にはある意味で俺にとっての世界最強の相手が残っていた。


「ん……………?」


 ポツンと余った俺が不意に空を見上げた。

 すると気づけば上空には……おい!


「ん? って、これは何だ!」

「まあ!」

「えっ……ひはっ! パナッ! どうなってんの!」

「うおおおお、マジじゃん、マジ!」


 一瞬、敵も味方もなく混乱した。

 それは、空を浮かぶ天空族の船……ではなく、ラブ・アンド・ピースの船やマーカイ魔王国の軍艦まで含め……



「な、なんでこいつらまで空浮いてんの!」



 何隻もの船が空を浮いていた。

 最近じゃこういうのは珍しくないのか? だが、そう思ったが船に残されているサイクロプスや組織のやつらがかなり大慌てで下へ向けて騒いでる。

 どうなってんだ?


「エルジェラ皇女~~~! たた、大変です!」

「一体、これは何事です! 今、こちらはとっても取り込み中なのですよ?」


 一人の天空族が慌てて降下してきた。

 その女は慌ててエルジェラに片膝ついて、叫んだ。



「こ、コスモス様が……イジケてぐずり出したコスモス様が、突如、癇癪を起こしてしまい、超天能力が暴走しております!」



 …………わお………



「な、なぜ、コスモスが! た、確かにここ数日は不貞腐れてましたが、どうして急にそこまで!」


「そ、それが、それが……急に暴走しだしたのです! な、なんでも、『パッパだもん! 遊ぶの! だっこ! コスモスのパッパ! いくのー!』と、なんかもう支離滅裂に」


「そ、そんな、……一体、どうして……くっ、いずれにしてもコスモスを落ち着かせなければ! このままでは任務遂行どころか、コスモスが原因で大惨事になります! あの子は、生まれながらに皇族の膨大な超天能力と同時に、何故か地上人と同じ魔力の力を有する特異な存在、『超魔天空皇』の資格を持つ子なのですから!」


 

 ………あれ? ん? この流れ……



「おい、エルジェラ姫! この無礼者どもは我らで片付ける! あなたは、娘をどうにかしろ!」


「ははは、なんや知らんが、ワイらには関係あらへん、ワイはただ、おどれをぶっとばすだけや!」


「やれやれ、騒がしいですね。このイラつき、あなたがたを倒して収めさせてもらいましょうか」


「ふっ、イラつきをバニッシュするには、一つだけ。ロックンロール!」



 おいおい、まさか、俺に喧嘩の相手が居ないのってまさか………



「くっ、コスモスが暴走したら大変なことに……ルンバ! ジョンガ! バルド! 頼む、ここを引き受けてくれ! 私はエルジェラと一緒にコスモスを抑える! あの子の癇癪が収まらないと……大変なことになるぞ!」


「「「御意!」」」



 俺に戦う相手がこの場に居ないのって、まさか………


「……ねえ、ヴェルト君、そのコスモスちゃん……パッパって、まさか……」

「アルーシャ……多分……お前の言うとおりなんじゃね?」


 まさか、俺は戦うんじゃなくて、子供を落ち着かせろって言うんじゃねえだろうな………?

 えっ、俺の対戦相手ってまさか………


「は~~~……仕方ねえな……」


 俺は覚悟を決めた。


「おい、ラガイア」

「………えっ?」

「子供ってのは、色々大変だな」


 俺は空を見上げながら、うつ伏せのままでいるラガイアに声かけた。


「世の中にはお前みたいに親や家族に恵まれない奴がたくさんいる。今だって、俺みたいなのが親で泣いてる子供もいる。ほんと、この世の親はもっとしっかりしろって感じだな」


 その言葉の意味も分からず、ラガイアは少し戸惑った表情だが、俺は構わずに苦笑して、もう一度空を見上げた。



「悪かったな、ほったらかしにして。だっこぐらい……ソッコーでしてやるよ」


 

 今、そこに行ってやるからまってろよ。

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