第170話 黒嫁

 俺が加賀美にキレているのと同じように、ファルガだって憤りがあるはずだ。

 これまで全幅の信頼を置いていた将軍の真実に、イラついた舌打ちが聞こえた。


「王子、怒っていますか?」

「当たり前だ。お前らがそうやって、ラブ・アンド・マニーを残し続けたせいで、どれだけの悲劇が起こったと思ってやがる。たとえこの世の裁判が、ラブ・アンド・マニーが生み出した利益や功績を考慮しても、俺たちはそんなもん一切考慮しねえ」


 タイラー自身も、言い訳する気はないようだ。

 あたりめえだ。加賀美が勝手に暴走したとはいえ、その危険性を知りながらも野放しにして、管理しきれていなかったからだ。


「この事実が知られれば、テメエは政治的には分からねえが、民衆には叩かれるぞ? それは分かってんだろうな?」

「もとより、私は名声を得ようと思ったことなどありませんので。ケジメの取り方はいずれ。しかし、今はこれしか方法がありません」


 ああ、そういう顔つきだよ。

 なんつうか、この世の汚名や罵倒がどれだけ飛ぼうとも、たとえ腹を切ることになってでもやらなくちゃならねえ。

 地獄ぐらい、何度でも落ちてやろうって覚悟だ。

 俺からすれば、高尚すぎる覚悟だけどな。


「もう、いいよ」

「ヴェルト…………」

「世界を色々見てきた気にはなっていたが、やっぱ俺には分かんねえ」


 鮫島の時と同じだ。

 理解できねえからこそ、批判も諭すこともできねえ。

 しかもこの問題ばかりは、逃げずにどうのこうのという気にもなれねえ。

 だって、壮大すぎて未だにピンとこねえ話だからだ。


「タイラー。俺が、あんたに言えることなんてねえ。ママンと話がしたけりゃそのまますりゃーいいさ。でもな、思い通りにいかねえから滅ぼすとかになると、俺も黙ってねえ。亜人が何人死のうが、この街に関してだけは俺のダチの居場所でもあるからよ」


 そう、俺に言えるのはこれぐらいだ。

 この街は、備山にとってかけがえのないもの。

 それを奪おうなんて真似はするんじゃねえってことだ。



「……ああ……君の言う通りだよ」



 切なそうな声をタイラーが洩らしながらも、頷いた。


「俺はもう行くよ。後は勝手に話し合ってろ。行こうぜ」

「愚弟……」

「朝倉。そうだな……」

「殿……承知しました」


 後は勝手にやってくれ。話し合いだけをとことんとな。

 そう言って、俺はその場を立ち去ろうとした…………



「「「「「って、ちょっとまてえええええええええええ!!」」」」」



 サラッと帰ろうとしたが、首根っこ捕まえられた。

 ってか、バレたか。


「待て待て、ヴェルト。だから、その勢力のリーダーに君をという話じゃないか!」

「何をサラっと逃げようとしているのかしらん?」


 だああああ、クソ! せっかく、そのまま帰れそうだったのに、こいつらは!


「だから、無理に決まってんだろうが! なんで、俺が加賀美の……あのマッキーのアホのウケ狙いで人生棒にふんなきゃいけねーんだよ!」


 当たり前だ。お断りだ。できるわけがねえ。

 大体、なんで社長をぶっとばした俺が、新たにリーダーなんかになんなきゃいけねーんだよ。

 ぜってー、加賀美は嫌がらせで指名したに決まってやがる。


「いや、あながち的外れな人選でもないかもしれないぞ、ヴェルト」

「おいおい、タイラー!」

「だって、そうだろう? 君は、フォルナ姫とウラ姫の寵愛を受けている。まあ、亜人の剣士を従えているのは驚いたが」


 いや、何を頷いてんだよ。

 しかも、そんなときに意外なところから後押しがあった。


「確かに……彼のことはムサシだけではない。ミヤモトケンドー開祖でもある、バルナンド様も彼を友と呼び、あの四獅天亜人のイーサム局長も一目置いているからね」


 なんか、シンセン組のソルシも口挟んできた。


「な……なにっ!? イ、イーサムだと!? ちょ、本当かヴェルト!?」

「ふふふ、すごいわねん。まっ、彼の好きそうな男の子だもんね~」


 さらに…………


「ふふ、おまけに、彼には他にはない唯一無二の付加価値があるわん」


 何やらニタニタした笑みを浮かべだす、ママン。何を言う気だ?


「タイラー。あなたは、エルジェラちゃんって知ってるん?」

「エルジェラ? 誰だ、その者は」

「ヴェルちゃんの、奥さんよん。正確には、五百年ぶりに天地友好者となったヴェルちゃんに付き従う、天空族の子よん」


 あっ、お前、それ言っちゃうの?


「なっ……天空族だと! ヴェルト、それは本当かい?」

「おっ、おお……」

「それならば状況が大きく変わるぞ! ヴェルトが天地友好者であれば、今後天空族と交渉することも可能だ!」


 やべえ、すげえ鼻息荒くして、なんか段々周りの奴らもざわつき出した。


「おまけに~、ファルガちゃんとクレランちゃんが裏でガッチリガード」

「っ! クレランだと? モンスターマスターのクレランまでもがヴェルトと王子と関りが? 王子とクレランの名を出せば、ハンターギルドに多大な影響力を及ぼす!」


 ま、待て、待ってくれ! なんか、いつの間にか周りが俺を囲んで、迫ってきてるんだが?


「ねえ、ヴェルちゃん。あなたってば、フォルナちゃんとウラちゃんがお嫁さんなのよねん? あと、エルジェラちゃん?」

「あ? なんだよ。それがなんか関係あんのか?」

「あなた、亜人のお姫様にお嫁さんは居ないのん?」

「居るわけねーだろうが! 俺をなんだと思ってやがるんだ!」

「だって、不公平じゃない。人間、魔族、天空族にお姫様なお嫁さんがいるのに、亜人にはいないなんてねん」


 こ、こいつ、なんでそんなくだらねえことを言い出すんだよ。

 あっ? つか、なんで俺の嫁が三人も居ることになってんだ?

 俺ってフォルナと結婚するだけじゃねえの?

 てか、俺って、神乃を探す旅をしているのであって…………


「仕方ないわねん。アルテア、あんた、ヴェルちゃんのお嫁ちゃんになってあげなさいん」

「はっ?」


 いや、マジで、はっ?


「アルテアは本来であればダークエルフのお姫様よん? ほら、これでバランスよく出来たわねん」

「って、何言ってんだよ、ママン! なんで、あたしが朝倉と!」

「ざけんじゃねえ! なんで俺がこんな妖怪みてーなガングロ女と結婚すんだよ!」


 いや、元クラスメートだよ。分かるか? 元クラスメートだよ!

 さすがにテキトーな備山もパニくるよ。


「つか、マジでやめてって、ママン! マジありえねーし」


 おう、そうだ。もっと言ってやれ。


「あたしと、こいつが結婚? はっ、バッカじゃねえの? 自分の娘を政治利用すんなよな!」

「そうかしらん? でも、意外とお似合いだと思うわよん?」

「じょーだんじゃねえっての。だってそうだろ? あたしとこいつが結婚するってことはさ……つまり……あれだ……」


 つまり?


「あたし、こいつとチューするってことだろうが!」


 まあ、結婚するんだったら……するなぁ……



「それで……それで……エッチだって……こいつとシちゃうなんて、恥ずかしいつか、ありえ……ねえし」



 まあ、ありえねーよな。


「そういうのは、ほら……結婚する相手とじゃねえと、シたくねえし……って、あ、だから結婚すんのか……そか……あ~、朝倉と? あ~、ねえねえ、やっぱありえねえ?」


 ああ、ありえねえよ。だから、何を急に顔真っ赤にして照れ出してんだよ。


「ほら、クラスの奴に笑われて……あっ、でも、加賀美は牢……いやいや、そんなのマジ、まぢで、……ねえし」


 おい…………


「テメエは! 断るならさっさと断れ! ガングロビッチが照れてんじゃねえよ!」

「なっ、ビッチじゃねーし! ビッチ言うなっつーの! あたしはまだ未使用だよ!」

「うるせえ、ビッチ完全体みてーなナリしやがって!」

「はっ? 完全体ってなんだし! つか、やっぱありえねーし。昔はテメエかっこよかったけど、今のヤリチンになったテメエなんか願い下げだっつーの!」

「誰がヤリチンだ、コラア! 俺はまだヤッたことねーし!」

「はっ? マジ? うわ~、男が十五で童貞とかマジありえねーし」

「ざけんな! テメエだって、ヤッたことねーって言っただろうが!」

「は? あんた馬鹿? 誰も唾付けたり箸つけたりしてねえ料理と、一回も料理したことねえコック、どっちが価値あると思ってんだっつーの」

「料理が価値あるとはかぎんねーぞ? マズそうで、誰も手が伸びてなかったかもしれねえからな」

「はっ? 何言ってんの? あたしマジおいしいし! 五つ星のレストランビックリだし! あたしビッチじゃねえけど、体はエロエロだし!」

「レストランは三ツ星までだよ! 既にインチキくせえよ」


 ほらな? 俺たちはこんなに仲がワリい。だから無理なんだよ。


「ほら、息もピッタリ。遠慮をしない関係ってすばらしいわん」

「これは……早急に国王に側室の人数を報告すべきか……」


 ハッ倒すぞ、このヤロウめ!

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