第165話 迎え入れる
試合は唐突に終りを告げられた。
ナイトクラブのように盛り上がりを見せていたはずの試合会場が、緊張感に包まれていた。
ラブ・アンド・マニー。
その名前が意味するものに、誰もが顔を引きつらせていた。
「軍艦五隻を引き連れて、我らの制止など一切聞き入れず、威嚇で攻撃を仕掛けたら、奴ら……魔砲撃を!」
傷だらけの半魚人が告げた言葉に、亜人たちは今すぐにでも騒ぎ出してパニックを起こしそうな雰囲気に包まれている。
「お、おい、ラブ・アンド・マニーってあれだろ! どっかのハイエルフの国滅ぼしたり、幻獣人族とかの希少種を拉致しては売り払ったり、奴隷にしたりする!」
「ま、マジかよ! なんでそんな奴らが軍艦引き連れて来るんだよ!」
「いや、いやあああああ! 早くに逃げないと!」
「つか、急いで城門を締めねえと! 警備のやつらとか、何してんだよ!」
どうやら、フットサルがどのこうのと言ってる場合じゃなさそうだな。
「どうやら、これまでのようだね、ヴェルトくん。ファルガ・エルファーシア」
「自分たちはほかに成すべきことができたようだ。残念ではあるが」
どこか名残惜しそうに、フィールドから立ち去ろうとする、ソルシとトウシ。
三人娘たちも慌ててその背中を追いかける。
「うふふふふ、社長不在だってのに、働きものねん、クソガキたちが」
そして、何よりも、この男? が黙っていなかった。
「「「「「――――――ッ!」」」」」
それは、突如として起こった。
まるで、背中に巨大な何かがのしかかったかのように、一瞬この会場全体に強烈なプレッシャーが走った。
「あっ……」
手に汗が。気づけば、腰が抜けそうになっている。
ついさっきまで、ただのクネクネしていたはずのオカマなのに、今この場全体を包むこの圧迫感はなんだ?
「諸君――――――――――静粛に」
たった一言、そして、軽く右手を挙げただけで、騒がしい亜人の若者たちを全て黙らせた。
全員がビシッと思わず姿勢を正してしまった。
俺ですら、本当に言葉がまるで出なかった。
久しぶりに感じるこの感覚。
相手があまりにもデカく見えすぎる。
そして、これだけは分かる。
ママン……ユーバメンシュは、怒っている。
「ッ、ユーバメンシュ様。状況は理解しました」
「非番のシンセン組を全て集結させます。近隣の同盟部族や警備隊を全て招集。城門をすべて閉じて、奴らを迎え撃とう」
誰もが言葉を発せない中、唯一言葉を出したのが、ソルシとトウシ。
いつの間にか、ユニフォーム姿から、羽織袴の装束に着替え、その腰には刀を差していた。
「そ、そうだよ。今日は、この街にはシンセン組のソルシ様とトウシ様が居るじゃん!」
「なによりも、ユーバメンシュ様が居るんだ!」
「おうよ、人間どもなんかひとひねりだぜ!」
そう、この街にはこいつらがいる。
その頼もしすぎる存在感が、恐怖に包まれそうだった街に光が差した。
「お、おい、ママン! どーすんだよ!」
親が怒りの雰囲気を醸し出して、動き出そうとしたことで、嫌な予感がしたのか、備山がママンの手を掴んだ。
だが、ママンは心配いらないと首を横に振った。
「大丈夫よん。ちょっとだけ話をして、すぐに片付けるわん」
「でもさ!」
「大丈夫~~~!」
大丈夫。それに詰まった自信は実に頼もしい限りだ。
正直な話、俺たちはこんな奴らがいる街を襲おうとしている、ラブ・アンド・マニーがマヌケとしか思えなかった。
「しっかし、ラブ・アンド・マニーか。こんな時に来やがって」
「クソが。どうしてわざわざこんなとこに? この街には、そんなに攫いてえ奴でもいんのか?」
連中がマヌケと思う反面、目的がよく分からなかった。
「ヴェルト様、一体何が起こっているのですか?」
「ばもう! ばもう!」
だが、どっちにしろ、やらなきゃいけないことは決まっている。
「クレラン、さっさとウラを起こしておけ。今回は魔族が絡んでるわけでもねえし、たかが人間の犯罪組織が攻め込むぐらいでどうってことねーだろうが、寝かしたまんまじゃまずいだろうからな」
やらなきゃならないのは一つ。生き残ることだ。
「エルジェラ、ぜってー、コスモスを離すんじゃねえぞ? ドラ、お前は二人と常にくっついてろ」
「もちろんです」
「うっす! 任せろっす! コスモスちゃんは、オイラが守るっす!」
攻め込まれている以上、最悪の場合は戦いになるかもしれねえ。
そうなったとき、亜人の警備隊たちが俺たちまで守ってくれる保証なんてねえ。
俺たちも戦うことだって、十分にありえるからな。
「つか、ありえねーし。マジなんだよ……」
いや、ありえるだろ……って、備山?
気づけば、一人ポツンとブツブツと備山が俯いて呟いていた。
ママンが、警備隊引き連れて行っちまって、その背中を眺めている。
「よう、どうしたんだよ。お前は行かないのか?」
「朝倉……ああ、危ないから来んなってさ。前、加賀美が交渉に来て台無しにして、あたし、奴らによく思われてないだろうからってさ」
なるほど。心配ってわけか。
子供思いのいいお母さ……お父……まあ、良い親じゃねえか。
「でもよ、今回のは尋常じゃねえな。軍艦だろ? お前の作ったファッションとか、プリクラとかの取引を台無しにした代償にしちゃ割にあわねーだろ?」
「は? そんなの知らねーし。あいつら頭ワリーから、あんま考えてねーんじゃねえ?」
「いや、そこは少しは考えろよ」
「なんでだよ。どーでもいいじゃん、そんな理由」
まあ、こいつにとっては、相手の理由がどうとかじゃなくて、自分の今の生活を邪魔する奴らの存在がムカつくという感情の方が上回ってんだろうな。
さっきから、ブツブツ文句を言ってばかりだ。
だが、それと同時に、心配という気持ちもあるんだろうな。
怒りをあらわにして、敵のもとへと向かう親に対して。
「心配いらねえだろ。四獅天亜人にシンセン組が居るんだ。むしろ、奴らの方が不幸なこった」
「だけどよ~」
「まっ、その気持ちは分からねえでもねえけどな……」
ったく、仕方ねえ。
だったら、一肌脱いでやるか。
「とりあえず、戦うにしろ戦わないにしろ、まずは敵の出方を見るんだろ?」
「ん? ああ、ママンはそう言ってたけど」
「なら、ちょっと覗いてみるか」
「はあ? ちょ、いいのかよ!」
「あ? 俺は何も言われてねえし、人間の俺がママンの言うことを聞く理由もねえだろ?」
「うわ……朝倉……おまえ、マジスゲー悪巧みしてる顔してんじゃん」
その通り。そして、オメーも同じツラしてるよ、備山。
「四人なら、目立たずに動けるだろう」
「殿、行かれるのであれば、拙者もお供致します」
すると、俺たち二人の悪巧みを勘づいたファルガとムサシが声かけてきた。
「いいのか? ファルガ」
「ああ。ちょっと気になるからな。あのクソどもが、こんな強引な手を使って、こんなところまで何しに来たのかがな」
どうやら、ファルガも何か引っかかってるようだ。
戦争じゃねーんだ。
いくら悪の組織とはいえ、たかが人間の組織程度が亜人大陸まで何しに来たのか。
「なあ、ムサシ。ここには……お前に、こういうこと聞くのもアレだが、ここには攫って高値で売りさばけるような希少種は居るのか?」
「いえ、それは……」
金目当ての組織がやるとしたらそれぐらいしかねえ。
だが、案の定、ムサシは首を横に振った。
「仕方ねえ。連中の真意を確かめに行くか」
「ああ」
「なあ、朝倉。嫁と子供置いてきて良かったのか?」
「こわーい、お姉さん居るし、嫁自身が最強だから大丈夫だろ」
俺たちは互いに頷き合い、広場の中央で身を寄せ合って恐怖を耐えようとする亜人たちの間をぬって、駆け出した。
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