第167話 第四の存在に

「おい、朝倉、あんたが落ち着かねえでどうすんだよ。おい、そこのファル何とかも!」

「殿! ファルガ殿、どうか落ち着いて!」


 俺もファルガも落ち着けるはずがない。

 あの人は、俺たちが生まれた時から俺たちを見てきた男。

 俺にとってもファルガにとっても、俺たちの親にとっても、このタイラーという男がどれほどの存在だと思っている。

 今すぐにでも飛び出して叫び倒したいぐらいだ。


「軍事バランスが崩れて、神の復活~? 何でバランスが崩れるのん? まだ、みんなバリバリ頑張ってるじゃな~い」

「とぼけるな、ユーバメンシュ。既に、世界は詰みに近い」


 二人の会話が一体何を意味するのか?

 亜人のソルシやトウシを始め、誰も口を挟めずに、周りはただ言葉を失うだけだった。



「七大魔王は五年前にシャークリュウが……そして、これはまだ公になっていないが、チロタンが行方不明になったようだ」


「チロタン? あの、暴れん坊のやんちゃ爆発魔王ちゃん?」


「ああ。そして、四獅天亜人は五年前にカイザーを失っている。一見、それぞれの種族が平等に手痛いダメージを負っているように見えるが……バランスはもう崩壊している」


「あら……どうやら、少しの冗談も、交ぜる気はないようねん」



 タイラーの口から語られる言葉に、ニコニコと恐ろしい笑みを浮かべていたママンの顔から、ついに笑みが消えた。



「人類大陸は、五年前にボルバルディエが滅び、最近では公益の要でもあったシロム国も崩壊……そして先の戦で、光の十勇者も二名空白ができた。そして現在神族大陸に居る『真勇者・ロア』まで死んだら……人類の敗北と滅亡は必至」


「ふん、人間が滅びる滅びないだけの問題であればここまでは来ない。我々で対処するだけの話だ」


「そうねん。問題は……仮に人類が滅んだとして……その後の亜人と魔族の争いとなった場合」


「どうなると思う? 魔族と亜人が全面戦争になった場合の結末は……」


「もう、戦力温存をする必要がなくなり、互いにすべての戦力を出し切る戦いになるわねん。片方を滅ぼすまで」



 人間が滅んだ後の、魔族と亜人の全面戦争? あまりにも話が飛躍しすぎてついていけねえ。

 すると、ママンの口から意外な言葉が漏れた。



「魔族と亜人の全面戦争では、どっちが勝っても、きっと両者負けたも同然なほどの被害を被る。そうならったらん……これまで静観を決めている……『深海世界』、『地底世界』そして、『天空世界』が地上を奪取し、彼らの祖先である『神』へと捧げるのかしらん? 遥か何百年以上も大昔から伝わる伝承によれば……」



 ―――――――――はっ?



「そうだ。我らの得た情報では、既に『地底世界』と『深海世界』は結託し、全世界のトンネルをほぼ把握し、『天空世界』もついに腰を上げた。何者かは知らないが、五百年ぶりに現れた『天地友好者』に天空族を付き従えさせたようだが、裏では地上の情報を得ようとしているようだ」


「あら、随分と夢の無いことを言うのねん。天地友好者と従者の天空族は、本当にラブラブかもしれないじゃないん?」


「従者の意志がどうであれ、現在の八大皇女には情報収集の意思があるだろう。まあ、まだ本格的に動いていないことからも、今はまだ様子見をしているところだろうが、人類が滅べばそれも本格化する」



 あの……それ……ひょっとして、俺とエルジェラのことじゃないだろうな?

 いや、ていうか、頭の中に深く入ってこねえ。

 色々……もう、何がなんだか分からねえよ。


「おい、朝倉。あいつら、何言ってんだよ! 何とか世界がどうとか、神がどうとか」

「俺だって知らねえよ!」

「……黙って聞いてろ、クソバカコンビ」

「……ファルガ殿……これは一体……どういうことでござるか?」


 ああ、良かった。俺がただバカだから理解できないだけじゃねえみたいだ。

 ファルガだって、目に見えて混乱している。

 まあ、それだけの驚きってことだが……


「それで、タイラー。あなたは何のために来たのん?」


 話の本題。ママンのその問いに、タイラーはまた良く分からん答えを言った。



「本格的に、『第四の勢力』を作る」


「あらん♪」


「人間、魔族、亜人により構成された、種族の壁なき新たなる勢力をな。その新たなる勢力の出現により、各種族の戦争と軍事バランスを改めて均等化させる」



 タイラーの、嘘や冗談とは思えぬほど強い言葉に、シンセン組や警備たちがどよめき始めた。


「第四の勢力を作るとは……何のためにそんなことを!」


 さすがに、これ以上は黙っていられなかったのか、ソルシが声を上げた。



「私は冗談を言っているつもりはない。目的は、種族間の戦争もしくは睨み合いを『終わらせない』ためだ。加速する現在の戦争も、新たなる巨大な勢力の存在を世界が認識すれば、再び世界の戦も慎重になるだろう」


「バカな! そのような回りくどいことをせずに、地上世界の戦いの結末が凄惨なものになると各種族の長に認識させれば! そう、三種族の長で休戦や友好の締結を!」


「無駄だ。それでも争いが止まらぬからこそ、何百年も世界は同じ戦いを繰り返している。三種族の全てが、『自分たちは滅びない』などと根拠のない思いと共に、目の前の敵を葬るだけしか見ていないからだ」



 ソルシは絶句していた。いや、返す言葉がないからかもしれない。

 そして、本当は誰もが理解しているからだ。

 この世から戦争はなくならない。今更、休戦だとか友好なんかでこの世の全ての戦争が終わるわけがない。

 だから、何百年も争いが続いているのだ。



「これまでの小競り合いのみであれば、それでも良かった。国が一つ滅びる、三大称号の一人が欠ける……程度までなら良かった。何百年も神族大陸の領土の奪い合い、憎しみのぶつけ合いに終始していたが、奪った領土はすぐにまた奪われ、憎しみをぶつけた側はまた別の誰かに憎しみをぶつけられる。その間に、新たに台頭する若者たちがどの種族からも現れる。世界はそれの繰り返しだ。三種族のその不毛であって、しかし止まることのできない争いが絶妙なバランスを保っていたので、ある意味どの種族も滅びることはなかった。だが、我々の代になり、そのバランスが大きく崩れた」


「そうねん。まさかキシンが人類全土に大打撃を与えるほどの大暴れをするとは思わなかったわん……彼も色々と知っていたはずなのにん……」


「うむ。奴の考えは分からぬ……が、このままでは確実に……三種族のうち、二種族がまず滅び、そのあとに地上を狙う新たなる世界が腰を上げ、地上世界の生命が全て滅びる!」



 戦は止めらない。無くならない。でも、世界は滅びる。

 なら、どうするか?

 それをどうにかするのが、タイラーの目的だった。

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