第106話 死んだら無駄

 人間と魔族の戦争に、亜人が割って入ったら、そりゃー戸惑うだろう。


「君は、ヴェルトが連れてきた亜人だね。何故、僕たちを助ける?」


 お前の企みは何だ? そうシャウトが疑うのも無理ないことだ。

 だが、基本的におバカなムサシがそこまで深い何かを持っているわけではない。



「決まっている。そなたたちが殿の助けようとした者たちだがらだ」


「殿? 君、ヴェルトと一体何があったんだい?」


「ふっ、何か? 拙者が殿に受けた恩など一言では語り尽くせぬほどのもの。行き場をなくした拙者を拾ってくださった殿に報いるためにも、亜人も魔族も人間も関係ない! 殿のために戦うでござる!」



 一言で語っちゃったよ。

 だが、これでシャウトたちも亜人とはいえムサシが何か腹黒い何かを抱えているわけではないことは分かっただろう。


「彼、……ウラの時は魔族を拾ったりして、僕たちの居ない間には亜人を拾ったのか?」

「あの、シャウト隊長。この女……例のシンセン組ですけど、どうします? 信用しない方が……」

「いや、そうだね……でも……ムサシと言ったね。君に一つ聞きたいことがある」


 ムサシを敵ではないと判断したシャウトにとって、確かめたいのはもう一つのこと。

 それは、ムサシを信用できるかどうか。



「君は、ヴェルトのことが好きかい?」


「ふん、好きか嫌いかなど、拙者のような部下が軽々しく口にして良いものではない。拙者はただ、大好きな殿のために戦うだけでござる!」


「はは……なるほど。僕にとってこれ以上信用できる言葉はない。だから、今は君を信じよう!」



 即答したムサシに、シャウトは笑みを浮かべて拳を突き上げる。


「ムサシさん、僕たち本陣はこのまま帝都中心地に移動する。先陣を頼む!」

「中央に? 最後方ではないでござるか?」

「後方からでは、指揮にバラつきが出る。それではもう遅い。もはや一度混乱した陣形を立て直すには中央から四方に同時に指揮を飛ばす必要がある」

「なるほど。請け負ったでござる! 我が殿の懐刀の力を、一つ目どもの瞳に焼き付けてくれようぞ!」


 たった二本の剣が、この戦場に飛び交うどんな魔法よりも強烈で鮮やかで、そして美しさを放っていた。

 そのある種の極みにまで達した剣技を見て、誰もが思った。

 なんと綺麗で恐ろしいと。


「す、すげー、何だよ、あの亜人! たった一人でサイクロプスを斬りまくってやがる」

「こんな強かったのかよ。人間とは動きに……身体能力のケタが違いすぎるぞ!」

「俺たちだって、一日千本欠かさず素振りしてんのに……一生、あそこまでたどり着ける気がしねえ」


 その刃の矛先が自分に向けられていなくても感じる殺傷能力に、人類大連合軍は戦慄した。


「亜人が人間より身体能力が優れているのは分かりきっていた。問題なのは、技術だ」

「シャウト隊長!」

「僕とバーツは皆より早くに戦場へ出ている。これまで神族大陸で何度か亜人とも戦ったが、みんなその驚異の身体能力のみで戦っていた。しかし、技や技術……特にここまで磨かれたものは見たことがない」


 ただ能力にカマをかけていたわけではない。

 幼少の頃から地道な基礎を積み重ねてこそ、今のムサシがあるんだろう。

 宮本は、敵に回したら恐ろしい亜人を育てたもんだ。


「いやー、すごいねー、ムサシちゃん。弟くんにイイところ見せようと張り切りすぎ。戦争嫌いな弟くんは返って引いちゃうと思うけど」

「あの~、クレラン姉さん、オイラも戦わないとダメなんすか?」

「当たり前じゃない、ドラちゃん。大体、こんなに大きな体して、戦うのは出来ませんなんて言わないの。ドラちゃんより小さい人たちだって頑張ってるんだから」

「でもー、あんな大きくて怖そうなサイクロプスに勝てるわけないっすよー!」


 快進撃を続けるムサシたちの上空で、ドラの頭部から見下ろすクレラン。

 二人が向かうのは、その巨体を活かして暴れる巨大なサイクロプスたち。


「ガアアアアアアア!」

「コロス。ツブス! オデツヨイ!」

「ツブス!」

「ムキョー!」


 前方に見える四匹のサイクロプス。大きさは十メートルってところか?

 おいおい、家の屋根を掴んでぶん投げてるよ。


「ん~、あんまり美味しそうじゃないな~」

「クレラン姉さん、オイラも美味しくないっすからね!」

「よ~し、ドラちゃん、ものは試しだ! なんか……撃ってみて♪」


 すごい曖昧な指示を出すクレラン。だが、その曖昧な言葉を真に受けて、ドラは口を開けた。


「わ、分かったっす! もうヤケっす! くらえっす!」


 すると、ドラの巨大な口から、巨大な鉄球が飛び出して、四匹の巨大サイクロプスをまとめて潰した。

 おい……オマエ……


「オオオオオオ、撃てたっす! オイラすごくないっすか! 倒しちゃったっす!」

「あらあら、すごーい。ドラちゃんって、体内で鋼鉄を生成する力があるのね。錬鉄術士。すごいじゃない。私も負けてられないな~。トランスフォーメーション、ジャイアントフット!」

「って、やっぱクレラン姉さんの方がすごいっす! 巨大な腕で、サイクロプス殴り殺すとか、怖すぎっす!」


 もはや種族どころか、生物としても判別不能なぐらいの化物ぶりで暴れまわる、モンスターマスター・クレランとカラクリドラゴンのドラ。

 人類大連合軍もかなり戸惑いを見せるが、一応サイクロプスを倒しているので、取り敢えずヤケになって歓声を上げている。


 確実に、流れが人類に傾いている。勢いも士気も全て上回っている。

 人類大連合軍が息を吹き返したことにより、転覆寸前だった帝都の劣勢が再び盛り返され始めていた。

 

 いいことだ……



「くくくく、いや~、パナい。ん~、パナいね。この戦況は読んでなかったよ。いや~、すごいね~、ヴェルトくんの連れてきた仲間は」



 天空庭園から移動したここは、帝都の中心から外れた場所。

 美しい公園や華やかな商業地区からも外れた、裏山の中。

 そこには敵も味方も配置されていないし、誰も注目していない。

 当然、空の上の映像にも捉えられていない。

 今、この場には俺たち二人しかいなかった。



「ふん、チャラ男に人通りの少ないところに連れてこられるとは、身の危険を感じるぜ。言っておくが俺はノンケだから、そのつもりでな」


「ひゃーはっはっはっは、俺だって女の子の方が好きだよ~。でもさ、ある意味大事な話をするんだから、仕方ねーじゃん」


「大事な話ね~。頭おかしくなって変わっちまったテメェでも、やっぱこういう会話は重要なんだな」


「ふふ、うふふふふふ、まーね。でもそんなこと言わないでさ、少し……お話でもしようよ」



 最後の方だけ、声のトーンが低かった。

 どうやら、変な着ぐるみ被ってても、かなりマジメに話をしようとしているみたいだな。



「正直ね、俺ってこの世界に生まれて三十年以上経ってるんだ。だからさ、三十年前のクラスメートなんて全員は覚えていないからアレなんだけど、とりあえずさ…………君は、誰?」



 その問いかけにだけは、俺もマジメに答えてやった。


「朝倉リューマだよ」


 その答えに、マッキーラビットの着ぐるみから、言葉に詰まったような声が漏れった。


「ッ…………アサクラ? アサク……あっ! 思い出した思い出した! 確か、不良の朝倉くん!」

「ほ~、頭が狂っても、記憶に残っているのは光栄だな」

「うおおおお、マジで! マジェェェェ! うえええ、ほんと、マジィ!」


 加賀美は俺のことを覚えていた。

 それどころか、どこか嬉しそうにはしゃいでいる。

 これは、マッキーラビットというこの世界で築いたキャラではなく、素の加賀美に見えた。


「てか、朝倉くんなんだ! へー、マジパネえ! すげー久しぶりじゃん! よく覚えてるよ君のことは。不良のくせに照れ屋で純情だったから印象に残ってる。一緒にリレー走ったしね」

「ふん、馬鹿にしてんのか? つーか、俺ってそういう覚えられ方なのか? 宮本や鮫島もそうだった」

「あっ、宮もっちゃんに会ったんだね。それに、鮫島って、確か空手部の奴だよね? そう言えば、さっき七大魔王のシャークリュウが鮫島って言ってたけど、でもシャークリュウって確か五年前に……」

「死んだよ。俺が最後に居合わせた。そして、あいつにウラを託された」

「ははは、スゲーじゃん、魔王にお姫様を託されるとか、やっぱ朝倉くんパナいな………でも……そっか、鮫っちは死んだのか。二度も」


 別に悲しんでいるわけじゃねえ。ただ、自分でもよく分からない複雑な気持ちなんだろう。

 こいつにとって、この世界の誰が何人死のうとどうでもいいことなんだ。

 一方で、かつてのクラスメートの死に対しては、思うところがある。

 不覚にも、その気持ちだけは共感しちまったな。


「君は……元気だった? 死んで生まれ変わってから……楽しかった?」

「後悔することは何度かな。色々しんどい目にもあったが、……まあ、出会いに恵まれて、悪くない第二の人生だ」

「ふ~ん、そうなんだ。君は受け入れちゃってるんだ……好きになっちゃったんだ、この世界を。宮もっちゃんや、綾瀬ちゃんみたいに」


 あ?

 空気が変わった。

 この感じは何だ?

 狂喜じゃない。怒りでもない。

 こんなふざけた着ぐるみの下から溢れるこの空気は……切ない空気は……



「いいな~、そうやって割り切っちゃって。でもそれって、自分が日本の高校生だったことや、昔の家族や恋人や友達を全部切り捨てるってことじゃん。それって……寂しくない?」



 ああ……この空気は……名残か……もう二度と戻れない世界とかつての自分への。


「テメエは受け入れられなかったのか、この世界を」


 俺のその言葉に、加賀美は小さく頷いた。


「当たり前じゃん! つかさ、朝倉くんはさ、俺のことチャラ男とか軽いとか言ってるけど、俺の何を知ってるわけ? 俺ってね、高校生の頃は結構頑張ってたんだよ? 運動だって飛びぬけた才能あるわけじゃないし、勉強で認められることもねえ。だからさ、ワザとおちゃらけキャラを演じてさ、人あたりも良くして、学校でも盛り上げキャラをやったりしてさ。そしたらさ、人が俺の回りにいっぱい集まったんだよ」


 まくし立てるように、まるで自分の気持ちを理解してくれとばかりに加賀美は言葉を続けた。



「楽しかったよ。多分、あのまま生きて大人になってもあの頃が一番楽しかったって言えるよ。仲のいい友達とさ、くだらないことから真剣なことまで笑ったり、喧嘩したり、思い出を共有したり、可愛い彼女とイチャついたりエッチしたり告白されたりしてさ。マジでリア充だったよ。俺の人生は」


「おい、自慢か?」


「そうだよ、自慢だよ。でもさ、なんなの? いきなり何の前触れもなく死にました。気づいたら転生してました! 気づいたら異世界にいました! ファンタジーの世界です。友達も恋人も家族も誰も居ません、ゼロからのスタートです。日本にあったものは何もありません。はあ? 何だよ、それは! 何で俺がこんな目にあってんの? 死んだんだったら、加賀美のままで死なせてくれよ! あんだけ頑張って築いて手に入れたものも死んだらそれまで。第二の人生をもう一度ゼロからスタート? ふざけんじゃねえよ!」



 ああ、やべえな。

 その気持ち、ぶっちゃけ分からなくもねえ。

 俺だって、リア充とまではいかなくても、朝倉リューマの頃に未練があった。

 ヴェルト・ジーハの出会いが恵まれてなければ、ずっとこの第二の生を受け入れられなかった。

 そう、俺だってこいつのようになっていたかもしれねえ。


「でさ、もー俺は決めたの。どんなに人生頑張っても、死んだら、ハイそれまで。次は異世界で頑張って? もうアホみたいじゃん頑張るの。それならさ、いっそのこと楽しんじゃえばってね。何でもかんでもヤリ放題でね。なのに、この世界の連中はバカばかり。死んだらどうなるかも知らねえくせに、命を懸けるとか、パナい馬鹿なことをキリッとした顔で言ってんの。犠牲になった者の魂を背負う? 彼らも天国で見守ってくれる? パナいバカ! 見守るなんて無理無理! だって、死んだら関係ない異世界で第二の人生を歩むかもしんないのにさ、何をシタリ顔で分かったような顔で言ってんの!」


 俺にしか……俺たちにしか言えないこいつなりの愚痴。

 そうか……こいつはある意味前世で恵まれすぎて、その上でこの第二の人生でかけがえのないと思える出会いが無かったんだ。


「哀れだな。同情するぜ」


 同情はする。

 だが、もう遅い。

 鮫島や宮本の時もそうだった。

 こいつももう、後戻りできないところまで突き進んじまったから。

 それにこいつの狂気はこの世界の、ヴェルト・ジーハが出会った大切なものを傷つけ、そしてもう取り返しのつかないことをした。



「まあ、運が悪かったな」



 だから、俺は突き放した。

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