第61話 動く理由

「そうですか、まさかジード様が……で、積荷の方は大丈夫なのですか?」


 こいつ、ジードの死よりも亜人の……いや、商品の方が気になるわけか。

 すると、勝手に船内に入っていった連中が、大人数で檻を一個一個抱えて出てきた。


「ジーエル様! 商品は無事です!」

「おお、それは良かった! ちゃんと目玉も揃っていますか?」

「はい、見てくださいよ! 亜人の子供が三人も居ますぜ?」

「おお、それはなんと素晴らしい! 亜人の幼女はマニアの間で高値で売れるというのに、それが三人とは!」


 次々と檻ごと出されていく亜人たち。その表情は絶望に満ちていた。


「いやああああ! 助けて、お願い、やだ! 奴隷なんて嫌!」

「ひいいい、頼む、見逃してくれ! 密漁したのは謝る! この通りだ、許してくれ!」

「お願い、お願い! おウチに帰して!」


 その声が、この競売組織の連中に届くはずがない。

 だが、それでも亜人たちは叫ぶしかなかった。


「ッ、く、ううう、こやつら!」

 

 連中に近づこうとするウラ。それをファルガが制する。


「黙ってろ、クソ魔族。奴隷売買なんて、裏ではテメェら魔族もやってることだ」


奴隷制度は法律でも認められている。

 何の問題もなければ、こいつらも自分たちがやっていることが普通のことだと思って何の疑問も持っていない。

 それは分かっている。

 だが、俺の気分が悪いことには変わりねえ。


「死ねー! 死ね死ね死ね死ね死ね! 人間!」

「うう~、やだよ、やだよ」

「離すなの! 離すなの!」


 そして、とうとうこいつらの檻まで出てきた。

 ジューベイ、ウシワカ、ベンケイの三人だ。


「げへ、げへへへへ、課長、間違いないですぜ。この三人は処女ですぜ!」

「ふふふ、それは何よりです。相変わらず、あなたの亜人並みの嗅覚は素晴らしいですね」

「ぐへへへ、その分、精力もすごいですぜ!」

 

 ヨダレを垂らした醜い男が、興奮したように息荒くして三人を覗き込んでいた。


「あ~、かわいい~な」

「ダメですよ、手を出したら。今回の目玉なんですから。まあ、競り落とすのはアークライン帝国のオルバンド大臣のご子息でしょうけどね」

「え~、あの俺よりブサイクで太った坊ちゃんですか? ひひひ、こいつらも可哀想に。全身を舐られて死ぬまでベッドから逃げ出せないでしょうね~」


 すげーな、おい。

 ここまで胸糞悪くて吐き気がするのは。

 さすがにうるさい三人組も全身を強ばらせて言葉を失っているようだ。

 そして、


「おのれ! 人間どもめ!」


 ついに、ムサシまで檻ごと運ばれてきた。


「おや、その亜人は?」

「奥に厳重に捕まってやした。クンクン、おお! こいつも処女です!」

「こ、この下郎が! なんという屈辱!」


 に、匂いで分かるのかよ。


「げへへへ、いいな~、匂いからして~、んん、十五歳ってか? うひ~、たまんねえ!」

「ほう、十五の亜人ですか。それもいいですね。容姿も整っています。これも今回は期待できますね」

「うう~、やべえ、今回のは当たりが多すぎるぜ! 興奮してきたよ、ちくしょ~」

「まったく、君は仕方ありませんね。まあ、いいでしょう、君はこれまでたくさん貢献してくれましたし」

「ッ、じゃあ、課長!」

「この四人以外の亜人ならお好きになさい。先に出された漁師たちと一緒に出された雌なら、別にいいですよ」


 こいつら、なんつーゲスな会話を。


「え~と、え~っと、ん~、迷うな~、よし! そこの髪の長い女に決めた!」

「ちょっ、えっなに?」


 指をさされた亜人の女が目を丸くして怯える。


「牢屋から出ろ。そんで、俺の部屋に行くぞ」

「ッ、うそ! まさか、い、いやよ! いやよ! 人間の相手なん死んでも嫌!」

「暴れるなって。どーせ、船の上じゃ漁師相手に腰振ってたんだろ?」

「いや、離して! いや、絶対にいやー!」


 ああ、嫌だ。これもトラウマになりそうだ。


「や、やめろ! 同胞に手を出すことは許さぬでござる!」


 悔しいだろうな、ムサシ。

 唇や握った拳から血がにじみ出ている。

 でも、仕方ねえさ。お前らは負けたんだ。

 捕まったんだ。

 人間に捕まったらどうなるかぐらい分かっていたはずなのに、お前らはそれでも人間の領海に足を踏み入れて、しかも負けたんだ。


「貴様らには血も涙もないのか、悪魔どもめ!」


 うるせえよ。

 テメェだって、問答無用でジードたちをぶっ殺しただろうが。

 立場が変わっただけ。一歩間違えたら俺が殺されているか、檻に閉じ込められていた。

 そうだ。俺には関係ねえ。

 亜人に同情する気も助ける義理もねえ。

 そう、「亜人」にはな。


「ウラ」

「なんだ……」

「ふっ、コエーな。今すぐにでもこいつら皆殺しにしそうなツラだな」

「っ、黙っていろ、ヴェルト。私は……もう、抑えきれそうもない」


 ウラは下を向いて俺の背後で黒いオーラを漂わせている。

 かなり、お怒りの様子だ。

 相当、この亜人共への扱いが気に入らないと見える。


「なあ、お前に一つ教えておくことがある」

「なんだ!」

「俺が五年前、お前を助けたのは……どうしてだと思う?」

「は? こんな時に何の話だ!?」


 そう言ってウラは睨んでくるが、俺は構わず続ける。


「俺だって自分の命が大切だ。正直、お前が魔王の娘というだけだったら見捨てていたかもしれねえ。そもそも異種族だしな」

「だから、今はそんなことはなしている場合じゃないだろう!」

「あの時、俺が人類大連合軍を敵に回してまでお前を助けたのは、お前が……親友の娘だったからだ」

「……ヴェルト?」

「ワリーな。思い出を汚すようなことを言っちまって。でも、安心しろ。今はそれだけじゃねえよ。親友の娘ってだけじゃなくても、今じゃお前は俺の家族だし、大切に思っているよ」

「……な、わ、分かっている、そんなことは! だが、そんな分かり切ったことをどうして今更?」


 少し照れながらも、イマイチ俺の言いたいことがよく分からんといった感じのウラ。

 まあ、意味わからなくても仕方ねえけどな。

 先生なら分かってくれるかもしれねーが。

 要するに言いたいのは、俺は誰も彼もを助けるお人好しでも正義の味方でもないが、相応の理由さえあれば動くってことだ。


「おい、カチョーさんよ!」

「はい?」

「ちょっと聞きてーことがあるんだけどよ」

「なにか?」


俺はジーエルに呼びかけた。


「本当は聞きたくねーんだが、そういうわけにはいかねえ。その亜人を……ムサシとジューベイを……お前らはどうするつもりだ?」

「ムサシ? ああ、この虎人族の娘ですか?」

「ああ」


 この場にいる亜人がどうなるかじゃない。俺は「ムサシ」と「ジューベイ」がどうなるかを聞いた。


「なかなかの上玉ですから、もちろん目玉の一人としてオークションに出しますよ。まぁ、彼女たちは買い取られたあと……死ぬまでオモチャになるでしょうね」


 その瞬間、俺の中で答えが出た。いや、理由ができた。

 ジーエルは、俺が望んでいたとおりの理由をくれた。


「血も涙も情もなく……前世で最悪の不良だった俺でも気分が悪くなる回答だぜ」

「前世? よく分かりませんが、それが何か?」

「ああ。そのよく分からねえ事情が、俺を動かしちまうんだ」


 俺の様子に船員共がざわついている。


「ヴェルト……な、何を?」


 そして、ウラも俺が何をしようとしているのか分からずに戸惑っている。


「ふっ、愚弟が。理由がいまいち分からねえのは相変わらずだが……何をやろうとしているかは、目ぇ見りゃ分かる」


 ファルガだけは「見抜いているぞ」的な顔で笑ってやがる。

 なんか、ハズい。

 でも仕方ねえだろ? 理由ができちまったんだから。


「一つ言うが、俺は種族差別撤廃派ってわけじゃねえ。つか、亜人なんて嫌いなくらいだ」

「はい? ええ、それがどうしたというのですか?」

「でも、仕方ねえよな。だってテメエらは……」


 首を傾げるジーエル。

 俺はそんなジーエルに向かって、思いっきり拳を握りしめて振りかぶった。


「コラアアアアアアアアアアア!」

「ぶへっ!」

「俺の旧友の孫娘に何てことをしようとしてやがる!」


 仕方ねえよな。亜人がどうとかじゃない。ムサシとジューベイはクラスメートの孫娘なんだからよ。

 それがこのクソ野郎どもの手に落ちるって分かっているのに見捨てて、俺はどんなツラでこれから神乃やクラスメートを探せばいいっつーんだ。

 そうだろ? 先生。

 だから、俺はジーエルを殴ってやった。


「か、課長!」

「ジーエル様!」

「このガキ、何をしてやがる!」

「何考えてんだ、このガキは!」


 いきり立つジーエルの部下ども。そりゃ、そうなるわな。


「くく、愚弟~」

「ヴェルト、おま、何を?」


 ウラはまだ訳わからないのか、目をパチクリさせている。

 すまんな、ジーエルさんよ。

 お前らは「この世界の常識」で考えれば何も間違ったことはしてねーんだろうけど。

 まあ、運が悪かったな。

 不良に世の中の常識なんてもんはどうでもいいんだよ。


「ふわふわオープン」


 ふわふわオープン

 それは、錠のかかった鍵を捻るように動かして、無理やり鍵をぶっ壊す技。


「えっ、ちょっ、おい! 檻が壊れた! か、鍵も壊れたぞ!」

「なんでだ、ちょ、おい!」


 くはははは、亜人の檻が壊れてパニクってやがる。


「あ、あなた、あなたは何をやっているんですか! あなたは人間でありながら、亜人を助けるというのですか!」


 鼻血を出しながらジーエルが叫ぶ。俺は、一応そこんとこは否定する。


「はあ? ふざけんな。なんで俺が亜人なんかを助けるんだよ。興味ねえ」


 そうだ、亜人なんか助ける気もねえし、義理もねえ。

 だけど、


「だが、クラスメートの孫娘と、テメェら吐き気のするようなケダモノども。どっちを取るかと言ったら答えは明白だけどな」

「な、なにい!」


 その代わり、これは何の問題ないけどな。

 すると、俺の行動にウラは満面の笑みで飛び跳ねた。

 

「くく、ふふふ、あはははは、もう、ヴェルト! 昔からよく分からん理由をペラペラ喋らなければ動けないとは、お前は本当にメンドくさい性格だ! 本当にメンドくさくて分からん! でも大好きだ!」


ファルガは待っていたとばかりに槍を構える。 


「ふん、こいつら全員ぶっとばしちまえば、さすがに俺が王位につく話は完全になくなるな。願ってもねえ」


 そうだ、亜人なんてどうでもいい。

 でも、クラスメートの孫娘を見捨てるわけにはいかねえ。


「お、おぬしら…………」


 縛られたままのムサシが俺たちを見上げている。


「来な、ケダモノども。きっちりお仕置きしてやるよ」


 これは貸しにしておいてやるよ、なあ? 宮本……いや、大ジジさんよ。

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