第196話 納得できねえ

 大将同士の話により決定した終戦宣言。

 しかし、両軍未だに余力を残した状態であるため、その決定は敵味方問わずに衝撃の声が上がった。


「理解できません! なぜ、全軍で突撃しないのです! ここでみすみす敵を逃しては、これまで戦った仲間たちの死が報われません」


 何故戦わない? それは、数多くの兵士から漏れた。

 その大将批判ともとれる数多くの声に対して、勇者ロアは落ち着いた口調で答えた。


「我々の目的はジーゴク魔王国を倒すことではありません。掃討軍から人類大連合軍滅亡を阻止し、この領土を守護することです。散った仲間たちの死は決して無駄ではありません」


 だが、そんなことで納得できるほど、今の人類大連合軍のこの戦に懸けてきた気持ちは半端ではない。

 大半の兵が無礼を承知で、抑えきれぬ想いを爆発させた。


「魔王キシンを逃せば同じことの繰り返しです! 奴らを根絶やしにしなければ、この争いは永久に終わりませぬ!」

「そうだ! 納得できません! 敵を目の前に置いてみすみす逃すなど……土地を守ったからなんだって言うんですか! そんなことで、殺された俺のオヤジと兄貴が返ってくるわけじゃないんだ!」

「奴らはまた必ず進行してきます! ですが、ここでキシンとゼツキを討つことができれば、それは回避されます!」

「そうです! 光の十勇者様、そして新たなる英雄ヴェルト様が居れば、必ずや!」


 勝手に俺まで勘定に入れているが、今のこいつらの心境は計算できるほど冷静じゃねえ。

 全てを投げ打ってでも戦う気持ちで望んだんだ。

 それが、勝利でも敗北でもなく、唐突な痛み分け宣言。

 激昂に駆られた兵たちは、涙と悔しさでただ叫んだ。

 もっとも、それはジーゴク魔王国も同じことだろうがな。


「ヴェルト様……一体どのような話を上でされたでありますか?」


 人類大連合軍のやり取りを少し離れたところから見ている、旧ヴェスパーダ魔王国軍。

 俺はルンバたちに囲まれながら、怒りに駆られた兵たちを宥めている勇者を遠くから眺めていた。



「別に……なんか………どいつもこいつもご立派だなっていう話しさ」



 勝ってもいない。負けてもいない。被害も最小限に止められた。

 なのに、何でこいつら、こんなに抑えが効かねーんだ? 何でこれ以上戦いたがってんだ?

 戦争に出たけど、結局俺には分かんねーよ。



「ロア様! 敵軍の六鬼大魔将軍も壊滅状態です! それに、その一人であるスドウもヴェルト様のお力で捕らえております! せめて、奴を利用して………」


「いや、あのジジイなら、返したぞ?」


―――――――!?



 話題が少し俺に関係ありそうだったから、俺も連中の言い合いに加わるように近づいた。


「ヴェルト! ちょ、あなた、一体何があったのですの? ろ、六鬼大魔将軍のスドウを捕らえた? しかも、返した?」


 勇者の傍らで目を丸くして震えているフォルナ。

 ああ、こいつは色々と知らんかったな。とりあえず、心配するなと頭を撫でてやった。

 そして、俺の発言に「うそだろ?」「何で?」「返した?」という表情で見返してくる連中に言ってやった。



「俺がとっ捕まえたんだ。どうしようと俺の勝手だろうが。あんなジジイ持ってても仕方ねえし、変に俺が鬼に睨まれんのも嫌だから、ゼツキに突っ返してやったよ」



 するとどうだ? 一瞬、「ありえない」という言葉が反芻し、やがてそれは怒号となって返ってきた。


「な、なんということを! ヴェルト様、あなたは自分のしでかしたことを理解しておいでか!」

「あのスドウの卑劣な策略で何人もの犠牲者が出たか! あいつを殺すのと殺さないのでは、どれだけ戦の戦果が違うことか!」

「ヴェルト、何て勝手なことを……せめて僕たちに一度くらい相談を……」

「あのバカやろうが……」


 ボロクソ言われてしまい、さすがにイラっときた。

 なんでだよ。軍人でもねえ俺がたまたまとっ捕まえた奴をどうしようが勝手だろうが。


「いやいやいや、ちょっと待ってよ! あんた、あの妖幻鬼スドウをとっ捕まえたって、何をサラっと言ってんのよ! さっきも四獅天亜人と一緒に登場するし、フォルナ、あんたの彼氏って何なのよ!」

「朝倉くん………あなたって人は……」

「信じられん。この男が……」

「はは、すげーのが現れたもんだな」


 勇者達ですら一斉に俺に対して呆れたようで驚いた眼差し。

 あーくそ、言うんじゃなかったぜ。

 俺は「失敗した」と思わず舌打ちが零れた。

 すると、その時だった。



「シャークリュウ……ウラ姫……そして、今度はキシンまでですか? ボク?」



 ああ、この空気。悍ましいぐらい不気味な存在は変わらずって奴か。

 その声を、そしてその姿を見るだけで、俺の心は寒気と不愉快でいっぱいになる。



「なんか文句でもあんのか? あ゛? ギャンザお姉さまよ。5年も過ぎて……また俺が洗脳されているとでも言いたいのか?」



 ギャンザ。その名前を俺がつぶやいた瞬間、別の場所からとてつもない殺気が漏れた。


「ッ、ギャンザ! あの女でありますか!」

「くっ、ぐっ、つ~~、シャークリュウ様の、そして王女様の仇なり」

「あの女が……あの女でしょうが!」


 途方もない憎しみを漏らしたのは、ルンバたちを始めとする、残党軍たち。

 行きがかり上、人類大連合軍側として、自分たちをハメようとしたジーゴク魔王国軍と敵対したものの、それでも忘れちゃならないことがある。


「ああ、ボク……あなたはどれだけ……何と不幸な……悪しき魔族に未だ利用されているなんて……」


 鮫島を殺した女。

 俺だって未だにこいつを見るたびにハラワタが煮えくり返りそうになる。

 だが……


「やめろっ、テメェら! 話がややこしくなる!」

「やめなさい、ギャンザ! あさく……彼に対する思い込み、そして元ヴェズパーダ魔王国軍に手出しすることは許さないわ! 彼らが居たからこそ、大勢の仲間が救われたのよ?」


 俺と綾瀬が同時に叫ぶ。

 すると、前の俺の失態を思い出してか、フォルナがギャンザを睨むように俺の脇に来て、そして俺の手を強く握ってきた。

 だが、ギャンザは変わらない。いや、そもそもこいつはこういう女。

 そして、自らの持論を説く。


「ロア王子」

「なんです? ギャンザ副長」


 ギャンザは台座の上で兵たちに言葉を発しているロアに向かって、進言した。


「私はやはり、ここは兵たちの言うとおり……退却するジーゴク魔王国軍を背後より攻撃すべきと思います」


 それは、俺たちの堪忍袋を刺激するには十分で、消化不良の兵たちを焚きつけるには十分すぎる言葉でもあった。


「ギャンザ副長、これは決定事項です! 権限は、僕にあります」

「しかし、これは千載一遇の好機と取るべきです。正面からジーゴク魔王国軍と、そして魔王キシンと戦って分が悪いことは既に理解しました。だからこそ、敵軍が油断した瞬間を背後から叩くことは、人類の大きな前進となります」

「それはなりません! ギャンザ副長、自惚れてはダメです。見逃してもらったのは、僕たちの方です。ヴェルトさんが、そしてヴェスパーダの方たちが居なければ、全滅していたのは僕たちの方かもしれません」

「ええ、だからこそ、この好機を利用するのです。歴史上に卑怯者と名を残そうとも、罪なき人類を救うための代償と思えば安いものです。それに、彼らとて我々を謀って、どこかで奇襲をかけることがあるかもしれません」


 おいおいおいおいおいおいおいおい。

 この女……本気で殺したほうがいいんじゃねえのか?


「ダメ、ヴェルト!」

「ッ!」

「お願い、あなたは英雄ですわ! ここは、ロア様に任せるのです。お願い、もう、勝手なことはやめてくださいませ」


 俺が自然と前へ踏み出そうとしたら、フォルナが繋いでいた手を離して、俺の腕にガッチリと抱きついてきた。

 震えと、涙を、表に出しながら。

 だが、ロアを信じろという言葉が出た矢先に、意外な言葉が別の場所から出てきた。


「いや、ロアよ。ここは俺もギャンザの意見に賛成だ」


 その声は、暗黒剣士レヴィラルという、光の十勇者から漏れた。


「レヴィラル!」

「ロア、奴らが人類の脅威であることは変わりない。そして、一度牙を向けば、人類は確実に多大な犠牲を被る。だが、今は奴らも油断し、軍の力も半減している。ここで叩けば、人類に対する大きな脅威がなくなることになる」


 クールな顔で正論を言っているんだろうが、ちょっと待てよ。

 だから、何でこー、せっかく終わったものを、引っ掻き回すんだよ!


「レヴィラル、兄さんも言ったはずよ! 見逃してもらったのは、私たちの方よ。キシンとゼツキを相手にすることが、どれほどのことか十分理解できははずよ?」

「問題はそこだ。アルーシャ姫。そして、ヴェルト・ジーハだったな?」


 その時、レヴィラルという男が俺と綾瀬を冷たい目で睨んだ。



「キシンと何かあるのですか? 姫、疑うわけではありませんが、二人がキシンとただならぬ繋がりがあったのは、感じ取れました。それを話していただけない限り、ギャンザも我々も納得できません」


「あら、レヴィラル。普段はクールに戦う戦士が、随分と喋るわね。でも、少々無礼だと思うわね。私を疑うのは構わないけど……ヴェルト・ジーハくんが、私たちを救ったという事実は変わらない。そして、ここで敵を騙し討ちするようなやり方は、それすらも無駄にし、我々を穢すものと自覚することね」



 綾瀬が負けじと反発するが、これは嫌な空気だな。

 せっかく戦争は終わったと思っていたのに、内部で揉め始めた。

 さらには、光の十勇者同士でも意見がぶつかり合っている。

 どうなっちまうんだ?


「やめないか、レヴィラル、アルーシャ、そしてギャンザ副長も!」


 その時、ロアが厳しく言葉を発した。



「レヴィラル。君は僕の剣のライバルとして凌ぎを削り、互を高めることができた、僕の最も頼もしい仲間です。僕は君とは対等で居たいから、僕に敬語や気遣いは一切不要であると言いました。でも、現在のこの軍の全権は僕にあります。それは理解して欲しい」


「……ロア……しかし!」


「アルーシャ。君とヴェルトさん、そしてキシンのことについては落ち着いたら話して欲しい」


「兄さん……」


「そして、ギャンザ副長。幼い頃から、師でもあり、姉でもあった偉大なる英雄のあなたですが、今はすべての責任を僕に預けていただきたい」


「王子……それでもやはり、私は反対です」



 ああ、ダメだこいつら。

 なまじ仲間意識が高くて、それぞれが同じぐらいの英雄だからこそ、意見が等しくぶつかり合う。

 戦の前は一つだったこの軍をバラバラにしていく。


「ったく、こいつら、ほんと……メンドクセー奴らだ……」

「だから、おやめなさい、ヴェルト! お願い、堪えて!」


 堪えきれるか? 今頃非難罵倒を叩かれているであろうミルコが、それでも通した筋を滅茶苦茶にされそうなのに。

 そんな時、俺の気持ちを察してか、この中である意味で唯一無二の存在が口を挟んだ。



「ほーんと、メンドクサイわね~、正義と大義を盾にした人間たちわん」



 それは、ママンだった。


「ユーバメンシュ!」

「そう、そもそもこの怪物が、何故口を挟む! 何故、この戦に参戦した!」

「ボク。あなたは亜人にまで利用されているのですか?」


 KY丸出しのママンが、クネクネとした歩き方で壇上に飛び乗った。

 お、おいおい……怖いもの知らずにも程が……



「も~う、さっきからピーチクパーチクと、や~ねん。………………………うるせえから、少し黙れよ、あ゛?」



 ―――――――――――――――!?



「あっ…………がっ……ママン?」



 ハッキリ言おう。俺は、この世に生まれて、身に襲いかかった恐怖が三つある。

 一つは、親父とおふくろが殺された日のこと。

 二つ目は、ギャンザとの出会い。

 三つ目は、イーサムに腕を斬り落とされた時。

 だが、今日からトラウマが四つになった。


「ッ、ヴェ、ヴェルト……」


 フォルナですら、震えている。

 俺の腕を掴んでいなければ、腰を抜かしていたかもしれない。

 万を超える全軍が、たった一人の亜人のドスの効いた声に圧倒され、さっきまでの追撃せよという声が一瞬で黙った。

 そして、誰もが思ったはずだ。



―――――こえ~………………



 声に出さなくても、顔でそう語っていた。

 暗黒騎士レヴィラルも、そしてあのギャンザですら、顔面を蒼白させて額から一気に汗が吹き出していた。


「うふふふ~ん、なーんてねん。も~、あんまり野蛮な意見は、ダメだわん♪」


 そして、いつものママンに戻ったが、それはそれで逆に恐怖を感じさせた。



「さて、レヴィラルちゃん、それにギャンザちゃん、これだけは覚えていて欲しいわん。私の目的は、ヴェルちゃんの救出と、そしてこの戦を止めることよん。でもねん、もしあなたたちがこれ以上を求めるというのであればん、私はこの場でヴェルちゃんをかっさらった後に、ジーゴク魔王国軍に付くわん」


「な、なんだと! なぜ貴様が魔族に!」


「やーねー、種族の壁なんて、友情と愛情の前には時代遅れの障害よん♪」



 それは、未だに戦うべきだと反論する兵たちを押さえつけるには有効な言葉でもあった。

 ママンの真意なんて、こいつらに分かるわけがない。

 だから、魔族と戦うと同時に、四獅天亜人まで同時に相手をするのか?

 その考えがよぎって、踏み出すのを躊躇わさせた。

 これは、ママンの一言で行けるか?

 フォルナがガチ睨みしてるけど、多分冗談だから安心しろ。

 思わず俺が安堵しそうになった。


 だが……



「報告します!」



 それは、十名ほどの一般兵が張り上げた声だ。

 伝令係だ。

 そして、息を切らしてかけつけた彼らは、この状況を一変させることを叫んだ。



「も、物見より、報告が。て、敵軍、ジーゴク魔王国軍内で、王の決定に対する大規模な批判の声が上がっているとのこと! 一部の軍が命令違反をしてでも飛び出そうとしているそうです!」


「なっ、なにいい!」



 考えれば分かることだ。

 こっちでも納得しないことを、向こうだって納得しているとは限らないということを。


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