第224話 メスガキにイタズラ

 燦々と照らされる太陽の下、俺たちは山を越え、谷を越え、気づけば大草原を真っ直ぐ突き進んでいた。

 体の垢も洗い落とし、過去にもそれなりに挨拶を交わした。

 少し予想外のイベントが発生したものの、予定がズレたわけじゃねえ。

 まだ朝靄が晴れない温泉地から旅立つ俺たちは、やけにスッキリとした気分だった。

 ちなみに、俺は特にお楽しみなウフフなことはしてねえ。ここ重要。

 ま、なぜか加賀美は肌がツヤツヤして、昨晩あのイベントの後に何をやってたのか? と聞くと、「パナいハッスル。パッスルパッスル」とニヤケてた。


「いや~、パナイ目覚めのいい朝だね~。昨日の夜は精根尽きはてるまで頑張ったのに、何だか清々しいね~」

「品のない男だゾウ。そういえば、お前と一緒に昨晩乱痴気騒ぎに参加していた、キモーメンはどうしたのだゾウ?」

「OH~、彼なら温泉宿に置いてきた。まあ、彼の素性が聖騎士の血筋と分かった以上、あまりミーたちに同行させるのもプロブレムだろう」

「つか、加賀美、テメェ知ってたのか?」


 キモーメンは置いてきた。今頃、娼婦の女と宿のベッドで爆睡中だろうな。

 結局、俺はあの後はあいつに何も聞かなかった。

 聖騎士がどうとか、聖王がどうとか、その話は抜きにした。

 まあ、聞いたところであいつが答えられるとは思えねえし、知ってるとも思えねえけどな。



「ふふ、ま~ね。まあ、血筋は優秀なんだけね。普通このご時世なら、優秀な家系のエリートたちは、みんな人類大連合軍とか入ったりするけど、彼は親の権力使ってやりたい放題の遊びで満足しちゃってね。まあ、七光りのバカ息子っていう典型だね」


「もったいない事をしたゾウ。聖騎士の血を引くのであれば、真面目に鍛錬すれば、帝国を代表する英雄になっていたかもしれんのに」


「OH~、彼が英雄になっている姿を想像することはインポッシブルだ」


「だな。まっ、どっちにしろこっから先の旅には連れてけねえ。足手まといだしな」



 そう、もう足手まといを連れて行くわけにはいかねえ。

 こっから先は、昨日みたいなことがいくらあってもおかしくねえ世界。

 いや、それこそファルガ以上の奴らと戦う事態だって考えられる。

 まず俺自身もそれだけ強くならなきゃいけねえ。

 そうでないと、また失ったり、守れなかったり、そして後悔の繰り返しになるからな。



「で、ゴミ。いつその地下カジノに着くんだ?」


「つーか、なんでお前が居るの?」



 でだ。本来このムサイメンバーに、メスガキが加わり、少しは華やかになったと思うべきなのかどうかは分からないけども……


「ゴミにとって、その耳も頭もゴミなのか? 貴様らの向かう地下カジノとやらに、私の兄が居るはずだからだ。あの兄を折檻してギャンブルなどやめさせるためにも、その場所を知ってるお前たちについて行ってるだけだ」


 殴っていいか? プルプル震える拳を振り上げながら隣を見た。


「リューマ、キッズに手を上げるのは、バッテンだ」

「おい、そこのオニクズ。人を子供扱いするな。私はもう大人の女だ」

「こ、これ、ユズリハ姫。あなたも王族の身であるのですから、あまり品のない発言は控えられた方がよろしいゾウ?」

「太古の亡霊が私に説教するな。この粗大ゴミ」

「………ひはははははは! すげーすげー! さすがは、武神の血を引く――――――」

「ゲロ臭い空気を吐き出すな。死ね、カス」


 ………パ、パナい……ある意味世界最凶三人組が、容赦ない辛辣な言葉に凹んでやがる。


「お、おおおお! こ、このクソガキが! テメェ、ハッ倒すぞこの野郎!」

「ゴミにも劣る落第点だ」

「………あ゛?」

「セリフに何の捻りもない。世界を征服するとか妄言を吐いていたわりには、ありきたりな普通ゴミだな」


 あっ、ダメ……年下? 女? あのイーサムの娘? なんか、もうそんなもんどうでもいいよ。


「殴らせろォォォォォ! 一発でいいから殴らせろォォ! なんか一回ぐらい泣かせて凹ませて黙らせねえと気がすまねえ!」

「OH~、リューマ。ダメダメ、ここはビッグなマインドで許してあげなって。あとで、イーサムに告げ口されたら面倒なことになるよ?」

「知るかァァァ! あんな絶倫ジジイなんかどうでもいいわァ!」


 あっ、このガキ。なんか「つ~ん」とソッポ向いてシカトしやがった。

 テクテクさっさと先を歩き出しやがった。


「で、家出されたとのことですが、その理由は一体なんだったのです? ユズリハ姫。教えていただきたいゾウ」


 俺を無視して歩き出すユズリハの傍らに歩み寄ったカー君が尋ねると、ユズリハは更に不機嫌そうな顔でブツブツ言い出した。


「あの父の所為だ」

「父? イーサムの?」

「そうだ。私がもっと外の世界を見たいというのに、すぐ結婚して家庭に入れだ国を守れだとやかましい」

「………いや、まあ、あやつはあやつなりの考えがあると思うゾウ。家族には溺愛する男だゾウ」

「ウザイだけだ。いくら私が可愛いからといって、私を思い通りにできると思っているのが気に食わん。死ねばいいのに。というか、いつか殺す。私と兄が手を組めば殺せる」

「は~~~~~、世界中の名誉と栄誉を手にした武神も、家族の愛は手に入れられていないようだゾウ」

「しかし、その兄も自由奔放すぎる。大人しく可愛い妹のために汗水たらして下僕のように働けばいいのに、私に黙って遊び呆けるから、ムカつく」


 ケッ………


「こんなクソ忌々しい妹じゃ、可愛がる気もしねーよな」


 俺が思わず呟いた言葉だが、聞こえていたようだ。


「ゴミが私を愚弄するな」

「ほぐっ!」

「殺すぞ?」


 ギロりと竜眼で睨んできて、俺に飛び蹴りかまして来やがった!

 もう勘弁ならねえ! 殴っちゃダメ? なら、これならどうだ!


「ふわふわTバック!」

「…………ひゃうぅん!?」


 ちょっとしたいたずらだ。

 メスガキの黒パンツをふわふわで尻に食い込ませるように引っ張り上げる。

 いかに最強の遺伝子を持っていようと、こういう攻撃は初めてだろう?

 俺は触れもせず、ちょっとした浮遊魔法でメスガキにいたずらしてやった。

 そしたら、急にかわいらしい悲鳴をあげやがった。


「ワオ」

「ぶほおおおおおおおおおおお! ヴェ、ヴェルトくん、何をするゾウ!」

「ひははははははは! いや~、キモーメン坊ちゃん居なくて良かったね~」


 あんまり男を舐めるなよ? ってことだ。



「ncqw90oiffmqw:l;fma;,MZBC908qwofn:ma:m!」



 すると、何語かよく分からねえが、急に振り返ったユズリハが僅かに頬を染めながら、腕が硬質な鱗に包まれて鋭い爪を生やした竜の手へと変化。

 『部分竜化』という技なんだそうだが、その技名を知る前に、俺はおもくそぶん殴られていた。


「ぐ、お、おおお! お、い、痛ってえええええええ!」


 下手したら死ぬぞ! ぐおおお、あ、頭の形が変わっちまいそうだ!



「ゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミッ!」


「ってーな、このクソガキ! 今更、テメェの悪態に比べりゃ、パンツの一つや二つ尻に食い込ませるぐらい――――――」


「ゴミ殺す!」



 うおっ、なんか顔まで変形して……なんか、ドラゴンみたいな顔の形になって、牙まで!


「って、うおい! それで噛み付かれたらシャレにならん!」

「ああ、シャレではない」

「つか、なんでテメエはそんなに攻撃的なんだよ! 頭下げて案内してくれとか頼めってんだよ!」

「ゴミッゴミッゴミッ! なぜ私が怒鳴られる」

「元々はテメェが悪いんだろうが!」

「私は可愛いのだから、何をやっても許されると教えられた。母だって兄だって私を叱ったことはない!」


 これはキモーメンクラスに親の七光りで育ったバカ娘だ。いや、癇癪起こされたらケガじゃ済まない分、キモーメンよりタチワリーかもしれねえ。


「ひははは、パナいな、あの子」

「う~む。これまで姫は激甘やかされてたそうだゾウ。まあ、小国とはいえ、竜の王族と武神の血を引く最強の血筋。亜人大陸でも、逆らえる者も、思い通りにならないことも、今まで存在せんかったはずだゾウ。そんな彼女がふてくされて家出するぐらいなのだから、、元々相当不機嫌で気が立っているのだゾウ」


 俺の胸をポカポカ……じゃねえや、ドカドカその小さい体で殴りつけ、俺が倒れたら何度も何度も踏みつけてきやがる。


「こんのクソガキァ!」

「ひぐっ! は、はにふるんだほみ!」


 殴っちゃダメなら、つねってやる。ユズリハの両頬を引っ張って、タテタテヨコヨコ丸書いて、もう一回!

 こんなガキにいつまでもナメられたままでは………


「で、旧シロムはもうすぐかい? ミスター加賀美」

「ん? お~、ほらほらこの先……ひょ~、こりゃ見事なまでに廃墟になってんじゃん!」

「お、おお、あの砂と薄汚れて錆び付いた都市が………」

「まっ、都市っていうか港町だけどね。ただ、かつては世界有数の交易の場だったから、それなりのデカさだけどね」


 っと……どうやら気づかない間に俺たちは目的地の近くまで来ていたようだ。


「あっ……」


 二年ぶりに目にしたそこは、かつてイーサムとシンセン組の手によって、復興不可能なほど無残に破壊された爪痕が、未だに痛々しいまで残っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る