第212話 改めて世界へ

 誰かが言った。人に迷惑をかけるなと。

 でも、俺はその教えを守ることはできそうにない。


「き、緊急事態発生! ただちに地下六十九階まで! マッキーラビットと例の六十六階の囚人が脱走! ただちに応援を求む!」


 不良? クズ? 悪党? 犯罪者? 呼びたきゃ好きなように呼べ。

 その代わり、俺も好きなように生きる。

 

「ふわふわメリーゴーランド!」

「グラビディ・プレス!」


 ドーム状に広く薄暗い世界の重力が乱高下した。

 時には無重力のように浮いたかと思えば、時には超重力が全身に圧し掛かる。

 優秀な看守たちの魔法も剣も一切が俺たちに届くことはない。

 大した段取りや、これまでコンビで喧嘩したこともないのに、俺たちの能力は面白いように噛みあいまくった。


「おのれ! 世界のクズ共め、貴様らを絶対にここから出さんぞ!」


 刃先が丸まった、罪人を切り落とすための処刑刀を一閃。

 そのあまりの切れ味に、風圧だけで頬が僅かにパックリと切れた。


「おお、ヨエ獄長! 地下六十階以下を警護する地獄の門番様のお出ましだ!」

「降伏するなら今のうちだぞ、犯罪者共! 獄長に首を刎ねられたくなければ、大人しくしろ!」


 今、この場で大人しくすれば後戻りできる。首を刎ねられることもねえ。

 なのに、どうしてだろうか? 加賀美のクソみてーな提案を聞いた瞬間、どうしてか俺の胸の中が熱くなった。



「おお、マジぱね! マジぱねえ! コエーよ、朝倉君。あいつってば、この二年間何度も俺をイジめた奴だぜ? 散々人の体を鞭打ったり、刃物で刻んだり、釘討ったり、パネエトラウマっしょ!」


「ほ~、そいつは生温いやつだな。加賀美なんか、水攻め電流地獄や正座地獄をくらわせて、目玉でもくりぬいてくれれば良かったのによ」


「いやいや、それ、死んじゃうっしょ! 死んじゃったら、親友の俺たちもこうして再会できなかったって。おっ、今の俺的に青春っぽくね?」


「青春? そんな青臭いもんじゃねえ。テメエはただ、胡散臭い奴だ」



 目の前には殺気だった手練れ。群がる武装した男たち。

 でも、どうしてだろうな。まるで、負ける気がしねえ。


「ふわふわパニック!」

「グラビディ・インパクト!」


 全員まとめて、浮かせて失神させて、叩きつける。

 ああ、これでもう、後戻りできなくなった。

 勘違いも冤罪もクソもねえ。

 世間一般の大犯罪者。処刑されても文句言えねえ立場まで墜ちたのかもしれねえな。


「ひいい! ご、獄長まで!」

「な、なんだこいつら! ッ、い、今すぐ援軍を呼べ! 署長も呼べ! こいつらを、絶対に世界に解き放つな!」 


 不思議な感覚だった。随分と躊躇いや罪悪感もないもんだった。

 昨日まで真面目に働いていた奴らを踏みにじって、恐怖に満ちた顔で見られることも。


「すまねえな、親父、おふくろ。そして、先生」

 

 他にやりようがあったかもしれねえ。もっと誰かに相談して、話し合えば良かったかもしれねえ。

 タイラーともっと向き合うこともできたかもしれねえ。

 だがな、所詮、俺は英雄でも勇者でもなんでもねえ。

 ただの不良高校生がたまたまファンタジー世界に転生した、半端な存在に過ぎねえ。


「ひはははは、朝倉君。後悔はあるかい?」


 後悔。それはヴェルト・ジーハの人生でも朝倉リューマの人生でも常につきまとっていた。

 後悔ばかりの人生で、いつだって後悔した直後は、二度と後悔しないような生き方をしようと誓っていた。

 でも、後悔しないような選択をしたつもりで、結局いつも後悔してきた。

 そして、その最後に辿り着いたのは、クソ野郎と一緒に暴れて、世界の全ての種族を敵に回して世界を征服すること?

 中二病の奴ですら、腹抱えて笑っちまうような今に辿りついちまった。


「そもそも、不良が修学旅行に参加して死んだ時点で、俺の魂は後悔し続けてるんだよ」

「なーるほど。まっ、人は後悔する生き物ってことだから、別にいいんでね?」

「まるで後悔しないテメエに言われると、余計ムカツク」


 あまりにも機嫌良さそうにニヤつく加賀美に、負け惜しみのようにそう言ってやった。


「んで、どうするんだい? マジで世界征服すんの? そのためには、やっぱ組織作ったり色々あるっしょ?」


 それにしても、こいつは何で目を爛々と輝かせてるんだ? 

 いや、こいつは元々こういう奴か。


「テメエは、会社でも作って真っ当な生き方なんていくらでも出来ただろうが。それをタイラーの口車に乗って、こんなメンドクセーことしやがって」

「ひはははははは、まっ、否定はしないよ。苦労して開発したクスリとかがバカ売れして、更に新たな販促ルート開拓して組織がでかくなったりしたときは楽しかったけどね」

「その挙げ句に取り返しのつかないことをしやがって」

「そーして、君もまた取り返しのつかない道に進むわけかい。お互い似たもの同士で、気が合うジャン?」


 俺が後戻りできない道に進み、一体誰が悲しみ、そして俺を怒鳴るのか?

 いや、誰もいねえ。もう、この世に俺を止めてくれる奴も、怒ってくれる奴らもいねえ。

 そう、俺にはもう、何もねえ。二年前のあの日に、全部失った。


「いいさ……もう。やけくそになって世界を敵に回して救ってやるよ」


 興味もなく。めんどくせーことこの上ない。

 でも、加賀美の言うとおり、何もなくなった俺にはもうそれぐらいしかできないから。


「ひは! もう、なんつー荒唐無稽なバカ! いいね~、朝倉君! 俺、そういうのマジ大好き! 組織の作り甲斐がある。よし、俺も乗った! ラブ・アンド・マニーを遙かに越える組織を作っちゃおうよ! それこそ、亜人も魔族も関係なくな」


 俺は、どうせ進むなら、未だかつて誰もやったことのない道を行くことにした。

 殺したいほどなクソ野郎と一緒でも。だって、俺もクソ野郎だしな。


「ああ、それでいい。それじゃ、とっととここを出るぞ」

「お~、パナい腕がなるっしょ。まずは金と人を集めるのか~、く~、今度は何をやるか」

「人ね~、集まんのか? ハッキリ言って、聖王の真実なんて公表するわけにはいかねえしな」

「ヴェルトくんの愉快な仲間たちは?」

「ふん、あいつらは、もう無理だ」

「そう、それ。さっきも気になったけど、一体何があったのさ」


 これから、やるべきことはいくらでもある。

 その前には、まずは今から厳重な体制で守りを固める看守たちを蹴散らす必要があるわけだが。

 とにかく気が遠くなりそうなほど長い道のりになりそうなことを憂鬱に感じながら、俺は上へと続く会談を上ろうとした。

 すると、その時だった。



「しょ、小生もその話に乗るゾウ! 小生も連れて行ってくれ! 必ず力になるゾウ!」



 それは、振り返らず立ち去ろうとした後ろから聞こえた。

 その声がしたのは、加賀美が閉じこめられていた中央に並ぶ四つの巨大な檻の一つ。

 内、二つは中身は空だが、もう一つだけ誰かがそこに閉じこめられていた。

 薄暗くて最初は無視していたが、俺は檻の中を見て驚いた。


「な、ぞ、ゾウ? 亜人か!」


 そこに居たのは。丸太のような四肢とデブではなく巨漢。

 巨大な二本の牙と頭部から飛び出す二本の角。

 だが、何よりも特徴的なのは、その鼻。

 朝倉リューマの世界の動物としてはお馴染みの、長い鼻。

 ゾウの鼻だ。

 それは簡単に言ってしまえば言語を扱う、マンモス獣人。


「お~、カー君。久しぶりに話をしたね」


 嬉しそうに言う加賀美からは、このワイルドな風貌とは決して似つかわしくない可愛らしい呼び名が語られた。


「紹介するよ、朝倉君。こいつは、カー君。多くの亜人や魔族の捕虜が解放される中で、唯一解放されずに世界から葬り去られた亜人。いつか、亜人との交渉で使えるかもしれないってことで生かされてたみたいだけどね」

「ほ~、そんな奴が居たのか。まあ、この階に居るってことはそこそこ大物なんだろうけどな」

「まーね。暇なとき話相手になってもらってたんだけど、うるさいとか言われて最近は相手にしてくんなかったけどね」


 いや、お前と会話する奴はたいていそう思うだろ。

 しかし、それはそれとして、いきなり「連れて行ってくれ」なんて亜人に言われても、さすがに俺も戸惑った。

 だが、カーくんとやらは、俺の想像を遙かに超える真っ直ぐな眼差しで俺に懇願した。


「小生は数年前、真勇者ロアをはじめとする、光の十勇者たちに敗れてここに居るゾウ! 誇り高き戦いを交えたことに、小生は微塵も悔いはないゾウ! しかし、今の貴君らの話、聖王たちの筋書きには我慢できないゾウ! 小生らの伝説とも呼ぶべき戦いにドロを塗るような、これまで散った魂を侮辱するような筋書きだけは、絶対に我慢できないゾウ! 復讐や亜人の覇権にはもはや興味ないゾウ! 貴君の力になりたいゾウ!」

 

 いや、いきなりそんなこと言われても、俺も困るゾウ。


「いや、んなこと言われても」


 何でいきなりこのゾウは熱弁してんだ? つか、カーくんって誰だよ。

 なのにこのゾウは、まるで戦士だか侍だかみたいに時代錯誤な暑苦しい思いの丈を、悪ガキ二人に主張してきやがった。


「ひははははは、これはこれはとんでもない。朝倉君は、やっぱ、パナい何か『持ってる』ね」

「はあ?」

「いいじゃん、連れて行こうよ、朝倉君」

「おい、加賀美!」

「カーくんは、マジで戦力になる。そして何より義理堅いから、俺みたいにセコイことは考えない。メッチャ役に立つと思うよ?」


 いや、待て待て待て。じゃあ、何か? これから先、このゾウ怪人みたいなのを連れて出歩くのか?

 目立って仕方ねえだろうが!


「おいおい、マジか? 加賀美。つか、こいつかなり強そうだし、後ろからプチっと潰されねえか?」

「侮るでないゾウ! 小生の人生に、謀反などという愚かな想いはないゾウ! 亜人であることで、貴君も小生を信用できないかもしれないが、約束するゾウ! 必ず役に立ってみせるゾウ!」


 いや、お前には聞いてねえよ。

 だがまあ、確かに、コソコソ裏で何かを考えていそうな目はしてねえけどな。


「小生はいつ死刑になろうとも後悔はなかったゾウ! しかし、しかし、これはないゾウ! もし、貴君の話が事実だとしたら、小生たちは何のために! そんな事実を知っては、死んでも死に切れぬゾウ!」


 うわ、メンドくさ。しかも嫌な展開だ。こういう暑苦しいお涙頂戴なやつは、そのうち昔話でもするんじゃねえのか?


「小生は、かつて万の亜人を率いて、神族大陸を真っ赤な血に染める戦に明け暮れたゾウ!」


 ほらな。


「武人の誇りを胸に――――」

「いや、もうそういうのはいいや」

「ぬっ!」

「誇りだ正義だ、戦争の大義だ、もうウンザリなんだよ、そういうのは。俺には興味ねえよ」


 俺はそれ以上、聞く気はなかった。そういうのに少し関わっちまったばかりにこんなことになったんだ。

 まあ、フォルナを助けるとか特殊なケースで戦争に参加したりもしたが、それ以外のことは理解したくもねえ。


「それに、亜人がどうとかなんて、かつては亜人の侍を可愛がってた俺からすれば、些細なことだ」


 熱弁しようとしていたカーくんとやらは、目を丸くして戸惑っているから、俺が本音を言ってやった。


「アホみたいな世界征服ごっこをやるには手駒が必要なのは事実だ。だから、今後テメエが俺を裏切らずに、何の遠慮もなく使えりゃそれでいい」


 まあ、加賀美が「ツエー」、「役に立つ」と太鼓判押すぐらいだ。

 何者か知らねえけど、この手のタイプは俺や加賀美と違って、クズではねえだろうし、まあいいだろう。


「ふわふわオープン」


 だから、俺は心おきなく、カーくんの拘束を解き、檻をぶち壊してやった。

 

「お、おお、おお!」


 四肢を解放され、何年ぶりなのか自由になったと思われるカーくんは、しばらく自分の手足の感覚を確かめ、そして俺に向かって片膝ついて頭を下げた。


「恩に切るゾウ、アサクラ君とやら」

「その名前はやめてくれ。ヴェルトでいい。このアホが俺のことを朝倉って呼んでも気にすんな」

「承知したゾウ。ヴェルト君!」


 本当にやれやれだ。

 二年ぶりに動き出し、そして俺はまた世界へ出る。

 二年前は、魔族のお姫様や、亜人のウッカリ侍だったり、美人な姉さんだったり天使だったり、華やかなメンバーだったのに、今はどうだ?



「ひははは、パナいパナい! マジパナイ! スゲーこれからの人生ワクワクしてきたっしょ! いやー、生きてて良かった! よし、行くっしょ! これから世界をパナく驚かせる旅の幕開けだ!」


「小生はヴェルトくんに従うゾウ。しかし、マッキーラビット。お前とヴェルトくんの間柄は分からぬが、お前の外道な行為は看過せんから、肝に銘じておくゾウ」



 ムサい。ムサいよ。とりあえず、加賀美は髭と髪を切ってスッキリしてもらわんとな。

 それと、このゾウのカー君も、目立たないようにどうにかせんと。


「おい、牢屋が破られてるぞ!」

「くっ、貴様ら! こんなことをしてタダで済むと思うなよな!」


 おっと、ダラダラしてるわけには行かないな。

 次から次へと看守たちが集まってくる。


「そんじゃ、行くか。加賀美、そしてカー君だっけ?」

「いくっしょ!」

「うむだゾウ!」


 こうして、俺たちは一気に世界へと駆け抜けていった。


「止まれ! マッキーラビット! ヴェルト・ジーハ! それに――――――――えっ?」


 その時、カー君の顔を見た看守たちの顔が一瞬で蒼白して震え上がった。

 それどころか、おいおいおいおい、なんか、失禁して泡吹いてる奴までいるぞ!



「ば、バカな! バカな! な、なんであの亜人が解放されてるんだ!」


「ひ、ひいい、だ、ダメだ、今すぐ人類大連合軍本部に連絡しろ! 俺たちじゃどうにもできん!」


「奴を、奴を世界に解き放ってはならん! 絶対に逃がすな!」


「くそくそくそ! 何で、何で伝説の亜人! 『カイザー』が解放されているんだ!」



 ん? カイザー? カー君の本名か。

 ふ~ん。その名前、どこかで聞いたことあるような…………

 


 ゑ? 伝説の亜人……? ……え!!??


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