第120話 クールビューティー(爆)

 どうやら、「これ」は予想外だったらしい。

 英雄やら姫やらの仮面が剥がれた、かつてのクラスメートである綾瀬の表情で叫んだ。


「だって……今この場で言えって!」

「それでも、例外というものがあるでしょ! あ~、もう。って、ちょっと待って! なら、あなたはマッキーラビットの正体を加賀美くんだと知っていて、彼を倒したっていうの?」

「まあな。宮本はあいつを殺したがっていたけどな」

「ッ、宮本くんのことも! ……そう、どうやら間違いないようね」


 アルーシャ。もとい、綾瀬はようやく全てを悟ったようだ。



「ああ。間違いねえよ。お前が中学生でも恥ずかしくて言わないような、ワンフォーオールをドヤ顔で言ってるとは思わなかったけどな」


「ッ、そ、れは、だ、だって……はあ……随分と性格が悪いわね。それは、この世界で過ごしていくうちに、そういうふうになってしまったの?」


「そうでもねえよ。別に馬鹿にしてんじゃなくて、俺は昔からバーツみたいに熱苦しいこと言う奴はからかいたくなるんだよ」


「これはまた…………加賀美くんとは別の意味で面倒な人に再会したようね」



 綾瀬は頭を抱えながら唸りだした。

 青春ドラマのようなセリフをからかわれた恥ずかしさや、しかしどこか懐かしそうな、それでも複雑な気持ちなのか、何とも言い難い表情を浮かべて頷いた。

 そして、少し黙って俯いたあとに顔を上げて、この場にいた兵たちに告げる。


「ちょっと、状況が変わったわ。フォルナ、彼を少し彼を借りるわ」

「え……ちょっ!」

「安心しなさい。少なくとも、あなたが心配するような話ではないから」

「アルーシャ、どういうことですの! なんで、ヴェルトと!」

「事情は言えないけど、大丈夫だから。だから、そういう涙目で見ないでよ」


 勿論反対するのはフォルナだけではない。

 バーツやシャウトたちはあまりにも予想外だとばかりに絶句し、イエローイェーガーズたちなど、全員が取り乱しまくった。


「ひ、姫さま! 姫さま、どういうことですか! なんでこんな男と!」

「確かにソコソコ腕は立つようですが、姫様の相手にふさわしいとは思えません! どうか、ご再考を!」

「ヒメサマアアアアアア!」

「ダメです、アルーシャ姫ェ!」


 おい、何だか俺が相当ダメな危険人物だとばかりに部下たちが大慌てだ。

 正直そこまで言われるとムカッと来るが、そこでアルーシャが凛とした口調で制した。



「安心して。あなたたちが考えているような、色恋とか甘ったるい話をするわけじゃないから」


「し、しかし~」


「私を誰だと思っているの? そんな愛だの恋だの、血みどろの道を行く私には不要のものよ」


「姫様…………」


「だから彼との話はそんなのではないの。因縁……そう、ただ、過去から切れない因縁があるだけよ」



 あ~ら、カッコイイ。少し中二病が入ってるが、随分と戦姫キャラが出来上がってるじゃないか。

 事実、そう言われてしまえば、部下やフォルナたちも何と言って良いか分からずに戸惑うしかない。

 もう、気になって気になって仕方ないというツラだが、まあ、こればかりはな。


「ヴェ、ヴェルト、あの、その、あの」


 だから、そんな捨てられそうな子犬のような目で見るなよ、フォルナ。


「お前とウラを敵に回すほど、俺はガキの頃ほど非常識じゃねえ。だから大丈夫だ」

「うっ、う~~」

「心配すんな。姫様も言っただろ? そんな甘ったるい話をするわけじゃねえからさ」


 むくれて拗ねまくるフォルナの頭を撫でながら、俺は綾瀬に苦笑した。



「ふふ、それにしても驚いたわね。加賀美くんがあんなにニヤニヤしていたのは、これが原因だったのね」


「だろうな」


「まあ、いいわ。それじゃあ、行きましょう。あっ、ちなみに、あなたは誰だったのか教えてくれる?」


「ああ。朝倉リューマだ」


「へえ~、朝倉くんなの。ふ~ん…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………えっ?」



 ちょっと、内緒話をするために移動しよう……と思っていたら、急に綾瀬が立ち止まった。


「え…………あ、あさく、朝倉、朝倉くん?」

「ああ。てか、何でだ? 何で俺と再会する奴は、みんなそんな反応なんだ?」

「…………ウソよね?」

「はあ? そんなウソついてどうすんだよ」

「…………うそ…………だって、だって、君が、…………」


 あれ? どうした? 何でカタカタ震えだしてるんだ?

 歯もガチガチ音を出して、明らかに動揺している。


「……ねえ……文化祭で……私が倒れた時を覚えてる?」

「……はっ? それって、お前をオンブしてやったときのことか?」

「ッ、うっ、あ…………ッ!」

「うおっ!」


 その時、綾瀬が身を乗り出して俺の頬を掴んでマジマジと俺の目をのぞき込んだ。



「「「「「―――――ぬぁッ!!??」」」」」



 おい、ちけーよ。周りからキャーとか、ギャーとか悲鳴が聞こえてるだろうが。


「ッ、そ、その、その何だか生意気そうでひねくれた目は…………」

「おい! どういう覚え方だよ!」


 まったくだ。俺が無理矢理身をよじって綾瀬の手を離したが、綾瀬は硬直したままだ。

 だが、その瞳は徐々に涙が溢れ…………



「あの朝倉くんなの? うそでしょ? あの朝倉くん? ……いやいやいやいや、ちょっと待ちなさい、その不意打ちはなんなの? 落ち着きなさい、アルーシャ。深呼吸、三、二、一、ハイ。さて、加賀美くんを倒して捕らえた英雄にして、フォルナの婚約者だという噂のヴェルトくんが、あの朝倉くんだったというのは、どういう運命なのかしら? 確かに、私も噂のヴェルトくんには一度ぐらい会いたいと思っていたわ。フォルナがこれまで数多くの縁談や求婚を断り続けるだけでなく、軍内や帝国市民にも、ことあるごとに自分には愛する婚約者がいると幸せそうに語っていたぐらいだもの。私自身、帝国の姫として自由に恋愛をすることはできないし、将来は誰かと政略結婚をするのが私の未来だと思っていたから、同じ姫でありながらも心から好きな人が居て、更に身分の違いがありながらもシャウトやバーツをはじめ、エルファーシア王国全土が公認というヴェルトくんに興味がなかったわけではないもの。そして、そんなヴェルトくんがサークルミラーの映像でフォルナのピンチに颯爽と現れた時は、確かに痛快だったわ。よくやってくれたって思ったわ。是非ともフォルナには、自由な恋愛のできない私に代わって女としての幸せを掴んでほしいと思っていたわ。でもね、ちょっと待ちなさい。そのヴェルトくんが、あの朝倉くんだっていうの? 私に対して、運命の神様は何をさせようというのかしら? ここに来て前世のクラスメート。そしてただのクラスメートではない人よ? ずっとその背中、横顔を眺めていた。見続けていたわ。そして、あの修学旅行で私は委員長の職権を利用して無理やり彼と同じ班になった。それだけでも天にも昇るような気持だったけれど、問題だったのは、あの朝倉君くんがある女の子を見ながらソワソワと挙動不審だったこと。ええ、知っていたわ。彼には好きな人がいたってことも、その相手も。そして私は気づいてしまった。ああ、彼はこの修学旅行中に告白しようとしているのだと。でも、私は胸が痛いと感じると同時に、チャンスだと思った。だって、多分、彼の告白は失敗すると思っていたから。だって、あの子はああいう性格だから、よく彼氏がいる人が羨ましいとか言いながらも、自分は付き合うとかそういうのはよく分からないとか、みんなで一緒にいる方が楽しいとかって口にして、それに、あの子も特定の誰かを好きとかそんなことはなかったから、だから彼が告白してもフラれていた! そして告白が失敗した傷心につけこんで私が彼を癒してあげれば、私たちはきっと恋人とまでいかなくても関係は一歩前進するはずだったわ。コンドームも用意していたし、縁結びの近くのラブホテルも把握してたし、連れ込んで一線越えていたのは間違いないわね。でも、私を抱いた後に彼は少し冷静になるの。そして抱きしめたくなるぐらい申し訳なさそうで弱々しい表情で私に謝るの。そう、告白されても彼はフラれたばかりで今はまだ複雑な気分で、すぐには答えは出せないって言って。だから私たちは順序が逆になってしまったけど、お試しで付き合ってみようってことになって、それでデートをしたり一緒にいる時間が増えて、そんな時にクラスメートに見つかって、からかわれて、でも私たちは気づけばいつも一緒で、登下校も一緒で、お試し期間なんてなくなって、本物になって、そして二回目のエッチで私たちは本当の意味で結ばれ、そして恋人同士になるの。それから一緒に勉強したり、同じ大学を目指したり、卒業しても一緒で、大学在学中には同棲を始めて、彼が社会人二年目になったぐらいにレストランに呼び出され、そして夜景の見えるレストランで指輪を差し出されて、私の名字はその日をもって、綾瀬から朝倉に変わる。朝倉華雪。なんて素敵なのかしら。結婚したらしばらくはベタなイチャイチャ新婚生活。当然毎朝の行ってらっしゃいのキスは必須ね。そして夜、私は裸エプロンで会社帰りの彼を迎えるの。台所に戻った私に彼が我慢できなくなって、お風呂や食事の前に私を食べてしまうのね。もう、疲れた体で何て肉食系なのかしら。そしてそのあと一緒にお風呂に入って、ご飯を食べて、夜はまた同じベッドで寝てラブラブよ。ベッドはそのためにキングサイズにしないとね。そんな生活を繰り返し、当然私たちの間に子供も産まれる。子供は一姫二太郎で、彼ったら不良のくせに、子供をありえないくらいデレデレに可愛がって、休みの日には家族でお出かけして、運動会には家族で応援に行ったりして、そんな絵に書いたようなアットホームな未来を築いていたはず。私も娘とは姉妹と間違えられるような仲良しになり、息子には何かスポーツをやらせて休日には家族みんなで応援にいく。だけど、運命の神様は残酷で、あの修学旅行の事故が、ありえたはずの未来を全て消し去ってしまい、私たちは死んで、新しい世界に転生。だけど、前世の恋を忘れられなかった私は、未だにそれに縛られて、恋愛に関してだけは前に進めないでいた。せめて、自分が出来なかった恋愛をフォルナにはしてほしいと応援していたハズなのに、その相手のヴェルトくんが、私と結ばれるはずだった朝倉君? もう、二度と会えないと思っていたわ。君とは。だって、君は死んでいないと思ったから。でも、朝倉くんなのね? 君はあの朝倉くんなのね?」


 

 え? なに? なにこいつ、こわい……どうしたいきなり……ほら、フォルナたちもイエローなんたらたちも全員呆気に取られてるぞ? 

 そして次の瞬間、綾瀬は微笑みを浮かべて、感極まったかのように両手を広げて俺に向かって飛び……



「もう一度私と結婚して、幸せな家庭を築きましょう!」


「( ゚д゚)?」


「朝倉くん! いいえ、あなた!」


「…………うおっ!」



 そして、俺に飛びついてきたので、一瞬呆然とした俺だったが反射的に回避してしまい。



「はうわああああ!!!??」



 綾瀬ことアルーシャ姫がテーブルに頭から突っ込んでしまい、昼食の手を止めて置かれてあった食べかけのトレイや食器に向かってダイブして滅茶苦茶にしてしまった。



「「「「「ぎゃああああああああああああ、姫さまああああああああああああ!!」」」」」



 ――――あっ…………



「ごわあああ、ひ、姫さまがああああ!」


「アルーシャ姫がご乱心をー!」


「い、一体何が! 一体何があったんだ!」


「バカな! 姫様が、お、お、おおお、男に笑顔で抱きつこうとするなど!」


「し、しかも、しかもこの男は、それを避けやがった! そんな男が……いや、そんな生物がこの世に居るのか? 姫様の抱擁を回避するなんて!」


「だが、い、今の姫様は明らかにおかしかった! 混乱魔法でもかけられているのか!?」


「つか、ちょっと待て! もう一度とか、結婚とかってどういうことだ!!?? 『あなた』って言ったぞ!?」


「もおおお、何が一体どうなっていますのおおお! ヴェルトぉおおおおお! ワタクシの知らない間に何がありましたの!?」


「十年来の幼馴染にこんなこと聞くのもアレだけど……ヴェルト……おま、お前、何者なんだよ?」


「お、幼馴染の僕たちが戦慄してしまうよ」


 

 ごめん、後半から俺も何が起こってるのかよく分からなかった。

 とにかく、綾瀬は全力で頭を強打したっぽく、まだ起き上がれないようだ。





――あとがき――

何年経とうと、アルーシャワールド全開

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