第104話 開演

 五年か。


「うううううううううううううううう~~~~~~~~~~~~」


 過ぎてみれば意外にあっという間だが、こうして再会しちまえば随分と久しぶりに感じる。


「ううううううううううううう~~~~~~、ヴェルト……ヴェルト!」


 泣かれるか? 喚かれるか? 強くしっかりと俺に抱きつくフォルナ。

 

「うううう~~~…………………コホン」

「おっ?」 


 だが、俺の予想に反して、フォルナはほんの数秒で俺から離れた。


「へ~、もういいのか」

「…………よろしいわけ、ありませんわ」

「はっ?」

「もちろん、よろしいわけありませんわ! そう、この程度ではエネルギー補給やその他諸々まだまだ足りませんわ! しかし……今はそうのんびりしている場合でもありませんからね」


 どこか名残惜しそうに、ものすごいウズウズしていながらも、何だかすました顔でそう告げるフォルナは誰よりもこの状況を理解しているということだ。


「そうだな、フォルナ。今でもテメェの仲間は血みどろになってんだ。お前だけキャッキャッとしている場合じゃねえよな」


 それでいい。

 フォルナはもう昔のフォルナじゃない。

 あまりの出来事に一瞬我を忘れてしまっていたかもしれないが、今この状況下で俺とイチャついてる場合じゃないことをよく理解している。


「ほんとに、大人んなったな」

「うっ、うううううううううううう~~~~~!」


 素直にそう思ったが、フォルナは振り返って目をウルウルさせたかと思えば、ギョロッと俺を睨んだ。


「まったくあなたは~……そういうこと言って、ワタクシが嬉しさのあまりに抱きついたらどうするおつもりですか! 今がどういう状況か分かっているのですか!」


 ああ、分かってるよ。でもな、そうでもしねーと俺もいい加減に狂いそうだ。

 昔馴染みが殺られている光景を見せられて、俺が冷静で居られるわけがねえ。


「そうだクソ夫婦。後にしろ」

「ファルガ、元夫婦だぞ? 妻は私だ」

「おお~、このお方が殿の正妻でござるか」

「こんにちは~、妹ちゃん」

「ふい~、超特急でオイラ疲れたっすよ~」

「はあ、はあ、はあ、はあ、こ、怖かった~」


 その時、共にここまで来たこいつらも空中庭園に降り立った。


「に、兄様! それにあなたは……ウラ! なぜ、あなたまで!」


 その驚きはフォルナだけじゃない。

 そこに現れたメンツを見て、空に浮かんでいる映像に写る帝都各地が驚愕の声で揺れが起こった。


「ヴェ、ヴェルトくーーーーーーーん! ファルガ王子ィィィィィィィィ!」


 俺たちの姿を見て、でかい図体のくせに泣きながら叫ぶガルバと同様に誰もが声を上げた。

 その揺れは、人類も、サイクロプスも同様に起こった衝撃だった。


「チェット! 援軍を呼びに行った、チェットじゃねえか! 生きてたんだ!」

「お、おい! あ、あれは! ヴェ、ヴェルトくん! おい、シャウト!」

「ああ、ああ! 間違いない! ヴェルトだ! ヴェルトが来てくれたんだ!」

「ヴェルトくん! それにファルガ王子まで居るわ!」

「レッドロック隊長、見てください! あの銀髪赤眼の女は……行方不明になっていた!」

「ああ、七大魔王シャークリュウの娘! ウラ・ヴェスパーダだ!」

「ちょっと待て、あの獣人! あの装束とサムライソード! シンセン組だぞ!」

「待て待て待て! 何で伝説のカラクリドラゴンがこんな所に!」

「ちょっと、あの人! ファルガ王子とならぶ大陸有数のハンター! モンスターマスターのクレラン!」


 そう、種族など関係なく、誰もが思っただろう。


――何だ、こいつらは!


 …………と。


「あなたは……ウラ・ヴェスパーダ……」

「ふふ、久しいな、ラガイア。少し大きくなったではないか。七大魔王国家首脳パーティー以来だな」


 さすがのラガイアも目を見開いている。

 クールなスカしたツラも戸惑っているのが分かる。


「死んだとか、行方不明とか、人間の捕虜になったとか聞いてたけど?」

「嫁入りしただけだ。…………コレのな♥」


 いや、そんなシレっと俺の腕に手を回してんじゃねえよ。


「あ゛?」


 ほら、金色の彗星がスゲー反応して睨んでるだろ。


「ウラ。あなた、この五年でユーモアになったではありませんの。とても笑える冗談ですわ」

「ふん。未だにヴェルトの一番だと勘違いしているお前も、随分とおめでたいではないか?」


 あっ、なんかこの感覚懐かしいや。五年ぶりか?

 もっとも、あの時はマセガキ同士の喧嘩だったが、今は随分と二人も手足が伸びて真剣味が増している。

 なんか、俺も愛が怖い。


「う~む、殿! もはや、どっちかではなく、両方共、殿の奥方ということでござるか?」

「ムサシ! どっちかではなく、私だ!」

「ワタクシですわ! というより、あなたは誰ですの! 何故、亜人の剣士がヴェルトと一緒に行動を?」


 だが、最初に言ったとおり、漫才やってる場合じゃねえ。

 戦争は今でも続いているし、何よりも…………


「ムサシ? シンセン組で? ひょっとしてさ~、お姉ちゃんは、宮もっちゃんの……バルナンドの孫か?」


 全力で殴ったが、そのままおねんねというわけじゃねえか。

 マッキーラビット。


「ッ、貴様…………」

「へ~、随分と立派に成長したじゃな~い。時間の早さもパナいな」


 ケロッと立ち上がって来やがったか。

 まったく……ムカつく!


「へ~、そうかそうか。つうか、どいつもこいつもチラッと名前を聴いたことある奴ばっかり。また珍妙なメンバーというか、助っ人というか、おたくらどういう関係? 一番有名じゃないはずのヴェルトくん? 君を中心にパナい連中が集まってさ。なんか、パナい状況だよ」


 俺たちを見渡して興味深そうに呟く、マッキーラビット。

 しかし、このメンツを前にしてもまだ余裕を感じられるところが、尚更ムカついた。



「くはは、そんなのどうだっていいじゃねえかよ、マッキーさん? 最初のように楽しそうに踊ったらどうだ? なんだったら、死ぬまで躍らせてやろうか? もっとも、テメェのパレードはもう見飽きたがな」


「…………ぷっ、くくくくくく、なになにパネエ! 生意気だね~、こいつがフォルナ姫の大事な大事なヴェルトくんか。なに、きみ! マジでパナくて、オモロー!」



 そう、その余裕のフザけたナリがムカついてしょうがない。

 まずは、その化けの皮を剥がさせてもらう。



「つーわけだ、フォルナ。テメェの一騎打ち邪魔したこのクソは、俺が受け持ってやるよ。だから、あのスカした王子はテメエが始末しな」


「なっ、ヴェルト! 何をおっしゃいますの! この男がどれほど危険が分かっているのですか!」


「分かってるさ。だが、お前がこいつ倒したって仕方ねえよ。こいつをボコっても戦争は終わらねえし」



 マッキーラビットをどうにかしない限り、また変な茶々を入れて来る。

 だからこそ、俺はそれを止める。



「マジ~! マジで? なに? ヴェルトくんが俺の相手してくれんの? ちょ、それは自惚れすぎでしょ!」


「まあ、俺も夢の国のお友達に、いつかは夢が覚めるもんだと教えてやらねえといけないんでな」


「ほ~、愛する恋人のピンチに颯爽と登場。頼もしい仲間を引き連れてイザ反撃開始! ついでにそのまま俺も倒そうってか? いいな~、ベタな王道過ぎて。物語の主人公気分で、自分に酔ってるかい?」


「その通り。こっから先は俺たちの舞台だ。テメェのくだらねえショータイムは終わりだ。さっさと舞台からハケな! 俺が、奈落に落としてやるよ」



 それに、知らない仲じゃないしな。

 こうして出会ったのも何かの縁だ。


「待て待て、ヴェルト、危険だぞ!」

「そうでござる。それにこやつは、ラブ・アンド・マニーの首領! 拙者から全てを奪った黒幕でもあります! ここは拙者が!」


 そう言えば、ウラやムサシにとっても、マッキーラビットは他人であっても全くの繋がりがないというわけではない。

 二人の家族は、俺たちと同じ故郷だったからだ。


「確かに危険だな。だが、こいつは俺がやるしかねえよ。ウラ、お前の親父が、ムサシ、お前の爺さんが、俺の背中をそうやって押しているんだよ。こいつをボコボコにして泣かせてやれってな」


 そうだ、きっとあの二人なら俺にそう言うだろう。

 だから、こいつをボコる権利は誰にも譲らねえ。


「ムサシちゃんの爺さん? なんだよ、ヴェルトくんはバルナンドに何か言われたのかい? つーか、ウラ・ヴェスパーダの親父ってシャークリュウでしょ? 俺、そいつには何もしたことないと思うんだけど」


 マッキーラビットが、普通に意味が分からないと首を傾げた。

 だから、俺は勿体ぶらずに、ストレートに言ってやった。



「ムサシが宮本の孫であるように、ウラは魔王シャークリュウとして生まれ変わった、鮫島の娘だ」


「…………はっ? …………サメ…………ジマ…………」


「おっ! くはははは、今のは着ぐるみしてても驚いてるのが分かったぞ? 戦争よりも、かつてのクラスメートの情報の方が驚きか? なあ? 加賀美!」


「…………ッ!! なっ! ま、まさか! 君は!」


「こいつもなにかの縁だ。テメエをぶっ飛ばしたがってた宮本の代わりに、見るに耐えねえお前を俺がボコって、前世の因縁を断ち切ってやるよ」



 マッキーラビットの……加賀美の空気が完全に変わった。

 戸惑い、動揺、震え。ジジイの宮本のように薄い反応じゃない。

 言葉を失うほどの驚きだったようだ。



「ヴェルト…………お前はまたそのパターンか。ずーっと一緒にいる私たちですら知らない何かの繋がり。父上や、ムサシの祖父に対してそうだった」


「ワタクシも覚えがありますわ。そのワタクシの知らないどこか遠くを見るような目…………ワタクシを見ない目。それだけが昔から嫌いでしたわ」



 俺を危険だと止めていたウラとフォルナが、少し不貞腐れたように頬を膨らませている。

 だが、そのすぐ後に、俺の胸をノックしてソッポ向いた。


「あなたがそこまで言うのなら、…………ぜったいぜったいぜったい、ぜーーーったいに、死なないと約束なさい」

「約束破ったら、二人の女を未亡人にした罪を、地獄の底まで行って責任取らせるからな」


 ああ、そいつは絶対に死ぬわけにはいかねーな。


「ふん、ウダウダとクソくだらねえ。愚弟。テメエがそのフザけたクソをぶっ飛ばすならそうしろ。俺は帝都で一つ目どもを狩り殺す。俺の国の将来有望な兵に手を出した罪でな」

「私はファルガのお手伝いよ。ハイサイクロプス……………ふふふ、どんな味がするのか楽しみね」

「ドラ。拙者たちも援護に行くでござる」

「ええええ~、オイラ、今、全力で飛んできたばっかなんすけどー!」

「ぼ、僕も行きます! 帝都の案内、そして味方の立て直しに!」


 ファルガは俺に深く聞かずに、率先して空中庭園から飛び降りて帝都で暴れるサイクロプスの討伐に飛び出した。

 クレラン、ムサシ、ドラ、ついでにチェットを引き連れて、この戦況を覆しに行った。


「ふふふ、ならば続きですわ、ラガイア王子」

「……正気かい? フォルナ姫。意外にバカ正直だね」

「ふふ、覚えておきなさい、坊や。将における一騎打ちの尊さ。こみ上げてくる力。そしてなによりも、卑怯な相手を正道に打ち勝ってこそ、己の義を誇れるということを」


 好戦的な笑みを浮かべるフォルナ。

 その表情は先ほどよりもどこか気持ちの余裕を見ることができた。


「さーて、それでは私は……よく分からんお前を相手しよう。なあ、マニーラビット」

「えっ、えええええ? わ、私~?」


 ウラは、未だ謎に包まれたマニーを。

 そして、俺は…………


「ねえ、ちょっと場所を変えようよ。まずは…………映像が映らない場所で話をしようよ」

「ああ。どこでも構わないぜ。テメェの最終的な行き着く場所は地獄しかねーんだからな」


 俺は、変わってしまったかつてのクラスメートと向き合うこととした。


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