第137話 おめでとうございます
爆炎に包まれた雲が真っ赤に染まった。
強烈な怒りが空気を伝わり、天空世界を震撼させた。
「な、なんという、強大な力」
「マジかよ。あの魔王……てっきり、ただの引き立て役で終わるかと思ったのに、ここで本領発揮なんて誰が喜ぶんだよ!」
巨大な光の柱が雲を突き破り、天にまで突き刺さった。
その光の柱の中を、まるでエレベーターのようにゆっくりと何者かが上昇してくる。
刻一刻と迫り来る圧倒的な怪物の姿に、俺とエルジェラの心臓が高鳴った。
「来やがった!」
「いけない! お姉様たちと連絡が取れない! 今の爆発で磁場が乱れて……くっ!」
そして何より恐ろしかったのは、俺たちは人気のない静かなところにということで、この場にいた。
今の状況では俺たちの声も状況も、誰も気づいていない。誰も分からない。
だからこそ、誰も駆けつけない。
何より、深い雲に覆われた世界では、そう簡単に見つけることもできない。
「ア゛ア゛? こんなところにも糞味噌野郎どもが居やがったか」
俺たちは思わず目を疑った。
それは、真っ黒い表皮に包まれていたチロタンが、今ではその殻を完全に破り、全身をマグマのように真っ赤に染めていたからだ。
「どうしてぐれんだよ、デメエラ、俺をここまで怒らせやがってよォォォォォ!」
全身を押さえつけるこの重圧。圧迫感。
紛れもない。
かませ犬? とんでもない。
こいつは、『本物』だ。
「へ、変身しやがった。どうなってるんだ?」
「これほどの変化をするとは。地上人に、そのような力が」
いや、これは魔導兵装とか、そういうレベルの『変化』じゃねえ。
紛れもない、『変身』だ。
「あ~、この姿はよ~。俺だってなりたくなかったよ~、いつだって使わないでいた」
その時、俺たちの姿を睨みつけて、チロタンが喋った。
「この姿になるとよ~、せっかく手に入れようとした国や土地が全部滅茶苦茶になっちまうからだよ! せっかく、平和主義者な俺が平和的に国を征服しようとしたら、テメェら、よりにもよって、この世界のブスババア共が、尋問と称して俺を犯そうとしやがった! 許せねえ! 小さい子供ならまだしも、ババアでブスなんざ、クソクラエだ!」
こ、この国のビッチ天使どもが……余計なことで、余計な事態を起こして、最悪な状況を作りやがって。
「もう、こんな国いるもんかッ! 全部滅茶苦茶にして爆滅させてやるァァァァァァァ!」
ヤバイ! 戦うためでもなんでもない。
一瞬でも反応が遅れたら死ぬと直感したからこそ、俺たちは即座にその場から飛び退いた。
「ぶち殺してやらァ! 蹴って殴って引きちぎってやらァ!」
魔力の光を全身に包んだチロタンが、ジェット機のように加速して俺たちに向かって飛んできた。
速ェェ!
「ぐっ、天元天華!」
エルジェラが即座に迎撃態勢を整えた。
魔導兵装に似た金色の姿へと変わり、チロタンを迎え撃つ。
「ゴールドウィング!」
矢のように繰り出される羽の嵐。
光速で鋭く打ち出された羽が次々とチロタンに突き刺さる。
だが、チロタンは一切意に介さない。
「くっだらねえ、マネ!」
「なっ!」
「してんじゃねえよォ!」
今のエルジェラの防御力がどれほどのものかは分からない。
だが、瞬間的に俺はイメージした。
グーで殴りかかるチロタン。その拳に触れたら、エルジェラは肉塊になると。
「ふわふわ回収!」
「きゃっ!」
エルジェラの意思とは関係なく、俺が浮遊でエルジェラを回避させる。
「ぬうっ! テメエエカアアアアアア!」
あっ、まずい。空振りさせて余計にイラつき、その矛先が俺に向いた。
「ふわふわパニック!」
俺は即座にチロタンを前後左右に揺さぶろうとした。
だが、チロタンは堪えた。
「な、なに!」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬ、なにやろうとしてるか、知らねえが……小細工してんじゃねええええええ!」
俺の魔力が、力づくで弾き飛ばされた。
クソが……まずいぞ……あんなもんに触れられたら、間違いなく死ぬ!
「ふわふわ警棒!」
二本の警棒をぶん投げて、空中で操作。
高速で不規則に動き回る警棒で目くらましと陽動で、隙をついてやる。
「だから、ウゼエエエエエエエエエエエエエ!」
なのに、チロタンは全部無視して真っ直ぐ俺に突き進んでくる。
本当にハメ甲斐のねえ野郎だ!
「クソが! せいぜい、涙を流しな!」
「ア゛? アグッ!」
眉間と人中。
完全に警棒が視界どころか意識にも入ってなかったチロタンの急所にモロぶち込んでやった。
さすがに、急所に叩き込めば、意識云々にかかわらず、生物の構造的に動きが一瞬止まる。
「今だ! エルジェラ!」
「はい!」
俺じゃあ、致命傷まで叩き込めねえ。だが、隙さえ作れば、この女なら!
「天駆ける戦乙女の最天上の力! 空を斬り、天を斬り、世界を斬る!」
光の剣を携えた天使様。やっちまえ!
最大限まで高めた光を圧縮して剣に注ぎ込んだ、渾身の一撃だ。
だが……
「ぬりゃあああああああああああああ!」
「………そ、そんな……!」
両断されることはなかった。
チロタンは両腕を交差させた防御の姿勢で、エルジェラの剣を正面から受け止めた。
多少の青い血が飛び散ったものの、チロタンは不敵な笑みを浮かべた。
「この程度か…………ア?」
「バカな、この技で斬れないものが、この世に存在するなど!」
「テメェらは……高いだけで世界が狭ェんだよ! 七大魔王ナメんじゃねえええええええええ!」
「ッ!」
力づくで振り払われ、エルジェラが天高く舞い上がった。
「や、ヤベエ!」
「シネエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」
「ふわふわ回収!」
トドメをさすべく飛んだチロタン。だが、その一瞬早くエルジェラを回収して、俺の腕の中に……
「くく、だろうと思ったぜ!」
だが、その時、チロタンはその展開を読んでいて、急に方向転換して俺たち二人の元へ……
「しーーーーーーーーーーーーーーーーーーーねええええええええええええええええええええええええ!」
ダメだ! エルジェラは気を失っている。俺は両腕が塞がれている。
チロタン自身にふわふわ技は通用しねえ。
回避も……間に合わねえ!
「あ…………ッッッ!!!!」
僅かに回避はできたのか、直撃は防げた。
そのかわり、左腕から伝わって、背骨まで折れたかもしれねえ。
カスっただけで、この威力。
「くそっ!」
叩き落とされた俺たちだが、しかしそれが不幸中の幸いだった。
掴まれて殴られるのではなく、殴り飛ばされたことで、俺たちの体が雲海に突っ込んだ。
「マテエエエエエエエエエエエエエエ! トドメを刺してやらああ! テメェらをまずはぶっ殺してから、この天空世界をぶっ壊してやらああ!」
そこから先は、無我夢中で逃げた。
相手が冷静さを欠いた化物で、本当に良かった。
追いかけながら、自分の居場所を声で教えるマヌケで良かった。
俺はエルジェラを抱えながら、より濃くなる雲海の中に隠れて、チロタンをやり過ごすことができた。
「はあ、はあ、はあ、……くそ、マジでいてえな……」
青黒くなった左腕は、恐らくバキバキに骨折しているだろうな。
右腕はなんとか無事だが、しかし無事だからってどうということはねえ。
「はあ、はあ、はあ、ヴェ、ヴェルト様……」
「よう、気づいたかよ、お姫様」
目を覚ましたエルジェラだが、その体は非常に弱っている。
疲労や汗がにじみ出ている。
「くはははは、天国で死にそうになるとか、シャレにならねえな」
「ヴェルト様……あの者は……」
「近くを飛び回ってるよ。まだ、見つからねえが、さすがにヤバイな」
息を殺して今は隠れているしかねえ。
これだけ大騒ぎをしたんだ。ファルガたちが気づいてくれるかもしれねえ。
まあ、今のところ、そんな気配はないが。
「それより、テメェも無事か?」
「ええ……なんとか……ッ!」
「おい、無理すんじゃねえ。よくよく考えれば、今日はお前は働き詰めだろうが」
そうだ。こいつがここまで疲れているのは、俺の責任でもある。
仮死状態だった俺を復活させた。
さらに、つい先程まで戦争で戦っていた。
その全てが終わった状況下でこの、裏ボス戦だ。
普通の女ならとっくにブッ倒れてもおかしくねえ。
「ッ、うう、ぐっ……」
「お、おい、マジで大丈夫か? どこか、痛むのか?」
「い、いえ、そうではなく……」
まずい。想像していたよりも、よっぽど重症かもしれねえ。
目に見える箇所に目立った外傷はないが、きっと何か…………
「ふ、ふふ、ふふふふ………なんということでしょう」
その時、エルジェラが複雑そうな表情を浮かべて笑った。
「どうした、何があった?」
「ヴェルト様…………このような状況で……とんでもないことになってしまいました」
「ああ?」
怪我? いや、何か様子が違うぞ?
エルジェラに、何か異変が起こっている?
どういうことだ?
「ヴェルト様……私……こんな時に………その、非常に申し上げにくいのですが……分裂期に入ってしまいました…………」
――――――――――――――?
「その、間もなく………………私の子供が生まれます……」
なんか……ケガじゃなくて、おめでただった………
「えっと…………おめでとう……ございます?」
反応に困った。
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