第229話 ゲリラライブ

「おい、ゴミ! なんだ? わけがわからないぞ。ゴミのくせに私が分からないことをしようとするな!」


 まったく、これが終わったら、ちゃんとあいつには言ってやらねえとな。

 妹を甘やかしすぎるな。せめて口の利き方ぐらい訂正させろとな。


「なあ、ユズリハ」

「ゴミが呼び捨てするな!」

「お前さ、兄貴のことは好きか?」


 そんな俺の質問に、ユズリハは不機嫌そうにむこうずねを蹴って来ようとしたが、俺は察して回避した。


「なんだ、いきなり気持ち悪い。あんなの死んでも構わん。私に迷惑をかけなければな」


 そもそもこいつ何歳だっけ? 中坊の反抗期ってこんな感じだったかな? まあ、俺は親に死ねと言ったことはねーけどな。

 とりあえず、頬をむにゅっと握ってやった。


「ふにゅ、は、はにをしゅる!」

「うるせえよ。家族に死ねとか言うんじゃねえよ。そういうのよ、もし本当に死んじまったら後悔するぞ? こんな世界じゃありえねえことでもねえ」

「ん、んん?」

「まあ、兄貴はアホで、オヤジは馬鹿で、でもよ、お前のことを想ってるんだろ? 自分を愛してくれるやつを蔑ろにし過ぎると、どっかの誰かさんみたいに後悔するって言ってんだよ」


 俺も記憶が戻ってからも、それでも孤独とか思わないで、もっと甘えてりゃ良かったって思ったからな。

 だから、自然とそんなこと言っちまった。


「…………ゴミだから…………臭いことを言うのか?」

「うるせえよ! つか、うまいこと言うな!」


 やっぱ、可愛くねえと思いつつ、俺たちは未だ盛り上がる闘技場の観客席へと戻っていた。

 すると、そこはやはり観客たちが盛り上がり、リングの中央では無傷のジャックポットが欠伸してた。

 そこには、既に試合が終わったようで、大きな魔獣が横たわっていた。



「あ~、もう、アカン! ぜんっぜん、おもんない! も~ええかげん誰か熱いどつきあい出来る奴おらんのかいっ!」



 子供のように不満を叫ぶジャックポット。

 だが、そんな時だった。一人の男が拍手をしながらリングに上がっていた。



「いや~~~~~、パナイ! パナイっしょ、ジャックポット選手!」



 それは、加賀美だった。


「あん? あんた、さっきの~」

「自己紹介遅れたね、え~~~、俺が、いや、僕がみんなの人気者! この地下カジノのオーナーの、マッキーラビットだよ~♪」

「は……? おお、あんたオーナーはんやったんか! こら、えろーすんまへん」

「いやいやいやいや、僕が居ないこの地下カジノ、どういう風になってるか気にかかってたけど、僕がいなくても素晴らしい盛況ぶりで安心だよ。君のおかげだね」


 別に気にしちゃいねーだろ。

 俺はあいつの登場、そして社長の登場で盛り上がる観客の空気を見ながら、少し呆れたように笑っちまった。


「おい、ゴミ。あのクズは何をする気だ?」

「ヴェルトくん?」

「ふっ、まあ見てろ。今から………ゲリラライブをやるんだからよ。俺たちは最前線の特等席で見るんだよ」


 すると、リングの加賀美がワザとらしい笑みを浮かべながら、ジャックポットに尋ねた。


「さて、ジャックポット王子。ここまで闘技場を盛り上げてくれた君に、一つお礼がしたい。君の望みを一つ叶えてあげよう」


 加賀美の言葉の意味が分からず首を傾げる、ジャックポット。金でも貰えるのか? と思ったのかもしれないが、それは違う。


「熱くなりたい。痺れるような刺激が欲しい。それが君の望みっしょ?」

「………なんやて?」

「ひはははは、だから、今日は特別に、君に熱く痺れるような勝負をさせてあげようと思う」


 マッキーの言葉に、会場がザワつき始めた。


「おい、社長は何を言ってるんだ?」

「勝負っ? ジャックポットと勝負になるやつなんているのかよ!」

「いや、でも、社長が言ってるんだ!」


 あのマッキーラビットが言ってるなら……。

 ありえるわけないと思いつつも、その言葉に誰もが言いようのない期待感を抱き始めた。


「なあ、あんた何を言うとるんや?」

「ひはははは、信じられない? なら、今すぐ始めようか! 特別に、この俺が立会人となって仕切らせてもらうよ!」


 加賀美が手を上げる。この場にいる全員に聞こえるように叫んだ。



「レディース・ア~~~~~ンド・ジェントルメ~~~~~ン! さあ、みなさんパナイお待ちかね! 今日は神話にも語り継がれるような男同士のぶつかり合いを魅せて差し上げよう! 無敗無敵最強のジャックポットに、今宵勇敢にも名乗りを上げたのは、この超オス!」



 入場門から、スモークが巻き上がる。スゲー演出だな。

 会場が思わずヒートアップして歓声を上げると、そこから出てきたのは、あいつだった。



「SS級賞金首! 浮浪鬼魔族キ~~~~~シ~~~~~~~ンッしょっ!」



 ミルコだった。


「なっ、おい、ゴミ!」

「キシンが! どういうことだ、ヴェルトくん!」


 ユズリハたちだけじゃねえ。まさかまさかのSS級賞金首登場に驚きと悲鳴の声が上がる。

 だが、一方で、ワクワクした表情も見られた。


「お、おい、キシンだよ! 手配書の、あのキシンだ!」

「マジかよ! なんであんな化物がいるんだよ! 殺されるぞ!」

「なんで社長が、あんなバケモンを!」

「いや、でもよ……あの、キシンが……ジャックポットと戦うってことなのか?」


 それは、もはや本能。最強と噂される格闘家の試合を楽しみに見ていた時と同じような感覚。

 もし、この化物二人が戦うなら、一体どっちが強いんだ?

 男として、気にせずにはいられないイベントだ。


「………おいおいおい、ほんまかいな……ワレ……そんな大物やったんかい?」

「イエス」


 キシンという大物の登場に引きつった笑みを浮かべる、ジャックポット。

 だが、その引きつった笑みを徐々に釣り上がり、そして最後には、目をキラキラ輝かせた子供のように、ハシャイだ。


「な~~~はっはっはっは! ほんまかいな! 最高や! そないな奴がワイと戦う? 最高に激アツやないか!」


 開始の合図はまだ出ていない。しかし、そんなもん待てるかとばかりに、ジャックポットはミルコに飛びかかった。

 だが、興奮しすぎだ。

 冷静さを欠いた状態で、あいつの間合いに迂闊に飛び込むと………


「ふっ………………フンッ!」

「………………………………………あっ」


 次の瞬間、閃光が走った。



「鬼ロック!」



 それは、何の変哲もない右ストレート。

 だが、同時に世界最強クラスの一撃でもある。

 二年前は、七大魔王最強候補の一人として、全世界に生ける伝説としてその名を轟かせた。

 万の兵を率い、万の命を喰らい続けた鬼。

 その鬼が殴ったんだぞ?


「――――――――ッ!」


 それは、この場にいる全員が初めて見た光景だ。

 あまりにも衝撃過ぎて絶句している。

 飛びかかったジャックポットが、ミルコの右ストレートでぶっ飛ばされ、その勢いのまま金網の壁に激突したのだから。



「ぐっ、はっ……お、おお……」



 意識は絶たれてはいないものの、ジャックポットは流れる血と、今の自分の痛みを実感しながらしばらく呆然としていたが、すぐに顔を上げて笑った。



「なは、なははははは、なはははははは! なんやこれ! なんっちゅうメチャクチャなパンチや! こんなん、オヤジに殴られた時以来や! 最っ高や! なんちゅう一撃や! しかも、ただ痛いだけやない! 体の芯まで響き、そして熱うさせる一撃や! なんなんや、これ!」



 ようやく見つけた。ようやく自分の飢えと渇きを満たしてくれる最高の相手に巡り合えたと思ったのか、ジャックポットは嬉しそうに笑った。

 すると、ミルコは、豪快な右ストレートからは似つかわしくないクールな表情で、ジャックポットに言葉を返した。



「今のは何か? 今、ユーが感じたビートこそ、ロックの魔王の贈り物さ」



 さあ、ミルコ。ド派手なライブで盛り上げてくれよ!

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