第87話 ミッションコンプリート
俺はウラに膝枕されながら、天上の決闘を眺めていた。
その時、ハンターのおっさんが顔面を蒼白させながら呟いていた。
「なあ、坊主。ある国の兵士が百人の兵士を動員して、パンサーリオン一匹を討伐しようとしたら、その一匹に百人の兵士が全滅させられたって事件が過去にあったんだ」
聞いたことはある。プロのベテランハンターも徒党を組んで対処するような怪物だ。
「風竜とか氷竜ってよ~、その十倍以上の図体とパワーとエネルギー持ってて、パンサーリオンを丸呑みしちまうぐらいの怪物なんだぜ?」
ある国の兵士が千人がかりでも敵わなかった。それがドラゴンというものだ。
「ミヤモトケンドー・二天一流竜巻切り!」
人型の生物は、脳は優れていても、その身体の力は野生のモンスターよりも劣っている。
そのモンスターを倒すために、人は軍を作り、連携を使い、鍛え上げた魔法と剣を使って立ち向かう。
だかこそ、本当はあってはならないんだ。
一対一でドラゴンと戦う人型の生物の存在は、チームや軍という存在そのものを否定することになるから。
「ギシャアアアアアアアアアアアアア!」
「ふう、流石は誇り高き竜族。生まれたばかりの子供とて、拙者、その力と潜在能力に感服いたす」
「ギシャ! ギシャッ! ギシャアアアアア!」
「しかし、負けられぬのは拙者も同じ! 我が殿が待っている! 誰にも邪魔はさせぬ!」
場を埋めつくすほどの、殺気? 闘気? いや、これは剣気だ。
ムサシの体から抑えきれぬ程の剣気が飛び出し、空気に触れただけでも斬り刻まれそうだ。
ドラゴンは、野生の本能で危険を察知したのか、闇雲に飛びかかってこない。
だが、それでも逃げないのは、誇りの表れでもある。
ドラゴンは、体勢を低く構え、その肉体を強烈な竜巻で覆う。
「その勇気、見事なり! 貴君の名は、何と申す!」
「ギシャアル!」
「覚えておこう、ギシャアルと申すか!」
いや、今のはただ鳴いただけだろ。てか、お前は馬鹿か? 会話が通じるわけがないだろ?
「弟くん、ちなみに今の風竜は『ぶっ殺す』って言ったのよ」
モンスターマスターであるクレランの回答を聞いてムサシに呆れる一方で、バカだけどやっぱりムサシは凄いという考えだけは変わらなかった。
「行くぞ、ギシャアルとやら! 我が魂のひと振りを捧げよう! 二天一流無限刃!」
二刀の剣が激しい閃光とともに無数の刃でドラゴンの表皮を切り裂いていく。
ちなみにドラゴンのウロコは鋼鉄のように固いって聞いたことあるが、どんどんカッティングしていく。
てか、その前にひと振りじゃなくて連撃じゃねえかよとツッコミたかったが、それもまたその言葉を失うほどの見事な剣刃だった。
「ギシャ………アル………………」
全身を切り刻まれて、力を失い倒れ込むドラゴン。
死んじゃいないだろうが、完全に気を失っている。
「強かったのは認めよう。これほど肉体を斬られた記憶は久しい。だが、誰が為に戦うか。勝敗を分けたのはそれに尽きる。己の刃を捧げる主を見つけたら、また勝負するでござる」
まあ、無傷とは言えないが。確かに、風竜の風の刃で頬とか袴とか斬られているけども。
だからって、こいつまでドラゴンをタイマンで倒しちまった。
なんなんだよ、最近の女ってのは。
「ッ、殿おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
そんで、振り返って俺と目が合った瞬間、キャラがぶっ壊れるような泣き顔で俺に飛びついてきやがった。
「おお、ムサシ。すげーな」
「殿おおお、こ、この傷はクレランにやられたでござるか! 不覚! 拙者がついていながら、拙者としたことが! ドラゴンを秒殺してでも馳せ参じることができずして、何が殿の懐刀か! 拙者の未熟者!」
「あっ、おいおい、いや、頑張ったんじゃね?」
「殿ォ殿ォ殿ォ! かくなる上は~………セプークするしかない! ウラ殿、介錯を頼むでござる!」
「だからやめろっつってん、あいたたたたたたたた」
何回も土下座で額を地面にぶっ叩いて、ぶっちゃけドラゴンにやられた傷より悪化していってるように見える。
「うぅ、殿の傷……そうだ、ぺろぺろ」
「ひぅ!?」
そのとき、ムサシが俺の傷を舐めてきた。
「うわ、お、ま、お前! ヴェルトをなぜ!?」
「ウラ殿、殿の傷を少しでも癒そうと、拙者は……」
「そ、そんなもので、そんなもの、そんなの……そ、それなら、わ、私がペロペロする!」
「そ、そんな、ずるいでござる! 拙者も殿を癒したいでござる! 拙者もペロペロするでござる!」
「黙れ! そんなの許さん! ヴェルトへのペロペロは私の方がウマいんだからな!」
いやいやいやいや、両方やめ……うおっ!?
「ん、殿ぉ、ぺろ、ちゅぱちゅぱ♥」
ムサシがトロンとした顔で俺の傷にキスしてチュパチュパ音を立てて、一瞬しみるけど、なんかくすぐったいというか、なんか……エロい……
「あぁ、言ってる傍から! ええい、ヴェルト……ん、ちゅっ、ちゅぱ♥」
「ふぁぐっ!?」
そしてウラは……って、普通に頬にキスして、って、傷関係ねぇ!?
「って、やめい!」
「「あぅ!?」」
俺は二人を引きはがした。なんかまずい気がしたし、大人のハンターたちはニヤニヤニヨニヨしてるし。
つーか、なんだんよ。俺はそんなに頼りねえか? 俺はお前らのお姫様か? 随分とナメてくれるじゃねえかよ。
「ったく、どいつもこいつも」
骨が折れていても、たとえその場限りでも、今は立たなくちゃいけねえな。
ほんの僅かに残っている浮遊魔法で俺自身を支えてでも。
「待て、ヴェルト! 無理に動くな!」
「殿ォ! 殿ォ! 殿ォォォォォ!」
だから、うるせえよ。
「テメェら、あんまり女が男の尊厳を奪うんじゃねえよ」
「ヴェルト? あいた! ………ヴぇ、ヴェルト………」
「殿? いた! ………殿………」
「例え手足がもげようと、血まみれのズタボロになろうとも、男が自ら飛び込んでった道だ。テメェらは、俺を守りてえのか? それとも、俺と共に戦いてえのか?」
俺は血まみれになった手のひらで二人の顔面を叩いた。
二人の綺麗なツラには俺の血の手形がベットリだ。
「血まみれになっても俺と居たけりゃ、黙って付いてきやがれ! 俺の傷を労わるぐらいなら、良くやったって言って笑ってハイタッチでもかませばそれでいいんだよ!」
あんまり、俺に過保護になるなよ。情けなくなるから。
女にイチイチ泣かれたりハラハラされたりしたら、こっちのやる気が失せる。
まあ、こいつらの気持ちは、ありがたいんだけどな。
「………………………………」
「………………………………」
あ? 何だよ、怒ったのか? って、俺ので顔が真っ赤になってるの以上に、こいつら顔を赤面させてやがる。
「う、あっ、あう………あうう………ヴぇ、ヴェルト…………」
「と、との~…………ああうう………とにょ~……………」
何だ、こいつら、壊れたのか?
「あ~、ヴェルト、お前、卑怯者だぞ。それは、うう~、卑怯だ! うんうん! 黙って俺についてこいなど……そんなのお前に一生ついていくに決まっているだろうに……」
「殿ォ、卑怯でござる! そんな不意打ちは~、不意打ちは~! 拙者の主への忠誠心が、邪な想いに支配されてしまうでござる~」
何をモジモジしだして体をクネらせてやがる。
頭まで抱えて苦しんでるのか?
「あ~、弟く~ん、罪な男だね~」
「はあ?」
「二人共かわい~じゃない。顔を真っ赤にしちゃってさ~。ドラゴンに完勝したのに、弟くんには完敗だね~」
どっちにしろ、ムサシもウラも無事だった。俺も生きてる。
後は………………
「まあ、全員クソ最低限のラインは超えたようだな」
あいつはどうなったのか? と気にし始めた瞬間、そいつが現れた。
ファルガだ。
しかも、
「愚弟、死線を乗り越えてクソ成長したな。褒めてやる。クソ魔族とクソ亜人は、まあ、及第点ってところだな」
ファルガは無傷だ。
まるで何事もなかったかのように現れ、そしてその背後には、角も爪も牙も狩り取られた炎竜がオドオドしながらファルガの後ろをゆっくり歩いていた。
「ファ、ファルガ、そいつは?」
全員唖然とする中、俺が問いかけると、ファルガは普通に答えた。
「瞬殺した。こいつも本能で俺との力の差を見抜いたようで、もう攻撃しなくなった」
おい! 結構、怪我しているウラとムサシが、スゲー複雑そうな顔をしているぞ。
「ちょっと待て! では、ファルガは私たちが戦っているところを黙って高みの見物していたということか!」
「そんな! 拙者はまだしも、もし殿の身に何かあったらどうされるつもりだったでござるか!」
「ふん、テメェらを助ける気はなかった。竜種とはいえ生まれたばかりのクソガキだ。あの程度もどうにか出来ない奴は、今後の旅でも邪魔だと判断していた」
今まで近くに居すぎて気づかなかったが、やっぱ、こいつは一人だけケタが違う。
巨大なドラゴンを倒すのではなく、その圧倒的な力差で恐れさせた。
そーいやー、あの獅子天亜人のイーサムだってファルガにだけは目を見開いていたぐらいだからな。
「そして、愚弟。万が一の時は俺がテメエを助けるつもりだったが、なるべく死線をくぐらせたかった。途中からテメェの戦いに見入っていたが、かなりマシになったじゃねえか」
「ファルガ。なんだよ、ブラコンのくせに、今回はやけに厳しかったじゃねえか」
「ふん、たまにはテメェの底力を見てェと思った。だが、クレランを倒すほどの力があるなら、上等だ」
何はともあれだな。何だかんだで、俺たち四人はまたこうして無事? に再会できたわけだ。
「あ~あ、完敗よ。いいチームじゃない、ファルガ」
クレランもまた、何だか清々しそうにそう言った。
とりあえず、ハンター同士の喧嘩というものでかなり滅茶苦茶になっちまったが………
「いや~、すごいっす! もう、兄さん姉さん最高っす! オイラが生きてるのはみんなのおかげっす!」
まあ、これで、カラクリドラゴンをゲットだぜってことで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます